歪んだ事実
冬休みが明け、俺は大学のグラウンドのベンチに、一人腰掛けていた。
昼間でもやはりまだ肌寒く、コートとマフラーで厳重に身を守らなければならない。冷たい冬の風が吹いたりなんかすると、すぐに暖かい室内に帰りたくなる衝動にかられた。
グラウンドは、フットサルをする人間たちが激しく走り抜けていくせいか、巻き上げられた土の匂いがかすかに鼻を掠めていく。
ぼんやりと景色を眺めていると、そこを偶然通りがかった、同じ学部の高橋と成瀬に大声で呼びかけられた。
「立花ぁ〜!! お前、大丈夫だったか!?」
「お前さ、ニュースになってたんだよ!! 退院出来て本当に良かったなぁ!!」
この二人は時々関わることがある友人だった。
二人は俺を左右から挟むようにベンチにどさりと座ると、代わる代わる心配そうに俺の顔を覗き込んでくる。
「え……? 俺、ニュースになってたの?」
俺の言葉に、成瀬が心底驚いたような顔を見せながら口を開く。
「なってた、なってた! 年末の商店街で大学生が女に刺されたってさ……」
そこまで言うと、あいつは急に声のトーンを低くして視線を落とした。
「圭介は……本当に残念だったけど……」
「ああ……うん……」
すべての真相を知る俺には、なんと言っていいか分からず、そう短く答えるのが精一杯だった。
この二人の顔を見ているうちに、ふと思い出したことが頭をよぎった。
「そう言えばさ……二人は、圭介と裕太と同じ高校の出身だったよな?」
高橋がそれに、思い返すようにすぐ答えてくれた。
「ああ、まあね……。二人とも当時から、ちょっと素行は悪かった……けどさ」
成瀬がそれに神妙な顔で続ける。
「まさか、その二人ともがこんなに続けて亡くなるなんて、なぁ……」
「うん……。あ! そう言えばさ、高木は元気?
最近全然見ないんだけど」
思えば高木には、裕太の裏の顔や、ユーケイコンビのことなど、色々な事情を教えてもらっていた。
だが、俺のその一言を聞いた瞬間、高橋と成瀬は顔を見合わせながら、ひどく不思議そうな顔をした。
「高木?」
「成瀬、知ってるか?」
「いや……誰それ。聞いたことない」
「え? ここの大学の違う学部だったけど、お前らと同じ高校の同級生のだろ……?
ああ、でも、高校の時の学科が違ったのかな……?」
俺が慌てて説明を付け加えると、高橋が首を傾げて答えた。
「いや、うちの高校、一つしか学科なかったし、クラス数も多くないから全員の顔と名前は一致してるんだよ。でも、高木なんて奴は同級生に絶対にいないな」
「え……? ほら、裕太の葬式の時に、一番前で大声で泣いてたあの男だけど……」
「ああ! あいつか!!」
成瀬が声を張り上げる。
「俺たちもあの葬式行ったけどさ、『あれ誰だ?』って俺らの間で軽く話題にはなってたんだよな、なぁ高橋」
「ああ、同級生では見かけない顔だったから、裕太の大学の友達かと思ってた」
二人のその言葉を耳にした瞬間、ドクン、と心臓が嫌な音を立てて跳ね上がり、背中を冷たい汗がツッと伝っていくのが分かった。
高木は、高校の同級生じゃない? じゃあ、俺にあの情報を吹き込んできたあの男は、一体誰だったんだ?
「それより立花、お前こんな寒いところで何してんだ?」
成瀬のその不審げな言葉に、俺がハッと我に返って答えようとした、まさにその時。
乾いたグラウンドの向こうから、聞き馴染みのある優しい声が真っ直ぐに響いた。
「巧〜!」
視線をやると、達樹が小さな子供二人の手を左右に引いて、笑顔でこちらに向かって歩いて来ているのが目に映った。
三人でお揃いの、全く同じ格好をしている。
上は青いユニフォーム、下は白い短パン。
あいつがフットサルを教えている子供たち。
仲睦まじいその三人の姿を網膜に焼き付けながら、俺は、自分の喉の奥がカラカラに干からびていくのを感じた。
「……達樹の、フットサルの練習を見てたんだ」
達樹が目の前にまでやって来たので、俺は座っていたベンチから自然と立ち上がり、あいつの方へと少し足を踏み出した。
だけど、高木の件の衝撃で頭の芯が激しく揺れていたせいだろうか、自分の足元が急にふらついて、無様によろけてしまう。
すると、バッと達樹が素早く左手を伸ばして、倒れそうになった俺の腕をがっしりと掴んで助けてくれた。
その瞬間、あいつの手のひらから、ゴリッと骨に食い込むような硬い感触が俺の肌に伝わってきた。
「大丈夫か、巧? ほんと、お前はそそっかしいな……」
いつもの、すべてを包み込むような優しい笑顔を向けられ、俺の胸の奥は痛いくらいに苦しくなる。
「うん……ありがとう、達樹」
――やっぱり、不意に当たると痛いんだよな、指輪って。




