カウントダウン
「ふふ、面白かったね、巧!」
映画館を出て、近くのビルにあるファミレスに行った。ハンバーグが売りのそのレストランは、自動ドアが空いた瞬間に食欲を刺激するハンバーグの匂いが鼻をくすぐった。もう既に中には家族連れや学生など大賑わいを見せていた。
窓際の席に座ったミケは、メニューを開きながら、花が咲いたような笑顔を俺向けた。
――俺はふと脳裏に浮かんだことがあった。
周囲が賑やかなので俺たちの会話は簡単に隣の席の客には届かないだろう。だが、声を抑え、顔を近づけ、細心の注意を払って彼女に話しかける。
「こんな人混みに来て大丈夫か?『あの人、もうすぐ死ぬんだな』とか感じたりしないのか?」
ミケは今までの笑顔をパッと消し、視線をテーブルへと落とした。
「見えるよ……」
「え……」
「やっぱり、人が多ければ多いほど、そういう人に出会ってしまうから……」
以前のミケは全身真っ黒のワンピースを着ており、死を読み取ったら俺の目を盗んででも、すぐに『あなた、もうすぐ死にますよ』と知らせに行くような子だった。どんなに説得しても、それをやめないと言っていた。
それは彼女にとってはどこまでも純粋な『親切』でしかなかったからだ。
「でも、誰にも『もうすぐ死ぬ』って伝えに行かなかったよな……?」
確かめるように、それでいて、落ち着かせるように、ゆっくり話しかけた。ミケは、俺の方に顔を上げ、純粋に視線をぶつけてくる。そしてまた可愛い笑顔を見せてくれた。
「今が楽しくて、最近、それどころじゃないんだよ」
「……そっか、それは良かった……」
死を伝えに行って相手にブチギレられ、大怪我をしてもなお、それは親切だと疑わなかったミケ。
彼女はいつの間にか成長していたのだ。
それに、死を伝える時は全身真っ黒の衣服に身を包むと以前言っていた。白い服で行くと天使なのかと間違われ、命乞いをしてくる人間がいたからだ。だから、無駄に期待させないよう、悪魔や死神と思われるような真っ黒な服ばかりだった。
――そう言われてみれば。
ミケはここしばらく黒い服を着ていなかった。少なくとも、俺と再会した後からは。
それは、こういうことだったのか。
ミケが窓の外に視線をやった。通りを歩く人々が見える。手を繋いで歩く親子、老夫婦、学生の集団、会社員……。
皆それぞれ目的があり、他者に構うことなく、その一つ一つの塊が独立して存在しているようだった。
「やっぱり、みんな死んじゃうのかな……
見る人見る人、消えちゃうビジョンが見えるんだよな……」
思わず目を見開いた。その儚げな瞳に釘付けになる。
あまりに楽しくて、待ち合わせして映画を見てご飯を食べて……と、普通のデートをして……。
ミケが言った、『みんな死んでしまう』という言葉が、頭から抜け落ちていた。
俺が普通のデートを楽しんでいる隣で、ミケは何も言わなかったが、常に人々が消えていくビジョンが見えていたのだ。
同じものを見ていても、ミケの目に映るそれは、俺とは全く違う景色だったのだ……。
ミケが食べ終わったのを見計らい、優しく声をかけた。
「帰ろうか」
こんな人間が大勢いるところにいては、ミケは心が休まることはないだろう。少しでも早くここを抜け出させたくなった。
ミケは驚いた顔をしたが、俺の考えを察したようで、寂しく笑いながら頷いた。
ファミレスの喧騒から逃れるように、手を繋いで足早にいつもの公園を目指す。
街を包む夕暮れが、まるで今日の終わりを告げるようにゆっくりと濃い夜の色へと変わろうとしていた。
やはり俺たちはあの公園から出ることはできないのだろう。
俺たちの公園、いつものベンチに腰を下ろす。ひんやりとした座面の冷たさは、すぐに慣れるのだ。これは、いつからか、いつもの当たり前のことになった。
もう日は落ちて辺りは静まり返っていた。冷たい風がミケの長い髪をなびかせていく。
「やっぱりここは落ち着くね」
ミケは手を強く握り、俺に同意を求めるように笑顔で顔を上げた。
俺は「うん……」と答えながら、今日の出来事を最初から思い出していた。
ミケが俺の肩にコトンと頭を預けてくる。
「少しの時間だったけど、楽しかったな……」
「うん。疲れなかった?」
ミケはそのままの体勢で優しい声を出す。
「疲れたけど『楽しい』が全然上だよ……
それに……」
また、握られている手に力が入った。
ミケからの次の言葉を受け取るため、聴覚に全ての神経を注ぐ。
「こんなに楽しかったら、もう地球滅亡していいかな」
と、フフッと笑う。
見下ろしたミケは目を閉じていた。
「このまま化石になれたらいいな」
「……そうだね」
俺もそう思った。俺たちの時間がここで永遠に止まってしまえばいいのに、と一瞬だけ願ってしまった。
でも、地球滅亡はもったいない。
もっとミケと色んな場所に出かけて、いろんな時間を共に過ごしたい。
……ミケはそう思わないのだろうか……?




