第5話 最悪の強制連行システム(運命共同体)
――ズゥゥゥゥゥゥン!!!!
理由の分からない強制送還の熱光に包まれ、私はまたしてもあの場所に立っていた。
色彩が極端に鮮やかすぎる沖縄の砂浜。すべての時間がピタリと静止した、爆発の三十秒前。
沖縄の空間に、私の絶叫が木霊した。
混乱で脳味噌が破裂しそうだ。意味が分からない。私は絶対に死んでいない。スープも飲まなかったし、ベランダにも近づかなかった。殺し屋だって、全員事前に近衛兵を動かして先手を打って拘束した。死ぬ要素なんて、一ミリだって存在しなかったはずなのに!
「レオン! あんた、まさかまた廊下の角で刺されたの!?」
「……いや」
目の前に立つセーラー服姿の――レオンハルトは、気まずそうに視線を彷徨わせ、襟元をいじりながら、蚊の鳴くような声でボソリと呟いた。
「刺されてねえよ……。暗殺者は全員、お前の言う通り事前に捕まえた……」
「じゃあ、なんでここにいるわけ!?」
「……夜食の、ピザ」
「は?」
「書類仕事が終わってさ、お腹空いたから夜食に厨房で作らせたピザを食べてたんだよ。そしたら、こう……現地産の濃厚なとろけるチーズがさ、思ったより大量に伸びて……モチモチで……」
レオンは涙目で、自分の喉を指差した。
「……喉に、詰まらせた」
「…………は?????」
あまりのIQの低い死因に、私の思考が完全にフリーズする。
怒りとか呆れとか、そういう感情のキャパシティを一瞬で突破して、脳が再起動を求めるレベルの衝撃だった。
*
ハッと我に返った私は、自らの両手で頭を抱え込んだ。
「あんたバカァァァァッ!? 何が『ご武運に恵まれた奇跡の王子』よ!! 暗殺を全回避してチーズに殺されてんじゃないわよ!!」
「しょうがねえだろ!? この世界のチーズ、めちゃくちゃ粘り気が強いんだよ! 吸引力ダイソン並みだったんだよ!!」
「ダイソンは吸う方でしょ! 詰まらせてんじゃないわよ!」
静止した不発弾の上で、私たちのいつもの罵り合いが響く。だが、その怒号の最中、私の脳裏にある恐るべき「仮説」が電光のようにひらめいた。
「……待って。あんた、今『書類仕事を終えて夜食を食べてた』って言った?」
「あ? ああ、言ったけど……それがどうかしたか?」
「おかしいじゃない。私はあの時、完璧に生存フラグを掴んで、ベッドに入って今まさに眠ろうとしてたのよ。私自身の身体には、死ぬような要素は一ミリもなかった」
私はレオンの胸ぐらを掴み、その琥珀色の瞳を至近距離で睨みつけた。
「つまり……あんたがチーズで死んだから、健康そのものだった私も、強制的にここに巻き戻されたってこと?」
「あ……」
レオンが大きく目を見開く。その表情が、みるみるうちに血の気を失っていく。
「そういえば……思い出した。何周か前のループで、俺、部屋のソファーで普通に本を読んでただけなのに、急に視界が真っ白になって沖縄に戻されたことがあったわ。あの時、俺は絶対に襲撃も何も受けてなかった。……もしかしてお前、あの時……」
「毒殺ルートの時ね。私、盛大に吐血してのたうち回って死んでたわよ」
*
その瞬間、パズルの最後のピースが、おぞましい音を立てて噛み合った。
私たちは、この狂った死にゲーが隠し持っていた、最も残酷で絶対的なルールを完全に理解してしまったのだ。
二人は同じ日、同じ場所で死亡した――。
あの不発弾の爆発の瞬間、私たちの魂の波長は、完全に同調(量子もつれ)してしまっている。だからこそ異世界に転生した今でも、二人の命のタイムラインは一つに結ばれているのだ。
ルールの確定。
【片方が死ねば、もう片方がどれだけ健康で、どれだけ安全な場所にいようとも、強制的に連帯責任でセーブポイントまで道連れにされる】。
(これ……難易度、跳ね上がりすぎでしょ……!)
思考が深まるにつれ、背筋にツララを叩きつけられたような強烈な戦慄が走った。
これまでは「自分の周りの暗殺者」だけを警戒し、自分のルートだけを完璧に立ち回ればいいと思っていた。だが、これからは違う。
私がどれだけ有能に動き、公爵家の刺客をすべて間引いたとしても、遠く離れた王宮であいつが廊下の角で刺されたり、あるいは『チーズを喉に詰まらせる』ような間抜けなドジを踏んだ瞬間、私のそれまでの努力や苦労は、すべて塵となって消え失せるのだ。逆もまた然り。
「片方だけじゃ、ダメなんだ……」
レオンが、自身の震える手を見つめながら、掠れた声で言った。
「俺とお前、二人同時に『完璧な生存ルート』を引かなきゃ……俺たちには永遠に、明日が来ないんだ」
*
ふわり、と世界の時間が最終カウントダウンを告げるように動き出す。
足元の不発弾が、まばゆい、終わりを告げる光を放ち始めた。残された時間はあと十秒もない。
「マジで一蓮托生の命綱を握り合ってんじゃん、うちら……。前世で十何年も幼馴染やってたけど、ここまで重い関係になったことないんだけど」
「愚痴るなよ。こうなったら……意地でもお前を死なせないし、俺も絶対に死なない」
レオンは私の肩をがっしりと掴み、王子の肉体に宿る強い眼差しで私を見据えた。
「現実に戻ったら、速攻で連絡網をアップデートするぞ。お前の状況も、俺の状況も、リアルタイムで共有して互いの安全を確保する。いいな!」
「あったりまえよ! 次、ピザ食べる時は細かく刻みなさいよ! 変な内通者に刺されるのも、チーズに負けるのも絶対に承知しないからね!」
ズゥゥゥゥゥゥン!!!!
世界を白く焼き潰す圧倒的な轟音と炎。
私たちは互いの命の重みをその魂に深く刻みつけながら、濁流のような熱光の中へと呑み込んでいった。
*
「ひゅ、――っ、はぁ、はぁっ、はぁっ……!」
ゲーム開始となる目覚め。
私は豪華な天蓋付きベッドの上で、シーツを固く握りしめながら跳ね起きた。
窓から差し込む朝の光。喉の奥には、さっきまで沖縄の砂浜で怒鳴り合っていた相棒の、あの泥臭い気配が残っているような錯覚さえ覚える。
だが、私の心を満たしていたのは、もはや恐怖や絶望ではなかった。
身体の奥底からパチパチと火花を散らすような、かつてないほどの強烈な「当事者意識」と、奇妙な高揚感。
あいつが死ねば、私も死ぬ。
私が死ねば、あいつも。
(絶対に、あいつを死なせない――)
私はベッドから床へと足を下ろし、鏡に映るプラチナブロンドの公爵令嬢を見つめた。その瞳には、運命をねじ伏せるための絶対的な覚悟が宿っていた。
あいつの命は、私の命そのもの。
本当の意味で「一蓮托生の運命共同体」となった二人の、最高にスリリングで、絶対に負けられない覚悟の朝が、今度こそ幕を開けた。




