第7話 生き残るための、最高の悪手
――初めて「本物の明日」を迎えてから、さらに一週間が経過した。
私とレオンの徹底的な【生存タイムライン】の共有により、生存日数は順調に更新され続けていた。お茶の毒、ベランダの黒い影、庭園の刺客、王宮の吹き矢、そして悪名高き伸びるチーズ。それらの暗殺フラグは、私たちの「死に覚えチート」によってことごとく事前に圧殺されていた。
だが、暗殺がすべて失敗に終わったことで、敵対勢力も馬鹿ではない。手口を「物理的な排除」から「社会的な囲い込み」へと、急激にシフトし始めたのだ。
「アリシア様、少々お耳に入れたい儀が……」
ある日、老執事のアルフォンスが苦渋に満ちた表情で報告してきた。
分家派の叔父が、自身の後ろ盾である他国の放蕩貴族との政略結婚を、公爵家の宿老たちを通じて私に強引に迫ってきているのだという。
「正統なる血筋の義務」という建前で、外堀から完全に埋めにきている。断れば家門への反逆とみなされ、私は公爵令嬢としての地位も、物理的な命も守れなくなる。
そして、ピンチを迎えていたのは私だけではなかった。
王宮側でも、王妃派が第二王子の立場を盤石にするため、第一王子であるレオンに王妃の実家の息のかかった令嬢との婚姻を、王の勅命として押し付けようと猛烈に動いていたのだ。
*
「――っ、ナイフや毒はかわせるようになったけど、今度は結婚を迫られるとか、マジで意味分かんないんだけど!」
秘密裏にセットされた王宮の東屋。
護衛を下がらせた二人きりの空間で、私はテーブルに突っ伏して髪を掻きむしった。対面に座るレオンも、いつもの端正な王子顔をこれ以上ないほど疲弊させて、深くため息を漏らす。
「こっちも同じだ。王妃の派閥の女なんて掴まされたら、寝所にいる間にいつ首をハネられるか分かったもんじゃない。しかも、このまま行けばあと数日で、強制的に婚約が内定する手筈にされてる」
「え、完全に詰んでない? 政治力なんて前世の女子高生に求めてんじゃないわよ……!」
殺し屋の索敵や毒の検分なら、前世のゲーム知識やタイムライン管理でなんとかなった。けれど、中身が高校生のうちらに、国家レベルのドロドロした政治劇は荷が重すぎる。
再び訪れる、命のタイムリミット。今度は血を流す「物理的な死」ではなく、断れば反逆者になる「政治的・社会的な死」。そしてその後に待つのは、確実な暗殺だ。焦燥感が東屋の空気を重く支配していく。
腕を組み、深刻な顔で唸っていたレオンが、ふと顔を上げた。
「……いや、待てよ。この最悪な二つの縁談を、同時に、しかも合法的に跡形もなく爆破する『最高の悪手』が、一つだけあるな」
「は? なによそれ、出し惜しみしないで言いなさいよ」
私が身を乗り出すと、レオンは琥珀色の瞳を鋭く光らせ、ロジックを提示し始めた。
「王妃派の縁談を断る大義名分になり、お前の分家派の叔父をひれ伏させて黙らせるほど、圧倒的に格上の相手。かつ、公爵家という国内最大勢力と、第一王子という正統派の俺が公に結びつくことで、敵が安易に手を出せなくなる最強の政治的な盾。これを用意すればいい」
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「だから、もったいつけないで言いなさいって。その最強の盾って、誰と誰を結びつけるのよ?」
怪訝そうに尋ねる私に対し、レオンは、大真面目な顔のまま――しかし中身は完全に放課後の部室のノリで、ビシッと私を指差した。
「俺とお前だよ。――要するに、俺たち、婚約しようぜ」
「…………」
東屋を包んでいた重苦しい緊迫感が、一瞬で消し飛んだ。
私は一秒だけ目を点にした後、いつものサバサバした笑顔を浮かべ、お菓子を分けてもらうくらいのノリで即答した。
「あ、うん、いいじゃん。それ採用」
「おい、もうちょっと悩めよ!! 仮にも王国の第一王子からの求婚だぞ!?」
レオンが椅子からひっくり返りそうになりながら絶叫する。
「何言ってんのよ。お互いの面倒くさい強制結婚フラグがへし折れて、おまけに公爵家と王家の力で命の安全まで買えるんでしょ? 最高のビジネスパートナーじゃん。はい、うちら夫婦ごっこ始めまーす!」
「ビジネスパートナーって言うな……。まぁいいけどさ。確かにこれで、奴らの外堀は綺麗にひっくり返せる」
レオンは片手で顔を覆い、少しだけ呆れたように、けれどこのあまりに軽快で頼もしい相棒の態度に、救われたようにフッと口元を綻ばせた。
*
「うちら夫婦じゃんw 夫婦ごっこ楽しいw」と、完全に女友達感覚でケラケラと笑う私。
だが、この瞬間の私は一ミリも気づいていなかった。
この『偽装婚約』という形を作ったことそのものが、男の肉体になり、男としての価値観で育てられていくレオンの脳を、少しずつ、確実に狂わせていくトリガーになるのだ。
(こいつ……中身アリシアだけど。ドレス姿、無駄にめちゃくちゃ綺麗なんだよな……。いや、ビジネスパートナーだけどさ……。……くそ、なんで俺ちょっとドキっとしてんだよ)
そんなレオンの、徐々にアリシアを見る目が変わっていく「片思いパニック」のカウントダウンが始まっていることなど、私は知る由もない。
「よし! じゃあ盛大に王宮と公爵家をひっくり返しに行きますか、旦那様!」
「ああ、やってやろうぜ、お姫様」
パチン、と東屋に小気味よいハイタッチの音が響き渡る。




