戻ってきた、少し変わった日常
バイト終わりに夜の公園へと向かう。
すべての誤解が解けて、お互いの大切さを再確認した俺たちには、またあの日々と同じ、愛おしい日常が戻ってきた……と、この時の俺は暢気にもそう信じ込んでいたんだ。
だけど、その日は珍しく……いや、出会ってから今日この瞬間に至るまでで、初めてのことが起きていた。
ミケがいつもの橙色の街灯のベンチではなく、公園の『敷地の外』の暗闇にぽつんと立っていたのだ。しかも、ミケはまるで何かに酷く怯えているかのように、キョロキョロと辺りを不審者ばりに何度も何度も見回していた。
深夜の冷たい空気の中で、ミケは俺の姿を視界に捉えた瞬間、パッと顔を上げてその大きな瞳をさらに大きく見開いた。
そして、俺の方へ向かって、今にも泣き出しそうな必死の形相で駆け足でやって来た。
「巧!! 大変なの!! みんな死んじゃう!!!」
目の前に来るなりそう叫び、俺の胸元の服を小さな両手で、強く強く握りしめてきた。
今にも泣き出しそうに激しく歪んだその瞳からは、冗談なんかじゃない、底知れない恐怖と圧倒的な必死さがダイレクトに伝わってくる。
「い、いきなりどうしたんだよ……。
とりあえず、な? 落ち着いて……、ね?」
俺は心臓をドクドクと冷たく跳ね上げながらも、パニックを起こしているミケをなだめすかし、いつもの公園までの暗い道を、華奢な背中をそっと優しくさすりながら一歩ずつ歩いて行った。
ベンチに深く腰掛け、ミケの荒い呼吸が少しだけ落ち着いたのを見計らって、俺はもう一回、顔を覗き込むようにして話を聞いた。
「それで……一体どういうことなんだ? ……みんなが死ぬ、って」
俺の問いかけに、ミケはまたパッと大きな目を見開き、何かに取り憑かれたような興奮した様子で、雪崩のように一気に話し出した。
「あのね、今まではね……っ!
もうすぐ死んじゃう人を見ると、その人がどうやって亡くなるのか、その情景が頭の中に視えてたの!!
でも、昨日からね、見る人、見る人、周りの人がみんなパッと消えていっちゃうの!!
亡くなる様子とか怪我をする様子とかじゃないの!! その姿が世界から消えてなくなる、真っ暗なビジョンが視えるの……っ!!」
「え……。それは、一体……?」
「きっと、きっとね……っ!!!
みんながいっぺんに死んじゃうんだよっ!!!
巨大な隕石が降ってくるとか、誰も治せない怖い病気が流行ったり、それか戦争が起きたり……!!
だから、みんな、いなくなっちゃうんだよっ……!!」
その大きな瞳には大粒の涙をいっぱいに浮かべ、今にも張り裂けそうな涙声でまくし立てる。
そんな極限の切迫した様子を目の当たりにしても、俺の胸の奥は、なぜか不思議なほどに危機感を感じずにいた。
あまりにも、ミケの言っている世界の終わりの規模が大きすぎて、ただ現実味がなく、俺の脳頭の中にうまく入ってこないのだろうと、どこか他人事のように思い込んでいた。
俺は、あまりにも途方もない話に苦笑しそうになりながら、ふと思ったことを口にした。
「それってさ……。何とかして止められたり……できないのかな?」
「止める……?」
ミケは泣きじゃくっていた顔から驚いたような顔になり、顔にかかった長い黒髪を細い指先で避けながら、俺の顔をじっと覗き込んできた。
俺は暗闇の中でその瞳を見下ろしながら、少しでも安心させるために、無理やり優しい笑顔を作り出した。
「だってさ、今までは一人ひとりだったから、その運命を助けることは出来なかったかもしれない。だけどさ、全員って相当だよ?
そんなたくさんの人間が一瞬で死ぬ状況って、この平和な国じゃ普通はなかなかないだろ? だから、全員は無理でも、何人かは助ける具体的な方法がありそうじゃない?」
「ええ〜……」
ミケは俺があまりにも冷静で、しかも世界の終わりに対して一ミリも驚きもせずにいることに、ひどく複雑な表情を浮かべた。
「なんかさぁ〜、本気にしてないよね?
あたしのこと、信じてないの?」
ミケに完全に心を読まれたようで、俺は胸の奥がドキッとしてしまった 。おそらくその焦りは、嘘みたいに分かりやすく顔に出てしまっていただろう。
「え! いやいや、そんな訳じゃなくて!!
俺はただ、今できることは何かないのかなって、本気で思ってさ……!」
ミケはまだ納得がいかないといった疑った顔で、こちらを軽く睨んでくる 。
「普通はさ、本当に地球が滅亡するとかになったら、もっと慌てない? どうしようって大泣きしたり、パニックになったりさ!」
そう言われて、俺は街灯の光が届かない、公園の遠くの暗闇の方へぼんやりと目をやった。
「そうだよな〜……。やっぱ、あまりに規模が大きすぎて、実感が湧きにくいんだよな……。
それこそさ、『明日、どこかでスマホなくしますよ』って言われた方が、よっぽどリアルで信じちゃうんだけどな……」




