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30秒後にまた殺されるので、女友達と婚約することにした  作者: 品川太朗
第3章 婚約と、甘く切ない「夫婦ごっこ」

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第5話 初めての嫉妬


王宮で開催される、第一王子と公爵令嬢の「婚約お披露目夜会」。

それは、国内の全貴族の注目を集める、絶対に失敗の許されない大舞台だった。


グランベル公爵邸の豪奢な自室で、アリシアは大きな姿見の前に立ち、己の姿に言葉を失っていた。


「……誰これ?」


思わず漏らした声は、呆然と震えていた。

鏡の中にいるのは、普段の動きやすいドレスや、前世の着慣れた制服姿の『自分』ではない。

深い夜空を思わせるミッドナイトブルーの最高級シルク。デコルテを美しく際立たせる計算し尽くされたカッティングに、王家の象徴である百合の意匠が銀糸で刺繍されている。


完璧なメイクと結い上げられた金糸の髪。そこには、息を呑むほどの気品と、十代とは思えない艶やかな大人の色香を纏った「絶世の美女」が立っていた。


(うわー、気恥ずかしい……。私、中身はただの女子高生なのに)


アリシアは落ち着かずに身をよじった。


(こんなガチガチの衣装着て、あいつとダンスなんてできるかな。絶対ドレスの裾踏んづけちゃいそうなんだけど)


「お嬢様、息を呑むほどの美しさでございます」


背後で控えていた老執事アルフォンスが、細めた瞳の奥に不敵な笑みを浮かべて恭しく一礼した。


「殿下も、さぞお喜びになるでしょう。今日この夜、お嬢様は王国の誰よりも光り輝く至宝であられるのですから」



王宮の大広間へと続く、豪奢なエントランスホール。

先に到着して待っていたレオンハルトは、足音に気づいて振り返り――完全に、言葉を失った。


「お待たせ、レオン。いやー、準備に時間かかりすぎちゃってさ」


いつもの軽い調子で階段を下りてくるアリシア。

しかし、レオンハルトの脳内では、彼女の放つ圧倒的な美しさが、これまで必死に保ってきた「親友としての親近感」を粉々に打ち砕いていた。


「……お前、誰だ?」


無意識のうちに、間の抜けた言葉が口をついて出た。

いつも隣で「夫婦ごっこウケるw」と笑い合っていた悪友はどこにもいない。今、レオンハルトの視界を占拠しているのは、手の届かない遠くの星のように高貴で、どうしようもなく美しい一人の「女」だった。


「は? なにバカなこと言ってんの。私よ、アリシア! そんなに変わった? やっぱこれ、ちょっと派手すぎたかな」


ドレスの裾を少し持ち上げて照れ臭そうに笑うアリシアを見て、レオンハルトの胸の奥がギュッと締め付けられる。

自分の手の中にあったはずの気安い存在が、突然、自分の知らない魅力的な女性へと変貌してしまった。得体の知れない喪失感と、それ以上の凄まじい高揚感が、レオンハルトの心臓を早鐘のように打たせていた。



夜会が開幕し、二人が大広間へ足を踏み入れた瞬間。

会場の空気は一変した。


「おお……」

「あれが、グランベル公爵家の……」

「なんと美しき……まさに光神の愛し子ではないか」


数百人もの貴族たちの視線が、一斉にアリシアへと突き刺さる。

それは単なる好奇心を超えた、熱狂的な羨望と欲望の眼差しだった。


瞬く間に、アリシアの周りには若い貴族の令息たちが何重もの人だかりを作った。婚約者がいると分かっていても、顔を繋いでおきたいという名目で、次々とダンスの誘いや挨拶が飛んでくる。


「アリシア様、どうか私に次の一曲を」

「いや、私めとぜひ……!」

「あ、えーっと……」


囲まれたアリシアは、内心で(うわっ、めんどくさ! これ社交辞令? それとも仕事?)といつもの調子で毒づきながらも、完璧な令嬢の微笑みを張り付けて適当にあしらっていた。



その様子を少し離れた会場の端から見つめていたレオンハルトは、持っていた細工の美しいクリスタルグラスを、パキンとひびが入るほど強く握りしめていた。


(……おい。なんだよ、あの群がってる男どもは)


アリシアに熱視線を送る令息たちを見るたび、胸の奥で、黒くドロドロとした熱い感情がマグマのように沸き上がってくる。


(お前、なんでそんなに愛想よく笑ってんだよ。ただの営業スマイルだって分かってるけど……俺といる時みたいに、もっと不快そうな、ガサツな顔をしろよ!)


他の男が、アリシアの華奢な腰に手を回そうとする未来を想像しただけで、視界が赤く染まるほどの怒りが込み上げてきた。

レオンハルトは必死に理性を総動員して、湧き上がる感情を抑え込もうとした。しかし、前世の記憶という名のストッパーは、もはや『エラーが発生したため、指示に従えません』とでも言うように完全に機能不全に陥っていた。


これは、単なる親友としての独占欲ではない。

彼女を誰の目にも触れさせたくない。自分のものとして、誰の手も届かない場所へ隠してしまいたい。

それは、レオンハルトが初めて自覚した、雄としてのどうしようもなく原始的な「嫉妬」だった。



人だかりの中で、対応に限界を感じたアリシアが、困ったような笑みを浮かべてレオンハルトの方へチラリと視線を送った。

『助けて』という、親友へのサイン。


――その瞬間。

レオンハルトの身体は、思考よりも先に動いていた。


群がる令息たちを冷気を孕んだ鋭い眼光で威圧して道をこじ開けると、迷うことなくアリシアの元へ早足で歩み寄る。

そして、彼女に向けられていた無数の手を払いのけるように、乱暴なまでに力強く、アリシアの細い手を引いた。


「わっ……レオン?」

「この夜会のダンス、最初の一曲は俺のものだ。……絶対に、他へは行かせない」


周囲の貴族たちにも聞こえるよう、低く、絶対的な王子の声で言い放つ。

有無を言わさず、強引に彼女をダンスフロアの中央へと引きずり込んだ。


音楽が鳴り始める中、レオンハルトの手がアリシアの腰を抱き寄せる。

その腕には、以前の「友達」としての遠慮は一切ない。逃げ場を塞ぐような「男としての力強さ」と、隠しきれない熱烈な独占欲がはっきりと宿っていた。


己の内なる変化――前世の理性の敗北と、雄としての本能の目覚め――に完全に気づきながらも、もはやブレーキを踏む気すら失ってしまったレオンハルトの、熱を帯びた暗い瞳。


それに射すくめられたアリシアが、わずかに息を呑んだところで、華麗なワルツの第一音が響き渡った。

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