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30秒後にまた殺されるので、女友達と婚約することにした  作者: 品川太朗
第2章

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第6話 背中を預けるということ


目覚めてベッドから転がり出た私は、身支度もそこそこに、すぐさまペンをとって羊皮紙に文字を殴り書きした。アルフォンスを巧みに言いくるめて王宮へ飛ばしたその手紙には、昨夜の沖縄反省会でレオンと徹底的に擦り合わせた、今日という一日を生き延びるための【生存タイムライン】が記されている。


『午前11時:王宮東棟の襲撃予測。午後3時:公爵邸庭園の裏口警戒。同期ズレ注意、各個撃破でヨロ』


手紙を送り出した後、私は自室の窓から王都の空を見上げていた。


(今までは、自分の命だけを気にしていればよかった。でも、今は違う)


胸の奥が、焦燥感でじりじりと焼け付くようだ。

私がどれだけ完璧に立ち回ろうとも、遠く離れたあの王宮であの馬鹿が油断して、今この瞬間にナイフを突きつけられていたら、その時点で私の努力もすべて水の泡になる。


離れているからこそ、お互いのタイムラインが気になって仕方がなかった。信じるしかないのだ。私の、世界で一番頼りになるあの相棒を。



午後二時五十分。公爵邸、アリシアの自室。


タイムラインに記された私の『ステージ』の時間がやってくる。私はおもむろにベルを鳴らし、老執事を部屋へと呼び出した。


「お呼びでございますか、アリシア様」


いつものように慇懃に頭を下げるアルフォンス。私はわざとらしく自室の大きな窓のカーテンを少しだけ開け、ガタガタと両肩を震わせてみせた。怯える哀れな公爵令嬢の、迫真の演技だ。


「アルフォンス……っ、さっきね、庭園の裏口のほうで、怪しい男たちの人影を見たような気がするの。……もしかして、分家派の叔父様の息がかかった者たちかしら……? 私、怖くて……」


私のその言葉が耳に届いた瞬間。

アルフォンスの慈愛に満ちた老眸の奥に、ぞっとするほど冷徹で、昏い光が宿るのを私は見逃さなかった。


「……お嬢様。どうかご安心を。この屋敷における不届き者の存在など、この老骨が、お嬢様の清らかな目に触れぬよう綺麗に『処理』してまいります」


アルフォンスは深く一礼すると、音もなく部屋を出て行った。

パタンと扉が閉まった瞬間、私はドレスの胸元を掴んで、盛大に冷や汗を拭った。


(ごめんねアルフォンス、嘘よ。人影なんて見てないわ。……でも、あんたのその狂信的なまでの強さと隠密処理能力、今は最大限に利用させてもらうから)


時計の針が午後三時を回る。

窓の外、遙か下の庭園の裏口付近で、一瞬だけ茂みが不自然に揺れた。戦闘の音すら響かない。有能すぎる我が家の執事によって、タイムライン通りに分家派の刺客が無音のまま無力化されたのだ。


よし。公爵邸ルート、クリア。



――一方、それより少し遡った午前十一時、アルヴェリア王宮。


「……ハッ!!」


鋭い呼気と共に、レオンハルトの振るった純銀の剣が、襲撃者の武器を鮮やかに弾き飛ばした。


タイムラインに記された、第二王子派による王宮東棟の襲撃予測時間。

レオンハルトは前回のループで自分を刺した「内通者の近衛騎士」を、あらかじめ別の重要拠点の警備へと隔離配置し、襲撃ルートを完全に予測していた。信頼できる直属の騎士団を事前に伏兵として潜ませ、突入してきた刺客たちを、逆に完璧に包囲・制圧してみせたのだ。


「殿下、残党の捕縛、すべて完了いたしました!」

「……うむ。苦労をかけたな」


騎士の報告に威厳ある声で応えながら、レオンハルトは剣を鞘へと収めた。

額の汗を拭い、懐中時計を取り出して文字盤を睨みつける。十一時五分。


(王宮東棟ルート、完全攻略。……おいアリシア、そっちは大丈夫だろうな。頼むから、変な毒とかうっかりチーズとか食って死ぬなよ?)


荒い息を吐くレオンハルトの横顔からは、前世で「二次元の推ししか勝たん」とゲームをしていた頼りない少女の面影が、少しずつ削ぎ落とされつつあった。

遠く離れた、たった一人の相棒の命をその背に背負うことで。オタクの少女は異世界の地で、確実に「大切な半身を守るための、戦う男」の顔へと変貌を遂げていた。



そして、夜がやってきた。


お互いにまだ生きているということは、ただ「あの沖縄の真っ白な空間に強制送還されていない」という冷徹な事実だけで証明されている。


静まり返った公爵邸の寝室。ベッドに入った私は、掛け布団を顎まで引き上げ、暗闇の中でじっと壁の振り子時計を見つめていた。カチコチと響く秒針の音が、今の私にはうるさいほど心臓の鼓動とシンクロして聞こえる。


時計の針が、午後十一時五十九分を回った。

今日一日、私たちが繋いだ命のバトンが、最終ランナーへと渡される。


(あと、十秒……五秒……)


私はぎゅっと目を閉じた。

来るなら来い。頭を叩き割るシャンデリアか、内臓を焼く毒か、それともチーズか。


(三、二、一……!)


刻んだ秒針が、午前零時を告げる。


…………。

……。


いつまで経っても、視界は潮風の吹く白い砂浜に切り替わらない。

鼓膜を破るような、あの不発弾の爆発の轟音も聞こえてこない。

ただ、静かな、あまりにも静かな夜の静寂だけが、私の部屋を満たしていた。



ちゅん、ちゅん、と心地よい鳥のさえずりが耳に届く。


ゆっくりと目を開けると、そこにあったのは、カーテンの隙間から差し込む、柔らかで温かい本物の朝の光だった。


「……あ」


私はガタガタと震える手で、自分の身体を強く抱きしめた。

暖かい。肌が焼けていない。骨も砕けていない。

私はそのまま、ドッとベッドの上へ大の字になって倒れ込んだ。


(生きてる……。私、死んでない。本当に、朝が来たんだ……)


何十回、何百回と繰り返した、あの理不尽で容赦のない絶望の夜を越えて。

私たちはついに、初めて自分たちの手で「本物の明日」を掴み取ったのだ。


全身の細胞が歓喜に震えるような、かつてないほどの圧倒的な達成感。そして、遠く離れた王宮で、同じようにこの朝を迎えているはずの相棒への、言葉にならない絶対的な信頼が胸を満たしていく。


「やったよ……やったよ、レオン……っ!」


私は枕に顔を埋め、歓喜の涙が滲む笑顔のまま、初めて迎えた「朝」を心の底から噛み締めていた。

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