第5話 恐怖の塔と、選ばれしメイドたち
豪奢なキャンピングカー仕様の馬車が、バルド領の奥深くへと進んでいく。
王都の喧騒とは違う、のどかで豊かな自然の風景をアリシアが窓から眺めていた、その時だった。
「ぎぃやぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」
突然、鼓膜を劈くような男の凄まじい絶叫が、静かな辺境の空に響き渡った。
「えっ!? なになに!?」
アリシアが慌てて窓から身を乗り出すと、街道から少し離れた広場に、巨大な「細長い塔」がそびえ立っているのが見えた。悲鳴はどうやらそこから上がっているらしい。
「何事だ? 領民が魔物にでも襲われているのか?」
レオンが鋭い声で尋ねると、向かいの席に座っていたエリオットは、どこか気まずそうに頬を掻かながら答えた。
「あー……見てもらった方が早いですね。少し寄り道しましょう」
馬車が塔のそばに近づくと、その全貌が明らかになった。
金属製のレールが敷かれた高い塔。そこに設置された二人がけの椅子が、ものすごい猛スピードで上下している。そして、その椅子の下には、なぜか神父と、警察の役割を担う郷士が腕を組んで立っていた。
それは、前世の記憶を持つアリシアやレオンからすれば、遊園地で見かける絶叫マシン『フリーフォール』そのものだった。
「ひぃぃぃっ! も、もう酒は飲みません! 嫁も殴りません! どうか許してくだせぇぇぇっ!」
椅子から降ろされた大柄な男は、地面に這いつくばり、涙と鼻水を垂らしながら神父の足元に縋り付いて泣き喚いていた。郷士の話によれば、どうやら酒場で暴れた男に対する罰らしい。
「あれ、何なの……?」
「……元々は、領民の福利厚生や観光用に作ったアトラクションだったんですがね」
アリシアの問いに、エリオットは深い溜息をついて複雑な顔をした。
「極限の緊張と落下による解放感が、日々のストレスを吹き飛ばし、快楽を生むはずだったんです。しかし、なぜか我が領では『刑罰の道具(恐怖の塔)』として定着してしまって……」
「あれは、言うことを聞かない子供への罰でもあるの……」
エリオットの隣で、妹のリリアが真っ青な顔をしてガタガタと震え出した。
「私もお兄ちゃんに一回だけ乗せられたことあるけど、一回目で泣き叫んで、二回目でお漏らしして、三回目で『一生お父様とお母様に逆らわない』ってルミエル様に誓ったもん……」
◆
青ざめるリリアや、ドン引きしているレオンたちをよそに。
ただ一人、絶叫系アトラクションが大好きなアリシアだけが、目をキラキラと輝かせていた。
「すげー! これマジで『フリーフォール』じゃん! 絶叫系最高!」
興奮のあまり、前世の現代用語をポロリと漏らすアリシア。
「ねえエリオットさん、私これすっごい乗りたい! 一緒に乗ろうよ!」
「えっ、僕ですか? いや、僕は開発段階のテストで十分に乗ったし――」
「だ、ダメだ!!」
エリオットが断るより早く、レオンが顔を真っ赤にして大声で叫んだ。
彼自身、この得体の知れない落下装置には乗る前から恐怖を覚えていた。しかし、愛するアリシアが他の男(しかも自分より圧倒的に有能なイケメン)と隣同士で座り、密着してキャーキャー言うなど、男のプライドと独占欲が絶対に許さなかった。
「あのような出処の知れない機械、万が一の危険がある! 乗るというなら、俺が隣で安全を確認する!」
「殿下、そのような危険な遊戯に王族が乗るなど――」
「アルフォンス、止めるな!」
アルフォンスの制止も振り切り、レオンは無理をしてアリシアの隣の席に座り込んだ。ガチャリ、と頑丈な安全バーが下ろされる。
「よし、じゃあ出発ー!」
アリシアの弾むような声を合図に、椅子がゆっくりと上昇を始める。
ぐんぐんと高くなっていく景色。頂上に着いた瞬間、レオンは遥か下に見える豆粒のようなアルフォンスたちを見て、激しく後悔した。
(高すぎる! 俺はバカか! 今からでも下ろすように言おう……!)
だが、彼のプライドが言葉を紡ぐより早く、無情にも椅子のロックが外れた。
「ひゃっほーーう!!」
「ぎゃあああああああああっ!?」
落下の風圧に悲鳴が掻き消される。
楽しすぎるアリシアは「最高! もう一回! もう一回!」と何度も郷士にせがみ、連続でフリーフォールが繰り返された。
そして、五回目が終わった時。
アリシアは隣に座るレオンが、白目を剥いて完全に気絶していることにようやく気がつき、「あっ、やりすぎた……」と少しだけ反省するのだった。
◆
口から魂が抜けたように気絶したレオンを馬車のベッドに寝かせ、一行はついにバルド子爵邸へと到着した。
「だ、第一王子殿下と、グランベル公爵令嬢が我が家へ!?」
慌てて出迎えた子爵夫婦は、突然の超絶VIPの来訪に腰を抜かさんばかりに驚愕した。だが、それ以上に彼らをドン引きさせたのは、ベッドに運ばれていく「真っ白に燃え尽きた王子の顔」だった。
「お兄ちゃんが、王子様を恐怖の塔に乗せたの!」
「バカ者! 何ということをしてくれたんだエリオット!」
無邪気なリリアの暴露により、エリオットは両親からこっぴどく叱られる羽目になった。
やがて、客室で目を覚ましたレオン。子爵夫婦は青ざめた顔で「すぐに最高級の食材と、腕利きの料理人を手配いたします!」と大慌てで夕食の準備をしようとしたが、レオンはそれを手で制した。
「食材は頂こう。だが、調理はこちらが連れてきた『うちのメイド』に行わせる。手間はかけさせない」
王子からの言葉に子爵夫婦は恐縮したが、これはレオンの徹底した「毒殺対策」であった。
この旅に同行させているメイドたちは、何十回もの死のループの中で「絶対に裏切らない」と確認された精鋭中の精鋭だ。
(裏切る者には、必ず家族が人質にされているなどの理由がある。俺たちはループの中でその原因を全て事前に潰し、彼女たちに恩を売って絶対の忠誠を誓わせた)
死にゲーを共に攻略してきた二人だからこそできる、抜け目ない危機管理能力だった。
「……ならば、デザートくらいは我が家で、私が責任を持って用意いたしましょう。お詫びの印に」
エリオットがそう提案すると、アルフォンスとレオンは「得体の知れないものを食べさせるわけには」と渋った。
しかし、密かに大賢者のファンになっていたメイドたちが「私たちが調理工程をしっかり見張りますので!」とノリノリで歓迎し、エリオットと共に調理場へ向かってしまった。
◆
その日の夕刻。バルド邸の美しい中庭で、ささやかな夕食会が開かれた。
メイドたちの作った料理は当然ながら安全で、辺境の新鮮な食材を活かした美味なものだった。
そして食後、エリオットが一つの大きめの銀のボウルを運んできた。その中には、氷で冷やされた真っ白で滑らかな冷菓が入っていた。
「調理工程を見張っていましたが……魔法のような手際で、何を作っていたのか全くわかりませんでした。でも、毒は入っていません」
護衛のメイドが小声でアルフォンスに報告する。
だが、その冷菓を見た瞬間、アリシアが目を輝かせて口を滑らせた。
「うわ、これってバニラアイス!? マジで!?」
「バニラ……?」
レオンとアルフォンスが首を傾げる中、エリオットが微笑みながら小皿に取り分ける。
「お嬢様、まずは私たちが毒味を!」
使命感に燃えるメイドたちだったが、一口食べた瞬間、そのあまりの美味さに目を真ん丸に見開いた。
「こ、これは……まだ安全か分からないので、もう一口……」
「私も、念のためもう一口……」
毒味という名目を忘れ、ガツガツとバニラアイスを食べ始めるメイドたち。
「あーっ! ずるい! 私も食べる!」
アリシアも慌てて割り込み、スプーンを口に運んで「おいしーっ!」と頬を緩ませる。
完全にスイーツの魅力に負けた女性陣を前に、レオンとアルフォンスはドン引きしながら、恐る恐る一口だけもらうのだった。
◆
やがて、賑やかだったアイス騒動が落ち着き、中庭に穏やかな静寂が訪れた頃。
エリオットが、それまでの苦笑いをスッと消し去り、真剣で落ち着いた大人の表情でレオンとアリシアに向き直った。
「『フリーフォール』に『絶叫系』。そして『バニラアイス』」
静かな、だが確信に満ちた声が響く。
「……さて。わざわざこんな辺境の僕の元へ、それ相応の『ご用件』がおありなのでしょう」
エリオットの頭の中で、彼らが同郷の人間(転生者)であるという推測は、もはや絶対の確信へと変わっていた。彼は微かな緊張感を纏いながら、二人を真っ直ぐに見据える。
「……あなたたちは、一体何者で、何を求めてここへ来たんです?」
ついに核心へと踏み込んだエリオットの鋭い問いかけ。
穏やかな夕暮れの中庭に、転生者同士の探り合いという新たな緊張感が走り、物語は次のステージへと幕を開けるのだった。




