第4話「今日は毒」「こっちは誘拐」「また明日!」
最強の相棒を得た。死に戻りの記憶も共有した。大貴族と第一王子の権力もある。
となれば、次に私たちがやるべきことは一つ。
圧倒的な周回プレイによる、全暗殺ルートの力業の潰し込み――いわゆる、死に覚えゲーの『攻略作業』だ。
ある周回。
私は昼食に出された小鳥のコンソメスープを一口啜った瞬間、内臓が裏返るような劇痛に襲われた。継母派による、厨房買収ルートの毒殺である。
バシャァァァン、とスープ皿をひっくり返して絶命した私の意識は、刹那、色彩の鮮やかすぎるいつもの「沖縄の空間(三十秒)」へと引き戻される。
「レオン! 明日の昼食のキノコスープ! 厳密には小鳥のコンソメスープだけど、あれに遅効性の毒が仕込まれてるわ! 厨房に継母派のネズミが紛れ込んでる!」
「了解! 予知夢(笑)を見たってことにして、明日の朝一番で厨房の担当者を全員近衛に拘束させる! 助かる!」
ズゥゥゥゥゥゥン!!!!
不発弾が爆発し、次の周回へ。
また別の周回。
今度は王宮側で、レオンハルトが廊下の角を曲がった瞬間に、潜んでいた第二王子派の暗殺者に心臓をドスリと貫かれて即死した。
瞬時、精神が沖縄の海岸へと強制送還される。
「アリシアごめん! 油断して刺された!」
「お前なぁぁぁ! 廊下の角を曲がるときはクリアリング(索敵)しろってあれほど言っただろ! 暗殺者の基本配置を頭に叩き込め!」
「次から近衛の特大の盾を構えながら歩くわ! マジで痛え!」
ズゥゥゥゥゥゥン!!!!
爆発。そしてリセット。
*
十回、二十回、三十回。
何十回目か数えるのも馬鹿らしくなるほどループを重ねるうちに、私たちの感覚は完全に麻痺していった。
最初はあれほど恐ろしく、絶望のどん底に叩き落とされた「死ぬ瞬間の激痛」すら、今や「あー、はいはい。今回はこのパターンのギミックね」と事務的に処理して、ネトゲのデスルーラ感覚で右から左へ受け流すレベルに到達していた。
「あ、今日そっち誘拐ルート?」
沖縄の砂浜で、制服姿の私にレオンが声をかける。
「うん。叔父の差し向けた山賊に拉致られて、馬車ごと崖から落ちて盛大に大破したとこ」
「お疲れー。そっちの山賊のアジト、俺の軍権で明日先制制圧しとくわ」
「ありがと。じゃあまた明日な!」
「おう、また明日!」
ズゥゥゥゥゥゥン!!!!
爆発。
「レオン、王妃派が新しく送り込んできた新入りの侍女。お前の部屋の香炉に、遅効性の神経毒を仕込んでるぞ。香りがちょっと甘ったるいやつ」
「マジか。なんかここ数日、無駄に頭痛がすると思ったわ。サンキュー、不敬罪で即クビにして裏の組織ごと洗う」
「オッケー、じゃあまた明日!」
ズゥゥゥゥゥゥン!!!!
爆発。
前世のオタク知識と、死に戻りによる絶対的な「未来視」。この二つをフル活用した私たちの攻略スピードは、まさに異次元だった。
この世界の黒幕たちが、必死に脳髄を絞って張り巡らせたはずの宮廷陰謀やお家騒動。それを私たちは、まるでカンニングペーパーを見ながらパズルゲームをサクサクと消化していくかのように、痛快なまでに叩き潰していった。
*
そして――記念すべき、数十回目の周回。
完璧だった。
私とレオンの神がかった超連携により、その日に起動するはずだったすべての暗殺フラグ、襲撃イベント、毒殺ルートを完璧にへし折ることに成功した。
気がつけば、窓の外の空は穏やかな夕焼けから、静かな夜の帳へと移り変わっている。
私は自室のソファーで、アルフォンスが淹れてくれた(一ミリの毒も混ざっていない、ただただ美味しい)紅茶をのんびりと嗜みながら、お気に入りの小説を読んで読書に耽っていた。
王宮のレオンからも、極秘の伝書鳩で『書類仕事全部終わった。刺客ゼロ。完勝』という短いメッセージが届いている。
(完璧……。毒なし、刺客なし、ハプニングなし。ついに、ついに私たちは、このクソみたいな死にゲーのチュートリアルを完全クリアしたんだわ……!)
私は満足感に包まれながら、ふかふかの天蓋付きベッドへと潜り込んだ。
異世界に転生してから今日まで、片時も頭から離れなかった「死の恐怖」。それに怯えることなく、人間らしい平穏な眠りにつこうとするのは、これが初めてだった。
心地よい静寂の中、私はゆっくりと瞼を閉じ、微睡みの海へと沈んでいく――。
*
――ピキリ。
眠りに落ちる、まさにその直前。
私の脳の奥で、ガラスがひび割れるような、奇妙な空間の『バグ』の音が鳴り響いた。
「え――?」
次の瞬間、私の視界が、夜の闇を消し飛ばすような暴力的な白一色に染まる。
ハッと気がつけば。
鼻腔を突き抜けたのは、あの生ぬるい海の匂い。
視界に広がるのは、満天の星空でも、公爵家の寝室でもない。突き抜けるような青空と、エメラルドグリーンの海。見慣れすぎてゲロが出そうな、沖縄の砂浜だった。
そして目の前には、私と同じようにセーラー服を着たレオンが、魂の抜けたような顔で呆然と突っ立っている。
「いや、なんでえぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!?」
沖縄の空に、私の絶叫が響き渡った。




