戻ってきたミケとの日々
それから、あの愛おしい以前の日々が、嘘みたいに自然と戻ってきた。
深夜、バイトが終わったら真っ直ぐにあの夜の公園へと足を向け、橙色の街灯の下でミケと会って他愛のない話をする。
だけど、以前と変わったことが、たった一つだけあった。
――お互いの手を、ぎゅっと繋ぐようになったことだ。
俺が毎日ポケットに入れて持っていく使い捨てカイロを、二人の手のひらで包むようにして挟み、そのまま指を絡めて手を握る。
ただそれだけのことなのに、冷え切っていたはずの身体の芯まで、まるで大きなストーブのすぐ目の前にいるように、ぽかぽかとひどく温かくなった。
俺は絶対に手袋をしない。手袋なんて無機質な布を間に挟んでしまったら、その布が邪魔になって、ミケの柔らかくて小さな肌に直接触れることが出来なくなってしまうからだ。
そして不思議なことに、ミケも一度だって手袋をしてこなかった。ミケが手袋をしない本当の理由はあえて聞かなかったけれど、俺と同じように肌の温もりを直接感じたいと思ってくれているのだとしたら、これ以上の幸せはないと思った。
ミケにもらった、壊れたネックレスは、修理するにもお金がかかるらしく、だからといって自分で直せるような簡単なものでもなかった。
だけど、どうしても持ち歩きたくて、小銭が入るくらいの小さなジッパーに入れて持ち歩くようにした。
いつもチャック付きのポケットなど、今度こそ絶対に手元から離れないところに置いておきたかった。
……もう絶対に失くしたくない。
二月になっても、厳しい寒さは一向に衰える気配を見せなかった。その日は冷え込みが一段と強かったこともあり、俺は厚手のマフラーを首元に厳重に巻きつけてあの公園へと向かった。
ベンチには、ミケがもう既に来て俺を待っていた。
ミケは俺の姿を視界に捉えるなり、いつもよりボリュームのある首元のマフラーに、いち早く気付いて瞳を丸くした。
いつものようにベンチで横に並んで座ると、ミケは愛おしそうに微笑みながら、当たり前のように俺の冷えた手をぎゅっと握りしめてくる。
「今日はマフラーしてるんだね。すっごく温かそう」
「うん、これがあると全然違う。温かいよ」
そう言って、俺は自分の首からマフラーを素早く外すと、その細くて華奢な首元へとふわりと優しく巻きつけてやった。
ミケは不意の出来事に一瞬だけ驚いた顔をしたが、すぐにその長いマフラーに愛おしそうに顔をうずめた。
「……温かい。巧の匂いがする。なんだか、まるで巧に強く抱き締められてるみたい」
フフッ、と顔を赤らめて恥ずかしそうに笑うミケ。その幸せそうな姿を見つめているだけで胸がいっぱいになった。だけど次の瞬間、「あ!」と小さく声を上げて、突然マフラーを首から外し始めた。
俺が驚いて制そうとすると、ミケはベンチからパッと立ち上がり、そのマフラーの端を俺の首へと軽くかけ直した。そして、自分の小さな身体を俺の側面へと沿わせるようにして隙間なくピタリとくっつけると、もう片方のマフラーの端を自分の首にも軽くかけ回した。
一本の長いマフラーで、二人の身体を繋ぐように。
「……これなら、もっとあったかくなれるよ」
至近距離まで近づいたことで、ミケの柔らかい黒髪が、風に揺れて俺の頬に優しく触れた。ミケの放つ、甘い花のような香りが、冷たい空気の隙間を縫って俺の鼻先へとやさしく届いてくる。
俺は愛おしさが抑えきれなくなり、右隣に座るミケの小さな肩へとそっと左手を回し、その綺麗な髪を指先でなぞるようにしてそっと撫でた。その髪は外の冬の冷たさのせいでひんやりと冷え込んでいたけれど、驚くほどに指通りが良く、サラサラと音もなく俺の指の間をすり抜けていった。
あぁ、このまま、世界から時間が消えて朝なんて来なければいいのに。
このまま、二人で一つの綺麗な化石にでもなれたなら、一体どれほど幸せだろうか。
ふとミケが小さく顔を上げたので、その潤んだ大きな瞳と、俺の視線が真っ正面からぶつかった。
ただそれだけで心臓が爆発したかのように跳ね上がり、胸の奥で鼓動が爆音を立てて速くなっていく。
じっと俺のことだけを見つめてくるミケの瞳があまりにも真っ直ぐすぎて、俺はもう、自分の視線を逸らすことすらできなくなっていた。
「……髪に、ゴミ、ついてるよ」
ミケはいたずらっぽく笑いながらそう言って、俺の髪へと小さな手を伸ばしてきた。
目の前に、あいつの顔が、綺麗な唇が、すぐそこまで現れる。ゴミを払ったはずなのに、ミケはそのまま、至近距離で時を止めたように動こうとしない。
「……ゴミ、取れた?」
心臓のドキドキがミケに伝わってしまいそうなほど張り詰める中、俺はなんとかそれだけの言葉を、喉の奥から声を振り絞ってやっとの思いで吐き出した。
ミケは、吸い込まれそうなほどやさしく微笑んだ。
「ゴミなんて、嘘だよ」
あいつの瞳がさらに近づいてきて、お互いの唇が触れ合うか触れ合わないかの、本当に数ミリの距離にまで世界が縮まった。
ミケの熱い、狂おしいほどの吐息さえ、自分の唇の皮膚で生々しく感じることができる。
――まさにその瞬間。
ドサッ、と、誰もいないはずの公園の入り口の暗闇のほうで、何かが激しく崩れ落ちるような異質な音が、静寂を切り裂いて不気味に響き渡った。




