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30秒後にまた殺されるので、女友達と婚約することにした  作者: 品川太朗
第1章 死に戻りとループと陰謀

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プロローグ 沖縄の青い空


すべての音が、唐突に消えた。


蝉の喧しい鳴き声も、遠くで広がる波の音も、観光客たちの楽しげな話し声も。

世界のあらゆる音響が、まるで劇場の電源を強制遮断されたかのように消滅する。


(え――?)


視界が、一瞬にして真っ白な光に包まれた。

カメラのフラッシュを至近距離で浴びたような、網膜を焼き潰す絶対的な白。


遅れてやってきたのは、空気が焼け焦げる、酷く不快な鉄錆の匂い。

そして、重力からの解放だった。


私の体が、物理法則を無視して不自然に宙へと浮き上がる。

痛みを脳が認識するよりも、恐怖が心を支配するよりも早く、私の思考は完全に停止していた。


何が起きたのか、分からない。

ただ、この永遠にも似た一瞬の静寂の中で、私は見ていた。


私の目の前で、信じられないほどのスローモーションで、必死な顔で手を伸ばしてくる――大好きな親友の姿を。


――そんな最悪の瞬間に。

私の脳裏には、ほんの数分前までの、呆れるほど平和だった光景が走馬灯のように鮮明に蘇っていた。



「あー、マジで暑い! 沖縄の太陽、本気出しすぎでしょ!」


ハンカチで首筋の汗を拭いながら、私は突き抜けるような青空を見上げて声を上げた。

視界の先には、エメラルドグリーンに輝く広大な海。潮風が髪を揺らすけれど、ちっとも涼しくない。むしろベタベタして不快感が増すばかりだ。


高校二年生の修学旅行。

自由行動の時間、私たちは定番の観光ルートを少し外れ、海岸沿いの静かな裏道を歩いていた。


「だから言ったじゃん。あんた、日焼け止め塗り忘れたとか言って騒ぐ割には、帽子も被ってこないんだもんな」


隣を歩く私の相棒――前世からの親友が、呆れたようにため息をついた。

制服のスカートを気にすることもなく、大股で歩きながら、スマホのマップを確認している。


「しょうがないじゃん、ホテル出る時バタバタしてたんだから。それよりさ、なんか冷たい飲み物買ってよ。干からびて死ぬ」

「なんでうちがあんたに奢らなきゃいけないわけ? 自分の財布出しなよ、財布」

「ケチ! うちの将来の旦那様になる男は、きっともっと器が大きいよ!」

「はいはい、そーですね。夢を見るのは自由だけど、現実を見ような、現実を」


ちょっとオタク気質で、女子っぽさゼロの口調で言い返してくる親友に、私はへらへらと笑いながら肩をぶつけた。


私とあいつは、小学校からの幼馴染だ。

私は自他共に認めるサバサバ系、あいつは二次元の男にしか興味がない恋愛経験ゼロ女子。お互いを「女」として意識して気を使うことなんて、これまでただの一度もなかった。


周りからは「あんたら本当に仲良いな」と言われることも多かったけれど、その度に二人で「あり得ない!」と爆笑してきたものだ。


何でも話せる。気を使わない。

家族よりも一緒にいるのが自然な、そんな空気みたいな関係。


「ねえ」

「ん? なに」

「あんさー、将来もし、うちらに彼氏とか結婚相手ができなかったらどうする?」

「……急に何言ってんの、あんた」


あいつは怪訝そうに眉をひそめた。飾り気はないけれど、こういう時の顔は無駄に整っているから少し腹が立つ。


「いや、ふと思っただけ。私ってこういう可愛げのない性格だし、男ウケ悪いじゃん? あんたもあんたで、二次元の推ししか勝たんとか言ってるし。もしお互い行き遅れたらさ」


私はニシシと笑って、親友の顔を覗き込んだ。


「じゃあさ、うちら一生独身で、一緒に一軒家にでも住む? ほら、老後の茶飲み友達的な感じで」

「あんたには無理だろ。絶対途中で『暇だし結婚しよw』とか言い出すタイプじゃん」

「ひっど! でも、それもいいじゃん。じゃあ、うちら一生独身だったら、形だけでいいから結婚しちゃう? 面倒だし」

「……あんた、本当に結婚を何だと思ってんだよ」


あいつは耳の裏を少し赤くしながら、顔を背けた。

あ、照れてる。二次元の恋愛には強いクセに、リアルなこういうトークには耐性ゼロなのだ。そこがまた面白くて、私はついついからかってしまう。


「ああいうのは形式だから! うちら夫婦ごっこ、絶対楽しいって!」


そう言って、私は屈屈なく笑った。


この何気ない、気安くて、世界で一番尊いやり取りが。

まさか、異世界の地で、あんな形で叶うことになるなんて――この時の私は知る由もなかった。


本当に、ただの冗談のつもりだったのだ。

私たちはこのまま、くだらない言い合いをしながら大人になって、お互いの結婚式で不細工な泣き顔を晒し合うのだと、疑いもなく信じていた。


ガチリ、と。

私のローファーのつま先が、地面に埋まった「何か」に当たった。


「……あれ?」


歩みを止め、足元を見る。

裏道の赤土から、錆びついた、奇妙な金属塊が頭を覗かせていた。

丸みを帯びた、不格好な円筒状の塊。


それが、数十年の眠りを経て、今なお牙を剥き続けている【不発弾】の信管であると気付いた瞬間には、すべてが手遅れだった。


――走馬灯が、終わる。

意識が、爆発のコンマ数秒前の現実へと、引き戻された。



足元から、この世のものとは思えない致死量の光が溢れ出す。

網膜が、世界が、白に焼き尽くされていく。


「――っ!?」


その刹那、私の視界が激しく揺れた。

横からの、強烈な衝撃。

親友が、あいつが、私の体を全力で突き飛ばしたのだ。


「危な――!」


短い悲鳴のような声。

突き飛ばされた私は地面を転がり、視界の端で、あいつの姿を見た。


あいつは私を突き飛ばした勢いのまま、今度は私を覆い隠すように、その小さな体を投げ出して覆いかぶさってきた。

自分の身を呈して、私を庇うために。

迫り来る死の光から、ほんの少しでも私を遠ざけるために。


バカ。バカだよ、あんた。

そんなことしたって、二人とも助からないのに。


けれど、その必死な、泥臭いまでの拒絶と自己犠牲の輝きが、私の網膜に、魂に、深く深く焼き付いて離れなくなった。


ズゥゥゥゥゥゥン!!!!


遅れてやってきたのは、鼓膜を直接爆破されたかのような、圧倒的な破壊の轟音。

大地が爆ぜ、大気が烈風となって吹き荒れる。

人間の肉体など、あまりにも容易く引き千切ってしまう圧倒的な熱量が、容赦なく私たちを呑み込んでいく。


「あ、つ――」


皮膚が、肉が、骨が、一瞬で蒸発していくような感覚。

強烈な痛みののち、すぐに神経が焼き切れて何も感じなくなる。


焼け付くような闇の中で、私は自分の死への恐怖よりも先に、ただ一つ、親友の名前を叫ぼうとした。


(あんた――っ!!!)


しかし、声にはならなかった。私の喉はすでに存在していなかった。

ただ、ただ、あいつの温もりだけが、最期の瞬間に残った。


思考が溶ける。

意識が、底のない真っ暗な深淵へと、真っ逆さまに落ちていく。


私たちの短い人生は、あまりにも理不尽に、あまりにもあっけなく、そこで完全に途切れた。


――はず、だった。

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