さようなら
「……帰ろうか」
いつもこの時間は名残惜しさが押し寄せてくる。毎回毎回、胸がぎゅっと苦しくなる。
いつもこれを言うのは俺の方。ミケは絶対に言わない。言ってくれない。言う素振りさえ見せたことはない。
「うん……」と、ポツリ返事が返ってきてベンチから立ち上がる。
だが手は強く繋いだままだ。ちょっとやそっと他人から引っ張られても離れないだろう。むしろ、もっと強く握り合うだろうと思う。
街灯がポツポツある住宅街の通りを並んで歩く。もう家々の明かりも消えている。遠くを走る車の音が聞こえては消え、聞こえては闇に吸い込まれていく。
道路を歩く俺たちの歪な足音が通りに響いていく。
「なんで消えちゃうんだろう……」
ミケが溜め息を吐きながら呟くようにそう言い、俺を見上げた。目が合うとすぐに悲しそうに目を背ける。
「巧も……消えちゃうの……」
「ミケ……」
こんな時なんと言えばいいのだろうか。
大丈夫なんて気休めでは何も解決しない。俺はただ、名前を呼ぶしか出来なかった。
ミケは俺のそんな気持ちに気づかないようで、歩調を遅めることなく、手を繋いだまま歩いて行く。そして、道路の端に停まっている車のサイドミラーをひょいと覗き込んだ。
「私もね、こうやって鏡を見ると消え……」
そこまで言うと、ミケがピタッと動きを止めた。
「なんだ!! なんだ!! そうだったのね!!」
ミケが突然ミラーから顔を離し、響き渡るような明るい声を上げた。
「良かった!! 良かった良かった!!」
そう言いながら俺の手を引っ張り満面の笑みを向けてくる。
「え……? ミケ……?」
「安心して!! 私の勘違いだったの!!
地球は滅亡しないし、巧は死なないの!!」
その勢いのまま、俺の胸に飛び込んでぎゅうっと身体を抱きしめてきた。
何が起こったかわからずも、とりあえずミケの背へ腕を伸ばそうとすると、顔がパッとこちらに向けられ、突然、背伸びをしたかと思うと、唇にキスをされた。
そして、ガバっと身体を離し、駆けていく。
「え……ちょっ……ミケ!?」
ミケは振り返り、こっちに向かってオーバーすぎるほど大きく手を振った。
「さようなら!!」
そう言うとすぐに駆けて行き、姿が見えなくなってしまった。
心臓が嫌な跳ね方をする。
――さようなら?――
今までミケはいつだって「さようなら」と言ったことはなかった。
いつも、「またね」とか「じゃあね」だった。
鼓動が速まり、思わずミケの走って行った方へ向かおうとした。
その時、ちょうど姉が残業を終え帰って来る姿があった。俺の傍に来るなり口を開く。
「今の子と付き合ってるの……?」
「いや……付き合って……ない」
姉が、きょうだいに恋人が出来たか気になるのはわかる。だが、それを尋ねた姉は、からかう様子はなく、心配そうでどこか怯えたような瞳だった。
だから思わず「付き合っていない」と口から出てしまった。
俺がそう答えると、どこかホッとしたような表情を見せた。不安になり、姉に尋ねた。
「なんでそんなこと聞くの?」
キスしたところを見られたのだろうか……?
「……あの子、死臭がしたから」
ズキン! と心臓を刺されたような痛みが走る。気付くと走り出しており、ミケが行った先や、その周辺を走り回った。
だが、俺の足音以外は何の音も聞こえないほど静寂は作り上げられていた。
ミケは悟ったのだ。
地球が滅亡するのではない、自分の死が近付いているということを。
そして、俺が死なないと気付き、あんなにも喜んだのだろう。
俺は力尽きその場にへたり込んだ。次から次に涙が溢れてきてアスファルトに落ちては消えていった。




