文化祭4
―ン、シャ―ン、シャン、シャンシャンシャンシャンシャン
それは久々の感覚だった。剣が鳴る。鼓動が剣の脈に合わせるように速くなる。
場面は舞踏会でジークフリートがオディールと踊る局面に差し掛かっていた。
武尊は白藤に手を伸ばしながら千穂を目線だけ動かして探した。すると、舞台袖に立っているあかりと目が合った。あかりが首を横に振る。それだけで千穂が無事でないことを悟る。
ひんやりと、滑らかな感触が差し出した手に触れる。意識が劇にへと戻る。ダンスが始まる。白藤は笑っていた。しかし
―いつでも笑ってるからよく分からない
「どうしたの?」
武尊の異変を読み取ったように、白藤はささやいた。
「千穂がいなくなった」
「あら、どうして?」
嫌になったのかしらと、くすくす笑う。武尊はむっとして言った。
「千穂はそこまで無責任じゃない」
頑張ると言っていた。勝手な言い分で回りから期待されて始まったこの演劇ではあったが、千穂は千穂なりに期待にこたえたいと思っていたのだ。
「信用してるのね」
「あんたよりはね」
「辛辣ね」
白藤は調子を崩さない。二人はくるくると回りながら探り合う。
「でも、劇はどうしましょう」
―抜けるわけにはいかない
千穂を助け出してからの彼女の平穏な学生生活を鑑みると、武尊はこの劇を成功させなければいけなかった。どうにかあかりと接触できないかと強引に舞台袖によっていく。それに気づいたあかりがスケッチブックを引っ張り出して慌てて何か書いていた。
『千穂はみんなが探しに行った』
くるりくるりと回りながら、武尊は舞台袖の奥を確認する。確かに千穂だけではなく、壱華や琉聖の姿も見えなかった。その情報にとりあえず最悪の事態は逃れていると思うことにする。
視線を落とす。白藤は余裕の表情だ。
―敵なのか?
蜘蛛を操ると言っていた。操るとはどう操るのだろう。呪文を唱えるのだろうか、何も予備動作はいらないのだろうか。前者と後者では状況が違ってくる。
―怪しい動きはない
千穂と入れ替わるように白藤の出番になるのだ。わずかなあの間に千穂を攫えるとは思わない。
―全くの新手か、仲間がいるのか
文化祭だ。たくさんの人間が校内に入場を許されていた。だから、付かず離れず側にいたと言うのに、ここにきてこのざまだ。武尊は盛大に舌打ちしたかったがどうにか堪える。
―シャンシャンシャン―
剣は鳴り続ける。しかしこうも動けないのは初めてだった。武尊は駆けだしたい衝動に耐えながら踊り続けた。
※
「うーん」
千穂はゆっくりと意識が浮上するのを感じた。それと同時に、自分が意識を失っていたのだと気づく。
「お目覚め?」
「え?」
千穂はふるふると首を横に振って更なる意識の覚醒を促す。目を開けば、自分は力なく椅子に腰かけていた。
「ここ」
「前にも何かあったみたいね。使いやすかったわよ」
英語準備室だった。『前』とは偽本間が武尊を閉じ込めたことを言っているのだが、千穂はそこまで頭が回らない。
見れば、黒いスーツに身を包んだ妙齢の女性が、いつぞや偽本間がやっていたように教師用の大きな机に腰を掛け足を組んでいた。
「だめじゃない。こんなセキュリティが甘くなる日に油断しちゃ」
―白藤さんじゃない
黒い髪からも、黒い瞳からも、彼女とは関係性を見つけられなかった。それに、自分を襲った影のようなものは蜘蛛ではなかった。
「お姉さんも、私を使ってかなえたい夢でもあるの?」
「まあ、そうだけど、そうねーあなたが言ってるのとはちょっと違うのかもね」
「?」
千穂は首を傾げる。それにおかしそうに女は笑った。
「ふふふ。私の目的はお金なの」
「お金」
「そうよ。依頼主がいるの」
「依頼主・・・」
そういう狙われ方もあるのかと千穂は驚く。間接的に狙われることもあるのだと、千穂はその幅の広さに素直に驚く。
―ということは、今ここでは殺されないってこと?
―あれ?どうして英語準備室に閉じ込められてるんだろう
依頼主のもとにさっさと連れて行けばいいのにと千穂は思ったのだ。依頼主は学校関係者なのだろうか。
「でも、見つかっちゃったみたいなの」
「へ?」
「あなたの仲間も仕事が速いわよね」
やっぱり女はくすくすと笑う。そして机から下りると千穂のもとに歩み寄った。そっと冷たい滑らかな指先を千穂の頬に走らせる。ぞくりと背が粟立った。
「見つからないように結界を張ったんだけど、それより大きな結界で学校の中に閉じ込められちゃったの」
ここの場所も割れてるみたいだし。と女は口にする内容にしては冷静だ。
「ねえ、私のことどう思う?」
「え?」
突然の問いに千穂は答えられない。しかし、千穂の答えなど女は期待していなかったようだ。
「私、自分で言うのもなんだけど、結構いい女だと思うのよね」
そう言われ、千穂はじっと女を見る。背は優実や壱華ほどではないが、長身と言っていいのではないかと思う。すらっと伸びた手足に、肉が付くべきところには着き、引っ込むべきところは引っ込んでいる体だ。色気があると素直に思った。
―うらやましい
つい、自分の胸元を見てしまう。背が小さいなら小さいなりにそこに栄養を回してほしかったと悲しくなる。そんな千穂の思いを行動から読み取ったらしい。女はおかしそうに笑った。
「あなた可愛いのね」
「きれいになりたかった」
「ふふふ。じゃあ、来世に期待ね」
来世?突然来世?と千穂は首を傾げる。そんな千穂の目の前で、女はメスを取り出した。嫌な予感がした。
「どうせあなたの仲間がここにきて、依頼は果たせないわ。なら、私の願いに使ってもいいわよね」
「そんなのないって言ってたのに」
「気が変わったの」
ひたりと冷たい刃でちょんちょんと千穂の頬をつつく。そして、ついと走らせた。ジワリと痛みが広がる。痛みと同時に傷口から血があふれてきているのだがそれには気づかない。血が落ち衣装を汚す前に、女がその血を舐めとった。
「ひ!」
千穂は悲鳴を上げる。
「おいしい」
女は舌なめずりして見せる。
「血を全部飲んじゃえばいいのかしら。それとも心臓でも食べちゃった方がいいのかしら」
「え!?なになに!何するの!?」
「不死は無理でも、不老くらいにはなりたいものよね」
「え?それって人間じゃない!」
「そうよ、人間やめようと思って」
話をしている間にもまた傷口から血が滴ろうとする。女はそれをまた舐める。千穂はびくりと体を硬直させた。
「んーほっぺからじゃ少ないわね」
首を切ればいいのかしらとメスの刃を首筋に当てる。気が付けば、千穂を攫った黒い手が千穂の体に巻き付き自由を奪っていた。
「え?嫌だ!嫌!!」
千穂は自由だった足をバタバタさせたが、また別の手が現れ長い腕で椅子に足を固定してしまう。
「そうそういい子にしててね」
女は満足そうに笑っていたが、次の瞬間扉が壊れた。




