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30秒後にまた殺されるので、女友達と婚約することにした  作者: 品川太朗
第6章:辺境の大賢者

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第6話 地下室の推論と、乙女の尊厳



バニラアイスがもたらした熱狂がようやく一段落し、食後の温かい紅茶が運ばれてきた頃だった。

エリオットはティーカップを静かにソーサーへと戻し、まっすぐな視線を向けて問いかけた。


「――それで、本日はどのようなご用件で当家へ?」


なごやかだった空気が、ふと引き締まる。

その沈黙を破るように、アリシアは紅茶を一口飲むと、平然とした顔で特大の爆弾を投下した。


「単刀直入に言うわ。私、二年後に死ぬんで助けてほしい」

「…………はい?」


エリオットが聞き返すよりも早く、周囲からクスクスと控えめな笑い声が漏れた。


「ふふっ、お嬢様ったらご冗談を」

「アリシア様、いくらなんでもそのような不吉な冗談は口になさるべきではありませんよ」


背後に控えるメイドたちや、エリオットの両親である子爵夫婦は、すっかりそれを質の悪いジョークだと受け取っていた。無理もない。今しがた、誰よりも元気いっぱいにバニラアイスのおかわりを要求し、目を輝かせていた食欲旺盛な令嬢が、病で死ぬなどと誰が信じるだろうか。


だが、エリオットだけは表情一つ変えなかった。

彼の双眸は、アリシアの瞳の奥に淀む、深く暗い「諦観」を捉えていた。そして、彼女の隣に座るレオンから発せられる、ギリッと歯を食いしばるような「悲壮感」をも。

二人の目は、決して冗談を言っている者のそれではない。


「……場所を変えましょう」


エリオットは静かに立ち上がった。


「父上、母上。少し込み入った話になりそうです。皆さんは引き続き食事と、警備に支障が出ない程度のお酒を楽しんでいてください」


そう言い残し、エリオットは迷いなく館の奥へと歩き出す。

エリオットの背中を追いかけ、薄暗い廊下を進むレオンとアリシア。その背後には、影のように音もなく護衛のアルフォンスがついてきている。


レオンは前を歩くエリオットに聞こえないよう、アリシアの腕をそっと引き、小声で問いただした。


「おい、どこまで話す気だ?」

「え? 全部話したほうが早くない?」

「馬鹿言え。それは危険だ。まだあいつを完全に信用していい確証がない」


レオンの顔は険しい。

これは、何百回となく絶望のループを死に抜いてきた彼らの、骨の髄まで染み込んだ「用心深さ」の表れだった。しかし同時に、レオンの心の中には、ある黒い感情が芽生え始めていた。


(もし、あいつに全てを解決されたら、俺の存在意義がなくなるのではないか)


という、大賢者に対する無自覚な嫉妬と劣等感。それが彼の警戒心を必要以上に強めていた。

アリシアも少し考え込み、「確かに。アイス作れるからって信用しきるのは、まだ早いか」とあっさり納得する。


やがてエリオットが立ち止まったのは、厳重なロックが施された地下室の前だった。

魔力を流して重厚な扉が開かれると、そこには異様な光景が広がっていた。

ガラス管や金属製の奇妙な機材、現代風の無機質な計器類。そして部屋の中央には、複雑怪奇な幾何学模様を描く巨大な「未知の魔法陣(未完成の時空魔法装置)」が鎮座している。


「すげー! なにこれ、マッドサイエンティストの部屋じゃん!」


アリシアは目を輝かせ、室内の怪しげな設備を見て無邪気にはしゃぎ回る。

一方、レオンは黙り込み、部屋の中央にある装置の構造や魔力回路を鋭い目つきで観察し、深く考え込んでいた。アルフォンスに至っては、奇妙な装置には一切目もくれず、エリオットの一挙手一投足から決して視線を外そうとしない。


三者三様の反応に思わず苦笑しながら、エリオットは二人(と、決して座ろうとせず壁際に立つアルフォンス)に椅子を勧めた。


「さて。先ほどの話の続きを聞かせてもらえますか」


エリオットに促され椅子に座ったものの、アリシアは言葉に詰まった。


(『死に戻り(ループ)』のことは隠したまま、未来の病気を説明するって……どう言えばいいの?)


見かねたレオンが助け舟を出し、極めて冷静に、論理的に説明を始めた。


「今は健康そうに見えるが、二年後の冬に必ず『咳と微熱』が出始めるんだ。いかなる高位の治癒魔法も効かない。数週間で『魔力の異常な乱れ』が起き、数ヶ月後には衰弱しきって、まるで雪のように肌が白くなり……死に至る」


エリオットは腕を組み、真剣な表情で聞き入っていた。少しの沈黙の後、ぽつりと呟く。


「……なるほど。話を聞く限りだと『結核』が一番近いのかな」

「けっかく……?」


聞き馴染みのない現代の医学用語をさらりと口にしたエリオットに、二人はハッと息を呑む。


「しかし……」と、エリオットはさらに思考の海へ潜る。「二年後という時期が確定しているということは、潜伏期間の長い菌に幼い頃から感染している『健康保菌者(キャリア)』の可能性がある。例えば、生活習慣やホルモンバランスの崩れで発症のスイッチが入るとか……」

「健康保菌? 菌に感染したら、普通すぐに病気になるんじゃないの?」


アリシアの疑問に、エリオットは「少し違いますが」と前置きをして話し始めた。


「腸チフスのメアリー、という話を知っていますか? 昔、私の知るある世界で、自分自身は全くの健康なのに、料理人として働く先々で無自覚に菌をばらまき、大勢を感染させた女性がいたんです。病気というのは、目に見える症状が全てではありません」


(こいつなら……この現代の知識を持つ彼なら、治せるかもしれない!)


レオンとアリシアの顔が、希望の光に照らされたように色めき立つ。

しかし、エリオットは冷静に苦笑して首を振った。


「期待させて申し訳ありませんが、今は全て僕の推測に過ぎません。確証を得るために、お嬢さんの身体を『調べさせて』ください」

「いいわ! すぐに調べて!」


前のめりに承諾したアリシアを前に、エリオットは自作の魔導器具を用いた健康診断をスタートさせた。


「まずは骨格と臓器の影を見ます。動かないで」


エリオットが魔石の光を透過させる『魔導レントゲン』を起動すると、空中にアリシアの骨のシルエットが浮かび上がり、三人は「おぉ!?」と驚愕の声を上げ。


「次は血液を少しだけ採取します。チクッとしますよ」

「いっ、いったーい!!」


注射器に似たガラス器具で血を抜かれ、アリシアは涙目で抗議する。

さらに健康診断は続く。


「身長と体重を量ります。そこに乗って」

「え、体重!? ちょっとレオン、アルフォンス! 絶対あっち向いててよ!!」


アリシアは顔を真っ赤にして叫び、体重計の目盛りを必死に隠そうと乙女の恥じらいを見せた。

一通りの基礎測定が終わり、エリオットが手元のメモにペンを走らせる。


「よし。次はスリーサイズと体脂肪率を測りますので、少し服を――」


エリオットが真顔でメジャーを取り出した瞬間だった。


「貴様、どさくさに紛れてセクハラする気か!!」


レオンが激怒してエリオットの胸ぐらを掴みかかる。


「そうよ! この変態賢者!」


アリシアも腕をクロスさせて身構える。


「違います! 体格や栄養状態の正確な把握に必要なデータなんです!」


エリオットは慌てて弁明し、メジャーを引っ込める羽目になった。

そんなドタバタの末、なんとか最低限のデータを取り終えたエリオットは、大きく息を吐いた。


「……ふう。とりあえず、今すぐわかる範囲の検査は以上です」


そう言って、彼は最後に、透明な小さな容器を二つ、アリシアの目の前にコトリと置いた。


「では最後に。こちらの容器に『尿』と『便』を採取してきてください。奥に手洗いがありますので」


アリシア「……」

レオン「……」

アルフォンス「……」

エリオット「どうしました?」

アリシア「いや、なんでそんな真顔なの……?」


いくら図太く、中身が現代日本の女子高生とはいえ、年頃の乙女であるアリシアにとって、見知らぬ同年代の男子からの「検尿・検便」の要求は、究極の羞恥プレイ以外の何物でもなかった。

心底嫌そうに顔を青ざめさせ、白目を剥きかけるアリシア。

地下室に、彼女の絶望に満ちた沈黙だけが虚しく響き渡っていた。

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