第5話:死の交差点、沖縄の青い空
――毒殺。
――ベランダからの転落死。
――庭園での刺殺。
「あーあ、またこれか……」
色彩が極端に鮮やかすぎる「あの沖縄の空間」へ、私は魂ごと強制連行されていた。
何度目かの死。もはや数えるのすら悍ましい。
私のローファーが赤土の地面に埋まる不発弾に当たった瞬間、世界の時間はぴたりと停止する。潮風は凪ぎ、遠くを飛ぶ鳥も、通りを歩く観光客も、すべてが石のように静止していた。
カウントダウンが始まる前の、わずかな猶予。
私はすっかり見慣れてしまったその静止画のような景色を、死んだ目で眺めていた。
毒を回避してもダメ。ベランダを警戒してもダメ。挙句の果てには、殺し屋が直接屋敷に乗り込んでくる。はい、リセット。
(精神が保たないわよ、こんなの……マジで)
誰にも話せず、誰とも共有できないループの重圧。死ぬたびに生々しく蓄積していく激痛の記憶。私の心は、粗いヤスリで削られるように少しずつ、確実に摩耗していた。このまま無意味な死を何百回も繰り返して、私の自我はいつまで形を保っていられるのだろう。
いつも通り、私のすぐ隣には制服姿のあいつ――前世の親友が、時間が止まったまま直立している。
何の意味もないと知りながら、私はすがるようにあいつの姿に視線を移した。
*
いつもなら、ここから時が動き出し、あいつが自動人形のように私を突き飛ばして、二人で爆発に呑まれる。それがこれまでの決まった流れだった。
しかし。
何かが、決定的に違っていた。
「――っ」
カチリ、と世界の時間が動き出した瞬間。
隣にいた親友が、これまでとは全く違う動きを見せたのだ。
私を突き飛ばそうともせず、あいつは自らの足元――これから爆ぜる不発弾を猛烈な形相で睨みつけていた。突き抜けるような青空を見上げ、ギリ、と音が聞こえるほどに歯を食いしばり、白くなるほど拳を握りしめている。
(え……? あれ、様子が変……?)
心臓がドクン、と嫌な跳ね方をした。
いつもの「私を庇って死にゆく、過去の記憶のあいつ」じゃない。
今、私の目の前にいる親友の身体には――明確な、組織を焼き尽くすほどの「意志」と「怒り」が宿っている。
あいつは私の方を見向きもしない。ただ、世界そのものを呪うように、喉を震わせた。
*
「――ルミエルに誓って、次は絶対に復讐してやる……ッ!!」
おそろしくドスの利いた、怒鳴り声だった。
青い海。照りつける太陽。高校の制服。
日本の沖縄という、これ以上ないほど平凡な日常の空間に。
全く似つかわしくない、しかし私が異世界で嫌というほど耳にしてきた「神の名」が、鼓膜を震わせた。
「……え? 今、なんて……?」
私の思考が、完全に停止する。
ルミエル。
光神ルミエル。アルヴェリア聖王国が崇める、唯一無二の絶対神。
その単語を知っているのは、あの異世界に生きる人間か――あるいは、私と同じように『転生』した者だけだ。
その声のトーン。剥き出しの憤怒。
あいつも、裏切られた? あいつも、さっきまであっちの世界で死にかけていた?
だから、爆発の直前に引き戻されたこの場所で、あんなにも怒り狂っているのか――!?
*
ズゥゥゥゥゥゥン!!!!
驚愕で木石のように固まる私の目の前で、不発弾が圧倒的な光を放って大爆発を起こした。
いつもなら、ただ理不尽な暴力に引き千切られ、恐怖と痛みに悶えながら死んでいくだけの瞬間。
しかし、今は全く違った。
私の心を支配していた摩耗も、絶望も、一瞬で消し飛んでいた。
(もしかして、あんたも……! あんたもあっちにいるの……!?)
強烈な衝撃波が私たちの肉体を襲う直前。
私は恐怖を忘れ、反射的にあいつの方へと手を伸ばした。そのスカートの裾だけでも、指先だけでもいいから、掴みたかった。
けれど、烈風が私たちの距離を無慈悲に引き離す。
視界が凄まじい炎と白光に包まれ、身体がバラバラに溶けていく。
*
熱い。痛い。
けれど、私の耳には、爆発音と混ざり合うようにして、さっきあいつが放った言葉が、何度も、何度も、確かなエコーとなって反響し続けていた。
『ルミエルに誓って――』
間違いない。気のせいなんかじゃない。
あいつは確かにそう叫んだ。
(ルミエル……ッ! やっぱり、お前もあっちの世界にいたんだな……!!)
これまでは、孤独な戦いだと思っていた。誰も信じられず、ただ一人で死に続ける地獄のゲームだと思っていた。
だけど、違った。あいつが、私の世界で一番の相棒が、どこかで同じように戦っている。
暗転していく意識の底で、私は確信していた。
次のループで、私は何が何でもあいつを見つけ出す。そして、このクソみたいな死にゲーを二人でぶち壊してやる。
通算五度目となる死の果て、再生への明確な予感を抱きながら、私は心地よい暗闇の中へと、真っ逆さまに落ちていった。




