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30秒後にまた殺されるので、女友達と婚約することにした  作者: 品川太朗
第3章 婚約と、甘く切ない「夫婦ごっこ」

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第3話 男の身体と親友の証明


王宮の広大な自室。レオンハルトは、豪奢な装飾が施された姿見の前に立ち尽くしていた。


「……おかしい。絶対に、何かがバグってる」


鏡に映るのは、日々の鍛錬で引き締まった長身と、誰もが振り返るような端正な顔立ちを持つ第一王子。だが、その中身は紛れもなく、前世で女子高生として生きていた記憶を持つ「自分」だ。

だというのに、先ほどからずっと心臓の鼓動が異常なほどにうるさい。

アリシアが部屋を出て行ってからというもの、彼女の残した薔薇と百合の甘い香りが鼻腔にこびりついて離れないのだ。


「俺は……いや、私は女だぞ! 中身はJKだ! なのに、なんであいつをあんなに意識してるんだよ!」


ガンッ、と拳を壁に叩きつける。

アイデンティティが崩壊していく恐怖。十数年、この異世界で「男」として、「王国の第一王子」として育てられてきた肉体のスペックが、前世の記憶というソフトウェアを強引に書き換えようとしている。


(落ち着け。アリシアは俺の唯一の理解者で、戦友で、親友だ。あいつだって俺を女友達としか思ってない。ここで変な感情を抱くなんて、この尊い友情を汚すようなもんだろ!)


必死に自己暗示をかけ、荒ぶる男性ホルモンを理性の檻へ押し込めようと、レオンハルトは深呼吸を繰り返した。



一方、当のアリシアはレオンハルトの苦悩など露知らず、彼の様子がおかしい原因を「政略結婚のストレス」だと完全に勘違いしていた。


「あーあ、可哀想に。いくら死にルートのフラグを折ったとはいえ、いきなりあんな大舞台で婚約発表とかハードだったよね。王宮の連中、性格悪いジジイばっかりだし」


アリシアの中でのレオンハルトは、「責任感が強くて一人で抱え込む親友」のままだ。


「よし、ここは私が一肌脱ぐか!」


数十分後。アリシアは厨房から強奪してきた大量の焼き菓子をバスケットに詰め込み、再びレオンハルトの部屋へと突撃した。


「おいレオン! 引きこもってないで外の空気吸うぞ! 私が気晴らしに付き合ってやるからな!」

「は? いや、俺は別に……っ、おい、引っ張るな!」


アリシアは有無を言わさずレオンハルトの腕に細い腕を絡め、ぐいぐいと引っ張って部屋から連れ出した。

豊かな胸の柔らかな感触が腕に押し付けられ、レオンハルトは顔から火が出そうになる。


「お前……っ、ちょっと離れ――」

「いいからいいから! ほら、行くよ!」


ベタベタと密着して歩くアリシア。前世なら「腕組んで歩こー」と笑い合うだけの、なんてことのない普通のスキンシップだ。だが今のレオンハルトにとっては、理性を削り取る拷問に等しい所業だった。



王宮の広大な庭園。色とりどりの花が咲き乱れる中、東屋のベンチに座ったアリシアはご機嫌な様子でバスケットを開けた。


「あ、これカステラみたいな味がする! 案外いけるじゃん」


無邪気に笑うアリシアの横顔は、陽光を浴びて神々しいほどに美しい。風が吹くたびに、さらさらと流れる金糸の髪がレオンハルトの肩に触れ、どうしようもなく甘い香りが漂ってくる。


「ほらレオン、お前も食ってみ。はい、あーん」

「……は?」


アリシアが、自分のかじりかけの菓子をレオンハルトの口元へ突き出してきた。

ふとした瞬間に上目遣いになるその仕草。少し首を傾げ、早く食べろと急かす無垢な瞳。


「……お前な、そういう行動がどれだけ……」


不用心だと言おうとしたが、言葉が続かなかった。


(こいつ、俺が男だって自覚が本当にないのか? いや、違う。俺のことを完全に「同性の親友」としか見てないから、ここまで無防備なんだ)


圧倒的な「親友としての距離感」。それが今、鋭い刃となってレオンハルトの心臓を容赦なく締め付けていた。自分が異性として意識すればするほど、彼女との間に見えない分厚い壁ができていくような気がして、胸が苦しくなる。



「んー、美味しかった! よし、ちょっと散歩しよ!」


ベンチから立ち上がったアリシアが、軽い足取りで石畳を歩き出す。

しかし、慣れないドレスの裾を踏んづけてしまい、彼女の身体が大きくバランスを崩した。


「わっ!?」

「っと……!」


反射的にレオンハルトが手を伸ばす。

前世の女子高生同士だった頃なら、二人して無様に地面に転がっていただろう。お互いの力も体重も、大して変わらなかったのだから。


だが――トンッ、と。

咄嗟に伸ばしたレオンハルトの腕は、いとも簡単にアリシアの細い腰を捉え、そのまま片腕で彼女の身体をふわりと引き寄せていた。



「……え?」


アリシアの小さな驚きの声が、至近距離で響く。

レオンハルトは息を呑んだ。


(……軽い)


腕の中にすっぽりと収まる彼女の身体は、驚くほど華奢で、頼りなかった。

見下ろす形になる身長差。簡単に彼女を支えきってしまった、自分の腕の硬い筋肉。

今の自分の肉体が、彼女を守るのに――いや、その気になれば彼女を力でねじ伏せるのに、十分すぎるほどの「男性の力」を持っているという残酷な事実。


「サンキュー、危なかったわー。さすが毎日鍛えてるね、レオン」


至近距離で見つめ合いながら、無防備に笑いかけるアリシア。

しかし、レオンハルトの手は彼女の腰から離れなかった。いや、離せなかったのだ。

視線が、無意識のうちに彼女の艶やかな唇に釘付けになる。


(重くない……。俺、こんなに簡単に、こいつを支配できる力を持っていたのか)


今まで必死に守り抜こうとしてきた「親友」という概念が、圧倒的な物理的現実を前にして、音を立てて崩れ去っていく。

アリシアの無邪気な笑顔が、今のレオンハルトには「無防備で、あまりに美しい異性」として脳髄に突き刺さった。


呼吸が止まる。彼女を腕の中に抱きとめたまま、レオンハルトは完全に固まっていた。


(……あ、こいつ……本当に、女の子なんだ……)


自分がどれだけ言い訳を重ねようとも、もう誤魔化しきれない。

前世の記憶というアイデンティティが白旗を上げ、本能の前に完全に敗北を認めた瞬間だった。

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