ミケとの再会
俺はミケの両肩にそっと手を置き、その小さな身体を少しだけ引き離して、涙で濡れたその瞳を真っ直ぐに見つめた。
「なんで……なんで俺が、そんな酷いこと言うなんて思ったんだよ……」
あまりの悲しさで胸が押し潰されそうになり、俺の口からは今にも消え入りそうな細い声がこぼれ落ちていた。
「だって……っ」
ミケは俯いたまま、上着のポケットの中をごそごそと震える指先で探し始めた。
やがて、恐る恐る取り出した『何か』を包み込むようにして、俺の目の前でそっと手のひらを広げて見せてくれた。
俺はその光景を目にした瞬間、自分の目を激しく疑った。
そこにあったのは、間違いなくミケがクリスマスに俺にくれた、あの愛おしい『月』のモチーフがついたゴールドのネックレスだった。
だけど、それは元の美しい形を失い、細いチェーンも、月のチャームも、何か硬い工具のようなものでバラバラに残酷に切り裂かれていた。
「……こんなの、知らない人からでも手渡されて……『巧から預かってきた』なんて言われたら……っ。
巧が私のことを、あの日からずっと、憎むほど嫌いなんだって、思うじゃない……っ」
ボロボロと大粒の涙を流しながら、悲しみに暮れるミケの瞳には、ただの一ミリの嘘もなかった。
――そして、これが出来るのは一人しかいなかった。
俺は震えるミケを優しくなだめながら、もう一度あの夜の公園へと静かに戻った 。
橙色の街灯に照らされたいつものベンチに二人で腰掛け、俺はあの日、約束を破って圭介の元へ向かってしまったこと、そしてその目の前で起きてしまったあの最悪の事件の結末、そして達樹のことなど、すべて正直に話して心から謝った 。
もちろん、ミケと圭介が同じ父親を持つ実の兄妹だということや、家政婦の梅さん――つまり、ミケの母親に関することは、ただの一言も口にはしなかった。
そんなあまりにもグチャグチャに絡み合った血の地獄の真相を知ってしまえば、ミケの柔らかな心は一瞬で粉々に壊れてしまう。だから俺は、この最悪な真実だけは一生自分の胸の奥底に閉じ込めて墓場まで持っていこうと、静かに決意していたんだ 。
ミケは、時折冷たい夜風に長い黒髪を揺らしながら、俺の言葉に小さく何度も頷き、ただ黙って最後まで話を聞いていた 。
その顔は、責めるでもなく、ただ静かに俺の言葉のすべてをその身体に染み込ませているようだった。
すべての誤解を解き明かすように話し終わった後、俺はミケの手のひらを見つめながら静かに言った 。
「ミケ。……その壊れてバラバラになっちゃったネックレス、もう一回、俺がもらっていいかな?」
「え? でもこれ、チェーンも月も切れちゃってるよ? また今度、新しいのプレゼントするよ?」
「いや……いいんだ。あの日、クリスマスにミケが俺にくれたのは、世界にこれだけだからさ。これがいい」
俺が真っ直ぐに見つめてそう告げると、ミケは少し照れくさそうに、だけど本当に嬉しそうにパッと顔を輝かせた 。
そして、細かく砕かれてしまった破片たちを、ジャラジャラと優しい音を立てて、俺の開いた手のひらの上へと大切にうつしてくれた。
「……実はね、私もこれ、どうしても手放せなかったの。形は壊れちゃったけれど、これは巧と一緒に過ごした、本物の証だから。
これが手元からなくなっちゃったら、巧と出会ったことや、ここで話したことの全部が、ただの幻になって消えちゃいそうで……すごく怖かったんだよね」
「ミケは……俺があげた、あの星のネックレス……まだ持ってくれてる?」
さっき、この暗い路地でミケを強く抱きしめた瞬間に、実はすぐに気づいていた。ミケの首元に、あの日手渡したはずのあの星の輝きが見当たらなかったことに。
「ああ! もちろん、ちゃんとずっとつけてるよ!」
ミケは自慢げにそう言うと、上着の襟元に小さな手を滑り込ませて、嬉しそうに中からネックレスを引っ張り出して見せてくれた 。
「夜になるとすごく寒いでしょう? 外に出したままにしてるとね、金属がキンキンに冷たくなっちゃって、肌に当たった時にビックリしちゃうの。
だから、こうやって巧の星が冷たくならないように、見えないようにして、いつも服の中に隠して温めてるんだよ」
そう言って、ミケは俺のプレゼントした星を、愛おしそうに再び胸元の見えない位置へと仕舞い込んでいく 。
――あぁ、温かいな。
凍てつくような真冬の深夜の公園。
達樹のついた真っ赤な嘘や、圭介の実家のドス黒い地獄の因縁を知って、完全に冷え切ってガタガタと震えていた俺の心の奥底に、久しぶりに、本当の優しい体温がじわじわと満ちていくのを、確かに感じていた。
「でも……大丈夫? 私に、このネックレス持って来た人……。今も、巧の傍にいるんでしょ……?」
並んで腰掛けたベンチの上で、ミケがふと思い出したように、少しだけ心配そうな顔をして口にした。
「え? あぁ、達樹のこと? 大丈夫だよ。ちゃんと断ったし、今も普通に大学で話したりしてるしね」
ミケにそう言われるまで、俺は達樹のことなんて完全に頭の片隅にすら残っていなかった。
今、この夜の公園の静寂の中で、こうして大好きなミケの温もりに触れていられる時間が、あまりにも優しくて、あまりにも幸せすぎて。
その前にあった冷たい疑惑や恐怖なんて、今の俺にとってはもう、全てどうでもいい些細なことにすら思えていたんだ。




