帰り道に辿り着いた真実
梅さんと喫茶店で別れ、朱色に染まっていく夕暮れの街中を、一人で歩きながら先ほどまでの話を頭の中で何度も思い返す。
……え? 待てよ……。ということは……?
ふと脳裏をよぎった最悪の、あまりにも残酷な仮説に、俺は臓器を直接雑巾のように絞り上げられるような強烈な吐き気を催した。思わずその場に激しく口を押さえ、冷や汗を流しながらアスファルトの上にしゃがみ込む。
――圭介とミケは、同じ父親を持つ、母親違いの兄妹……?
まさか、そんなドラマみたいな地獄の偶然があるはずがない。だけど、さっき梅さんが流した涙と、話してくれたすべての内容を繋ぎ合わせれば、そうとしか考えられなかった。
そして、もし本当に二人が血の繋がった兄妹なのだとしたら、ミケが流産してしまったことにも、あまりにも残酷な説明がついてしまう。
血が近すぎるもの同士の間に宿った命は、神様から祝福されず、きちんと育つことができないと、どこかで聞いたことがあった。
あいつらは、実の兄妹だとも知らずに……。
……ミケ……。
ミケは、今どうしているんだろう。あの部屋で圭介にものすごく懐いていたあの白猫のユリアは、もしかしたら動物の本能で、ミケから圭介と同じ「血の匂い」を感じ取っていたのかもしれない。
だからこそ、今、あのアパートでミケに抱きしめられて、あんなにも安心したように身を委ねていたのか……
そう考えた瞬間、胸の奥が張り裂けそうになり、どうしようもなくミケに会いたくなった。
さっき梅さんのスマホで見た笑顔の写真、胸元で光っていた星のネックレス、今まであの凍える夜の公園で会話してきたことや、あいつの見せてくれた愛おしい表情のすべてが、脳裏を走馬灯のようにものすごいスピードで駆け巡った。
気が付くと、俺は自分の足で、あの毎日通い詰めていた夜の公園へと走り込んでいた。
いつもは深夜の暗闇の中にしか訪れなかったその場所に、夕暮れの時間帯に来るのは、これが初めてだった。
西日に照らされたベンチや遊具は、いつも見ていた景色とは全く違って見えて、まるで生まれて初めて訪れた、誰も知らない見知らぬ場所のような奇妙な印象を、俺の網膜に焼き付けていく。
……どれくらい、そうして座っていただろう。
ふと我に返ると、辺りはすっかり真っ暗になっており、いつもの見慣れた、あの静まり返った深夜の公園へと戻っていた。
時折思い出したように冷たい冬の風が吹きつけ、橙色の街灯の光の下に、誰もいないベンチだけがぽつんと照らし出されている。
目の前を、カサカサと乾いた音を立てて転がるように流れていく枯れ葉。
……あぁ、寂しいんだな、今の俺。
世間でよく言う、胸にポッカリと大きな穴が開いたような気分。
……いや、気分なんかじゃない。俺の胸の真ん中には、本当に、冷たい風が吹き抜けるような巨大な風穴が開いてしまっているんじゃないか。そんな錯覚に囚われる。
裕太を失い、圭介を亡くした。達樹のあの圧倒的な温もりも、自らの意志で拒んで千切り捨てた。
そして、ミケさえも失ってしまった。
だけど、そうやって失ったもの以上に、俺はこの数日間で、あまりにも多くの「真実」を手に入れてしまっていた。
それは全て、本当は一生知らなくてよかったものばかり。誰もが目を背けたくなるような、ドス黒い人間の悪意と、血の因縁の事実たち……。
すべてが削ぎ落とされた今の俺に、一体何が残されているというのだろう。自分が今、この冷たい世界で生きている意味すら分からなくなってくる。
「……もう、帰ろう」
これ以上ここにいても、闇に呑まれるだけだ。自分に言い聞かせるように呟き、重い腰を上げベンチから立ち上がった、まさにその時。
ヒュウ、と吹きすさぶ風の音に混じって、世界で一番愛おしい、ずっと耳の奥で求め続けていたあの声が、夜の向こうから流れてきた。
「巧……?」
心臓が爆発したかのように跳ね上がった。俺は弾かれたように、その声の聞こえた公園の入り口のほうを慌てて振り返る。
「ミケ……っ!!」
街灯の影に佇んでいたあいつは、俺の姿を見た瞬間に驚愕で顔を強張らせ、次の瞬間、まるで何か恐ろしいものから逃げるように全力で走り出した。
「待って!! 待ってくれ、ミケ……っ!!」
脳で考えるより先に、俺の身体はベンチから弾けたように飛び出していた。病み上がりの脇腹の痛みなど全て忘れて、夜の闇をがむしゃらに駆け抜け、ミケの後ろ姿を追いかける。
ミケは、公園を出たすぐの狭い路地をまだ必死に走っていた。小さな歩幅のミケには、あっという間に追いつくことができる。俺は伸ばした右手で、その細い腕をがっしりと掴まえた。
「ミケ……っ! なんで、逃げるん、だよ……っ」
激しく息を切らしながら、俺は目の前のミケに必死に語りかける。
だが、ミケは拒絶するように勢いよくその腕を俺の手から引き抜くと、全身でこちらを振り返った。
「ごめん……」
約束を破って圭介の元へ行ってしまったこと、あの日からずっと会えなかったこと。俺の口からその謝罪がこぼれ落ちようとしたまさにその瞬間、ミケの張り裂けそうな叫びが、先に俺の顔面へとぶつけられた。
「ごめんなさいっ……!! ごめんなさい、巧……っ!!」
「え……?」
短い言葉が、脳に届かない。
ミケは長い黒髪を夜風に振り乱しながら、大きな瞳からボロボロと果てしなくこぼれ落ちる大粒の涙を、小さな両手で必死に、必死に拭い続けていた。
「私……聞いたの……っ!! 巧はもう、私に会いたくないって言ってるって……っ!
私の存在が、巧にとってすごく迷惑だから、もう二度と近づくなって……っ!!
だから、ここに来ないようにずっと我慢してたのに……っ、今日はなんでか、どうしても足がこっちに向いちゃって……っ!!
でも、すぐいなくなるから!
もう二度と巧の前に現れないからっ……!!」
俺はそれが耳に入った途端、圧倒的な愛おしさで突き動かされ、その小さく華奢な身体を、壊れてしまうのではないかと思うほど強く、強く抱き締めていた。
「会いたくないわけ、ないじゃないか……っ!!!
誰がそんな、そんな酷いこと……っ!」




