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  文化祭5

バンと大きな音を立てて教室のドアを開ける。透明の膜に隔たれる先に、ワイワイと楽しそうにしている人々がいる。しかし、彼らはこちらに注意を向けることはなかった。琉聖が結界を張っているからだ。廊下を隔離し人ごみを避けて移動する。結界越しに教室の中を確認する。この芸当ができるだけでだいぶ時間が省略できた。


「ここにはいない!」


啓太が叫ぶ。壱華が啓太の後ろから教室を覗き込む。


「このあたりなんだけど!」

声にいら立ちが含まれる。止まっている二人の先の教室へと駆けるのは樹と琉聖だ。傍らには狼の牙を火の鳥のクルルを召喚してある。―結界の不便なところは新たな空間を作り出しているため千穂の匂いがないところだった。これでは牙は匂いを追えない。


「辛抱強く探すしかないよ!」

琉聖の言葉に樹は頷き、壱華はもうと両手を振り下ろした。そんな壱華の手を引いて啓太は走り出す。


「当ては付けたんだ。あっちが予想してない速さで動けてるはずだ」

「そうかもしれないけど!」

「こっちにもいないよ!」

「ああもう!どこよ!」

樹の報告に壱華は叫ぶ。それを啓太が必死でなだめる。

「落ち着け!」


「後はあの部屋だ!」

琉聖の声に、皆緊張が走る。残りはあと一つ。ここにいなければまた探しなおしだ。

「―開かない」

琉聖は息を切らしながらドアに手をかけるが、それはいつものように滑らかに横に滑らなかった。見上げれば英語準備室と書いてある。扉まで結界内に取り込んでいるはずだから、開くのが道理なのだ。それができないということは―。


「ここだ!」

「やっとみつけたか!」


琉聖の判断に啓太が歓喜の声を上げる。


「僕が侵食して壊すより、力技で壊しちゃう方が速い!」

「了解!クルル!焼いちゃって!!」


クルルが羽ばたく。火の粉を含んだ熱風が起こり扉に当たる。クルルは羽ばたきを速くして熱量を上げていく。熱波に四人は後ずさった。後ずさりながら壱華が詠唱に入る。力をクルルの炎と一緒にぶつけるつもりだった。


「破!」


壱華が札を放つ。壱華の力とクルルの力が衝突して小さな爆発が起きた。瞬時に琉聖が結界を張り事なきを得る。四人が反射的に閉じていた目を開くと、扉は吹っ飛び、椅子に縛り付けられた千穂の姿が目に入った。


「間に合った!」


壱華はかばってくれた啓太の腕から抜け出し、千穂のもとに駆け寄った。



爆風に女はメスを取り落とす。


「もう来たの!?」

「そういうこったぁあ?」


驚きの声を上げる女に啓太が答えを返すが、声が間抜けにひっくり返る。何か黒いものが肩を飛び越えていったからだ。残像を目で追いかけると、視界でそれは狭い部屋を満たす巨大な蜘蛛となった。


「蜘蛛だ!」

「白藤が動いた?」

叫ぶ啓太に対して樹は冷静だ。

「あら、お痛しようとしたのがばれちゃったのかしら」


千穂を攫ったらしい女は後ろにじりじりと下がりながら笑みを浮かべていた。しかし、それは困ったときの笑みで余裕からではなかった。


「話が違うぞ、まとい


蜘蛛は女を纏と呼んだ。纏は笑った。


「口約束をそう簡単に信じちゃだめよ」

「金は一部先に払ったはずだ」

「それでも、だめ」


纏は床を蹴ると啓太の隣を通り過ぎて部屋を出ようとする。


葛籠つづら!やっちゃいなさい!」


千穂を自由にしようと詠唱していた壱華だったが、詠唱が完成する前に黒い手が千穂から離れ蜘蛛に飛び掛かる。しかし、蜘蛛は慌てる様子もなく、その足を動かす。


「待っ―!」

千穂は手を伸ばしたが、蜘蛛は待ってなどくれなかった。


 ぐさりと鋭利な足先は葛籠を貫き、纏の腹に突き刺さる。纏は大量の血を吐き絶命した。その光景に体中から力が抜けて、千穂は椅子からずり落ちた。壱華がそれを支えようとするが、己自身も立っているのがやっとのようだった。

 啓太は蜘蛛の足がかすったためしりもちをついて目を丸くしていた。樹と琉聖は口を両手で覆っている。


「さて」


蜘蛛の冷然とした声が準備室に響いた。千穂がゆるゆると視線を上げる。たくさんの目が、自分を見ていた。


―私の番だ


舐める者のいなくなった血はあふれ出し衣装を汚す。それさえ気づかずに、千穂はただ茫然と蜘蛛を見つめていた。


「本当は生きている方がいいのだが、逃がすほうが悪手だ」


蜘蛛の言葉に、壱華が動く。無理やり千穂を引っ張り起こすと駆けだした。


「クルル!」

千穂を追いかける足を、クルルの熱波が押しとどめる。

「ちっ!やるしかねぇか!」

啓太が小太刀を両手に構えるが、琉聖がその腕を引く。

「このでか物は武尊に任せよう!」

「でも!」

「兄ちゃん!刺されるよ!」

樹の言葉に、啓太は踵を返す。壱華と千穂の背を追って走り出す。熱波が収まると、蜘蛛は雄たけびと共に廊下に飛び出した。結界に収まりに切らないからだが境目を壊していく。後方で悲鳴が聞こえた。走り去る巨大な蜘蛛の姿が見えたのだろう。


―どうにか、武尊のところまで連れて行かないと!


琉聖は結界を壁になるようにいくつか張りながら走った。それに衝突して蜘蛛の足が少し遅くなる。しかし、結界は簡単に蜘蛛に壊されてしまうのだ。

―僕にはこの時間稼ぎがやっとだ!

―あの蜘蛛、巨体すぎるしパワーがすごい!

琉聖は足が砕けないように走るのが精いっぱいだった。


「牙!」

啓太が叫ぶ。啓太の横に牙が並ぶ。啓太は引っ張っていた樹を牙に放り投げた。

「先に行け!」

「兄ちゃん!」

「お前足遅いんだよ!」


階段までまだ距離がある。そこまで樹を守り切る自信が啓太にはなかった。牙は樹を背に乗せスピードを上げた。牙はすぐに壱華と千穂に並ぶ。牙はこの中では自分が一番足が速いと判断し、千穂をくわえるとひょいと上に放り投げて自分の背に乗せた。


「うわ!え!ちょ!落ちる!」

「千穂!俺に捕まって!」


牙の上に乗ってバランスをとれている樹が、千穂の手を自分の腰に回させる。柔らかい牙の背は不安定だった。

―武尊ならもっとうまくやるんだろうけど!

自分にはこれがいっぱいいっぱいだと樹は千穂の手に自分の左手を重ねながら右手で牙にしがみついていることしかできなかった。


牙は滑らかに階段を駆け上る。それを見送った三人は力が抜けて足が言うことを聞かなくなる。

―やられる

もう駄目だと力なく膝をつく。

―結局大して役に立てなかったな

守ると誓ったのにと、情けなさが押し寄せてくる。しかし、いつまでたっても襲ってくるはずの痛みはなく、琉聖は目を開けた。


「大丈夫?」

「今の何?」


一般人からそう声がかかる。琉聖は上体を起こすと、蜘蛛が自分たちを無視して千穂だけを追いかけていく後姿が見えた。

「助かった?」

―いや、まだだ!


琉聖は足を叱咤し立ち上がると走り出した。


「壱華!」

「いいから先行って!」

「―ちゃんと来いよ!」


啓太も走り去る琉聖を追いかけて行った。壱華は力なく壁に背を預ける。

―やっぱり男子の体力には負けるわね

どうしてあの蜘蛛が自分たちを見逃したのか分からない。そして千穂はいまだ狙われ続けている。どうにかして行かなくてはと思うが、体が言うことを聞かない。


「今の子、二年生の子だよ」

ネクタイの色がそうだもん、と騒然とする中で会話が交わされる。

「高等部の?今劇やってるんだっけ?」

「劇の客引きなのかなー」

それに、安どの空気が流れ始める。壱華はそれに乗ることにした。場は鎮めるに限る。


「そうなんです。でも、ちょっとやりすぎちゃって」

「あなたおいてかれちゃったものねー」

男の子たちも冷たいわねーと中年の女性が壱華に手を差し伸べる。壱華はありがたくその手を取り立ち上がった。息が整ってくる。


「もう少しで終わるところ?せっかくだから見て行こうかしら」

「え?」

「なんかすごく王子様役の子かっこよかったって聞いたよ」

「それ早く言ってよー」

「あの、その、結構席埋まってたし、今から来ても・・・」

「いいじゃない、案内してよ」


観客が増えてしまい、壱華は乾いた笑いをこぼすのだった。


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