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30秒後にまた殺されるので、女友達と婚約することにした  作者: 品川太朗
第1章 死に戻りとループと陰謀

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第1話:目覚めると公爵令嬢でしたが、お茶が苦いです


――熱い。


皮膚を焼き、肉を溶かし、骨まで蒸発させるような、あの圧倒的な熱。

鼓膜を直接爆破されたかのような、世界を裂く轟音。


それらが、ふっと霧のように消え去った。


「……っ、げほっ! ごほっ……!」


激しく咳き込みながら、私は勢いよく跳ね起きた。

自分の喉を両手で掻きむしるようにして、何度も荒い呼吸を繰り返す。


(生きてる……? いや、あれで生きてるわけない。だって私、完全に吹き飛んで――)


混乱する頭のまま、大きく見開いた視界に飛び込んできたのは、修学旅行の海岸ではなかった。

見たこともない、純白のレースで彩られた豪華な天蓋付きベッドの天井。


「……え? あれ、ここどこ……?」


呆然と呟いた自分の声に、強烈な違和感を覚えた。

高くて、鈴を転がすように澄んだ、おそろしく可憐な少女の声。


慌てて自分の手元を見る。

布団の上に置かれたその手は、私の記憶にあるものとは完全に別物だった。


日焼けして少し指の太かった私の手じゃない。透き通るほどに白く、細く、まるで精巧なガラス細工のような――見知らぬ少女の手だ。


全身を奇妙な違和感が襲う。

身に纏っているのはブレザーの制服ではなく、見たこともないほど上質なレースがたっぷりあしらわれたネグリジェだった。


(ここはどこ? 天国にしては……なんかリアルだし、豪華すぎない?)



私は縋るようにベッドを抜け出し、おぼつかない足取りで部屋を見回した。

広さは、日本の一般的なマンションが丸ごと入ってしまいそうなほど。


床には豪奢な絨毯が敷き詰められ、壁には精緻な彫刻が施されたマホガニーの家具や、貴金属の調度品が並んでいる。


部屋の隅にある、姿見の前に立った。

そこに映っていたのは――。


「……だれ、これ」


プラチナブロンドの、絹糸のような輝きを持つ髪。

大きな、夜空を切り取ったかのような深い藍色の瞳。


人形のように整った顔立ちをした、おそろしく美しい少女が、鏡の中から私を見返していた。

私が動けば、鏡の中の美少女も同じように驚いた顔をして、指先で頬をなぞる。


(……これ、マジで異世界転生ってやつ? アニメや漫画でよく見た、あのテンプレの?)


普通なら、ここでテンションが爆上がりするところなのだろう。

けれど、私の胸の奥は、急激に冷え切っていく感覚に支配されていた。


閉じた瞼の裏に、鮮明に蘇るのは――あの「沖縄の爆発」の瞬間だ。

足元から溢れ出した、世界を焼き潰す絶対的な白。


「……そうだ。私、最後にあいつの姿を……」


記憶の海を遡る。

死の直前、あの凄まじい光の中で、私を全力で突き飛ばした親友。

あいつは、私を庇うようにして、その小さな体を投げ出して覆いかぶさってきたのだ。


「あんた……絶対、死んだよな」


ぽつりと、鏡の中の美少女の唇から、寂しげな独り言がこぼれた。

あの至近距離での大爆発だ。私を庇ったあいつが、助かっているわけがない。即死だ。


胸が、きゅうっと苦しくなる。

サバサバしていて、二次元の推ししか勝たんとか言っていた、世界で一番大切な私の相棒。

あいつだけは助かってほしかったのに。でも、現実はそんなに甘くない。


「……あいつどこかで、私と同じように転生してたりして」


自嘲気味に笑う。

いや、まさかな。そんな宝くじに連続で当たるような確率、あるわけがない。


あいつの冥福を祈りつつ、私はこの見知らぬ世界で、あいつの分まで生きるしかないんだ。


そう、自分に言い聞かせた、その時だった。


コンコン、と。

部屋の重厚な木製のドアが、静かにノックされた。



「――失礼いたします、アリシア様」


ドアが静かに開き、入ってきたのは一人の老人だった。

背筋がピンと伸びた、仕立ての良い執事服に身を包んだ白髪の老人。彼は銀のトレイを恭しく両手で持ち、完璧な所作でこちらへ歩み寄ってくる。


「お目覚めですね。本日はご機嫌麗しゅうございますか?」


低く、落ち着いた、いかにも年季の入った渋い声。


(すごっ、本物の執事だ……! ていうか私の名前、アリシアって言うんだ)


内心で大興奮しつつも、私はこの美少女の身体にふさわしい上品な態度を意識して、おそるおそる言葉を返した。


「あ、うん……おはよう」

「おや、まだ少々お疲れのようですね。朝の紅茶をご用意いたしました。冷めぬうちにどうぞ、アリシア様」


老執事は慈愛に満ちた優しい笑みを浮かべ、銀のトレイから白磁のティーカップをローテーブルへと置いた。


カップからは、嗅いだこともないような、豊潤で素晴らしいハーブの香りが立ち上っている。

私は勧められるままにソファーへ腰掛け、なんて優雅な朝なんだろう、とこれからの生活に小さな期待を寄せていた。お姫様みたいな公爵令嬢生活。あいつの分まで、存分に満喫してやろうじゃないか。


私はカップを持ち上げ、ゆっくりと口元へ運んだ。



一口、すする。


「――っ?」


瞬間。

鼻に抜ける良い香りの裏側から、どろりとした、言葉を絶するような【異物感】が這い出てきた。


苦い。いや、苦いなんてレベルじゃない。

喉の奥が、熱湯を注ぎ込まれたかのように焼け付く。


「か、は……っ!?」


舌の感覚が急速に麻痺していく。

内臓が内側からズタズタに引き裂かれるような激痛が走った。


ガシャァン!!!


手から滑り落ちた白磁のカップが、床の絨毯の上で虚しく砕け散る。


「あ、う……げほっ、ごほっ……!」


ソファーから床へと崩れ落ち、私は自分の喉を掻きむしった。

呼吸ができない。肺が完全に機能を停止している。


視界が、急速に歪んで、暗くなっていく。

痛い、痛い、痛い。

何これ。何が起きてるの。

これ――まさか、毒!?


薄れゆく意識の淵で、私は必死に、目の前に立つ老執事を見上げた。

助けを求めようと、手を伸ばそうとした。


けれど。


「…………」


アルフォンスは目を見開いていた。

まるで、こうなることを知っていたかのように。


「……お嬢様」


低い声が聞こえる。

彼は一歩だけ、こちらへ踏み出した。


けれど、それ以上は近づかなかった。


(嘘でしょ……)


なんで。どうして。

私、転生したばかりじゃん。

これから、新しい人生が始まるんじゃなかったの?


(転生して、わずか五分で……また死ぬの……!?)


理不尽な絶望が、私の心を黒く染め上げる。


伸ばした手は力なく床へ落ち、私の意識は、二度目の暗闇へと完全にブラックアウトした。

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