最終話 「あなた、もうすぐ死にますよ」と彼女は微笑む
どうしてもミケに会いたいという思いに囚われ、圭介の実家に一度電話をしたが、ミケの母親である梅崎さんは退職した後だった。更に、連絡先もわからないと言われてしまった。
もうミケまでの道のりがすべて絶たれたのだ。
それから来る日も来る日も、新聞の死亡欄を見続けた。それしか彼女の生死を知る方法はない。
そもそも、全ての死者が死亡欄に載る訳ではない。最初の数日は祈るように紙面を追っていた。「ありませんように」、と願いながら、見たくないと思いながらも見ることを止めれなかった。そうして二週間が経ったある日、バイトから帰ってきて、いつものように新聞に目を通す。
インクの匂いが鼻を突く。白黒の細かな文字の海の中に、ひどく不自然で、新聞の死亡欄に珍しい数字を見つける。
――18歳――
心臓がドクン! と跳ね上がった。
名前を見るが、どうしても読めない。
――梅崎 星梛――
「せい……や?」
男の名前ならきっと彼女ではない。どうか彼女ではありませんように、と神に祈らずにはいられない。
俺の声を聞いて、姉が音もなく後ろから覗き込む。
「あー違う違う。『せな』だよ」
その一言で鼓動が一段と速くなる。
だが、まだ本人の確証はない。
「どういう意味があるの?」
震える声で疑問を投げかける。
「『梛』はね、古くから大切な人を災いから守る、お守りの木のこと。だからこの名前にはね、『星のように自ら輝いて、大切な人をずっと守りながら生きていく』っていう、素敵な願いが込められているのよ」
姉さんが言い終わるより早く、視界が歪み、わっと涙が溢れ出した。
……彼女だ。間違いない。
「もしかして」という思いが確信に変わっていく。
こんなに相応しい名前の人間なんて彼女以外存在する訳がない。あの屈託のない輝く笑顔、人を幸せに導きたいという、歪だが真っ直ぐな想い。
そのどれもが『星梛』という名前にピッタリ当てはまる。
堰を切ったように涙が溢れて溢れて、止める術が分からなかった。視界を涙でぐちゃぐちゃにしながら見上げた窓の向こうには、星が狂おしいほどに綺麗に輝いていた。
――――――
新聞にはきちんと葬儀場の場所も時間も載っていた。
だが、俺はそこに行くことが出来なかった。
行ってしまえば、ミケの死を認めざるを得なくなる。
『どこかで生きている』とほんの僅かな希望を永遠に抱いていたいのだ。
そうしないと、もう俺は崩れ落ちてしまい、そこからもう先には進めないだろう。
自分の心が具現化できたらどうなっていることか。
絆創膏を貼っても貼っても溢れる赤黒い血が滴り落ち、両手ですくって飲み干しても、また後から後から溢れてくる。
だが、そうしないと血がなくなってしまうから、嫌でもそれを繰り返すしかない。
不気味に鈍く赤い光を放ち、痛みすらじんわりと伝わってくるかもしれない。
――――――
誰もいない自分の部屋で、裸になり鏡の前に立つ。そうすると、嫌でも自覚しなければならない。
――自分が女だということを。
胸の膨らみ、鍛えてもなかなかつかない筋肉。
身体の柔らかい部分は、やはり到底男のそれとは程遠い。
己を偽ったところで、やはり心までは偽装出来なかった。
改めて自分の全身を眺め、いつもと違うことに気付き目を細める。
……ああ、そうか。とうとう来たのか、私の番。
鏡を通し自分自身から死期が伝わってきた。ミケが言っていた、ビジョンが見えるようになったのか。
そして、それを静かに受け取った。
私は、鏡の中の自分に向かって、あの時の彼女と全く同じように微笑んだ。
「あなた、もうすぐ死にますよ」




