第6話:その異世界語、聞き覚えがあるんですが
――ズゥゥゥゥゥゥン!!!!
何度目かも分からない、あの理不尽な爆発の熱と衝撃。
しかし、私の意識を強制的に引き戻したのは、死の痛みなんかじゃなかった。
『ルミエルに誓って、次は絶対に復讐してやる……ッ!!』
脳裏に、あるいは魂に直接こびりついたような、前世の親友のあの凄まじい怒鳴り声。
「――っ、は、あぁっ……!」
五度目となる目覚め。
跳ね起きた私の心臓は、これまでにないほど激しい早鐘を打っていた。喉をかきむしる必要はない。ただ、胸の奥から湧き上がる熱い衝動が、私の身体を内側から震わせていた。
(あの言い回し、あのブチギレた口調……。ルミエルって、この世界の神よね……?)
ベッドの上で膝を抱え、必死に乱れる呼吸を整えながら、私は脳内で仮説を組み立て始める。
日本の沖縄、制服を着たあいつ。その口から飛び出した、この世界の唯一神の名前。
……普通に考えたら、あいつもこの世界に転生しているとしか思えない。そして、メイドたちが話していた「どれだけ暗殺されても絶対に死なない、奇跡の第一王子」という噂。
パズルのピースは、これ以上ないほど綺麗に噛み合っている。
けれど。
「……いや、落ち着け、私。一回冷静になろう」
私は自分の頬を両手で軽く叩いた。
ここで「あいつも転生してたんだ! やったー!」と盲信して突っ込むのは、あまりにも軽率だ。もし、万が一、あっちの王子様がただの現地人で、重度の厨二病を患っているだけだったらどうする。
「ルミエルに誓って、次は復讐してやる!」なんてセリフ、現地の過激な王族がブチギレて叫んでいてもおかしくはない。それをたまたま、あの死の空間(沖縄)が奇妙なバグとして私に音声だけ受信させた可能性だって、ゼロとは言い切れないのだ。
もし勘違いで突撃して、「あんた、あいつ(B)でしょ!?」なんて話しかけたら、それこそ不敬罪で即・処刑ルートである。
(あいつだったら、本当に最高だし救われる。……でも、別人だった時のリスクがデカすぎる。今は期待半分、疑念半分で動くべきね)
それでも、お茶を避けてもベランダを警戒しても殺される、この詰みきった袋小路の現状だ。あの「死なない王子」という存在が、この地獄を打破するための唯一の楔になることだけは間違いなかった。
あいつが本物かどうか、この目で確かめてやる。
*
コンコン、といつものタイミングでドアがノックされる。
「――失礼いたします、アリシア様。朝の紅茶をご用意いたしました」
入ってきたのは、例の白髪の老執事――アルフォンスだ。彼はループ前の世界でぶちまけられた床のことなど記憶にないはずだが、相変わらず完璧な所作で銀のトレイを運んでくる。
「おはよう、アルフォンス」
私はベッドから降り、あえて気だるげにソファーへと腰掛けた。鏡に映る私の顔は、実際に少し寝不足で青白い。
「お嬢様、少々顔色が優れませんが……。やはり、まだお疲れが残っておいでで?」
「ううん、大丈夫。……それよりね、ちょっと気になっちゃって」
私はトレイの上のティーカップに視線を落としながら、小首をかしげて、いかにも「好奇心旺盛な公爵令嬢」の仮面を被った。
「さっき、メイドたちが話していたでしょう? 王宮の第一王子殿下のお話。どんな襲撃からも無傷で生還されるって。ねえ、殿下って本当にそんなに凄まじい『ご武運』をお持ちの方なの?」
私は会話をしながら、アルフォンスの表情をミリ単位で観察した。
この老執事が、私の質問に、ひいては「第一王子」という存在に対してどう反応するか。
「…………」
アルフォンスの眉が、ほんの一瞬だけ、不自然にピクリと動いた。
だが、すぐに彼はいつもの完璧な微笑みを貼り付ける。
「お嬢様、王宮の噂話など、ただの誇張に過ぎませぬ。殿下は光神の祝福を受けておいでですが……それ以上に、王宮内部の権力闘争は、お嬢様のような清らかな方が気に病まれるようなものではございません。どうか、お忘れください」
慇懃無礼に、しかし確実に話をそらそうとする。
その態度を見て、私は確信した。やっぱりあの王子は、この国のドロドロした派閥争いにおける、最大のキーマンだ。
(よし。あんたが王子をどう思っているかは隠したみたいだけど、首を突っ込む価値があるってことだけは分かったわ)
私は「そう、つまんないの」と可愛らしく膨れてみせ、彼を欺くことに成功した。
*
アルフォンスを下がらせた後、私は図書室へと直行した。
机の上にアルヴェリア王国の全勢力図と、主要貴族の相関図を広げ、睨みつける。
「さて……攻略を開始しましょうか」
自分の置かれた状況を、消去法で整理していく。
私を殺そうとする犯人候補は多すぎて、今の情報量では絞り込めない。家に引き籠もって対策を立てたところで、数日後には庭園に殺し屋がワープしてくる無理ゲーだ。
だったら、生き残るための目的を外に作るしかない。
「あの王子に、直接会いに行く」
もし、王子が本当に前世の親友なら、接触すれば一秒で分かる。あいつのオタクな本性を引き出す言葉なんて、いくらでも持っている。二人で情報を共有すれば、このクソみたいなループの脱出方法も見えてくるはずだ。
もし、ただの現地人だったとしても、あれだけ暗殺を神回避している男だ。何かしらの強力な防衛手段や情報網を持っているはず。それを掠め取るか、あるいは第一王子派という巨大な盾を味方につければ、私の生存確率は跳ね上がる。
(「王子=あいつ」と決めつけるのは危険。これはあくまで、私の生存確率を上げるための『偵察』よ)
そう自分に言い聞かせる。あくまで冷徹に、戦略的な攻略の一環として割り切る。
そう思考を決めた瞬間、不思議と頭が冴え渡っていくのを感じた。
*
私は図書室の大きな窓に歩み寄り、遥か遠くにそびえ立つ、白亜の王城を見つめた。
これまでは、ただ理不尽に命を奪われる恐怖に怯えていた。死ぬたびに心が摩耗し、絶望していた。
けれど、今は違う。
この「死に戻り」という現象すら、攻略すべきゲームのギミック、ただのシステムのように思えてくる。
「待ってなさいよ、王子様。あんたが私の大好きな相棒だろうが、ただの現地人だろうが関係ないわ。私はあの王宮に乗り込んで、あんたを徹底的に利用してやる」
鏡の中に映る自分に向かって、私は不敵な笑みを浮かべた。その声音は、前世でくだらない言い合いをしていた時の、親友への呼びかけに酷く似ていた。
「――死ぬのはもう、飽き飽きなのよ」
*
私は、次の襲撃を、むしろ心待ちにするようにすらなっていた。
私の瞳には、もう死への恐怖なんて微塵も残っていない。そこにあるのは、理不尽な運命という獲物を確実に仕留めようとする、狩人のような冷徹な光だけだった。
死に戻りという名の底なしの地獄。その最暗部に、今、一筋の強烈な光が差し込んだ。
私の目的は、もはや「ただ怯えて生き延びること」ではない。
この狂った死にゲーのシステムそのものを、王宮の主であるあの王子と共に、根本から叩き潰しに行くことだ。




