圭介の実家へ
家政婦さんたちに導かれ、重厚な玄関の扉を潜って家の中へと案内される。
一歩足を踏み入れただけで、俺は思わず息を呑んでしまった。
高く見上げるような吹き抜けの天井には、きらびやかなシャンデリアのような照明が吊り下げられている。
そして、入ってすぐ正面に目に飛び込んできたのは、まるでシンデレラがドレスの裾を翻して下りてくるのではないかと思わせるような、鮮やかな赤い絨毯が敷き詰められた長い階段だった。
壁紙は汚れ一つない白で統一されていて、眩しいほどに発光している。
まるでお城だな、と俺は子供のように圧倒されていた。
あまりの凄さに上ばかり向いて歩いていたせいで、前を歩いていた達樹の大きな背中に軽くぶつかってしまう。
「あ……ごめん……っ」
達樹は歩みを止め、軽く俺の方を振り返ると、いつものように愛おしそうに目を細めた。
「凄いよな、ここ」
あいつが口にしたのは、ただそれだけの言葉だった。それだけの、いつもの優しい表情を向けられただけなのに。
俺の胸の奥は、どうしようもないほどの愛おしさで、ぎゅっと激しく締め付けられていた。
家政婦さんたちに静かに導かれ、廊下の奥にある一室へと案内される。
部屋に入った瞬間、目の前の光景に圧倒された。
テレビのドラマでしか見たことがないような、磨き上げられた広々とした大きな木製のテーブルがあり、その向こう側に、圭介の祭壇がしめやかに据えられていた。
一番上には白い布に包まれた遺骨、その横には生前のあいつらしい、眩しいほどの笑顔の写真。そしてその下には、お線香の香炉ではなく、お米や、お酒、瑞々しい果物などが左右対称に美しく並べられている。
それが、俺が今まで見てきたお葬式や仏壇の光景と何かが決定的に違う気がして、どう作法をすればいいのか分からず戸惑っていると、すぐ横から達樹が顔を寄せ、耳元で優しく囁いた。
「ここ、神式らしいよ。お線香もあげないし、『御仏前』とかも、ここでは使えないみたいだ」
「え……?」
初めて目の当たりにする神道の祭壇。そして、自分が圭介のために心を込めて包んできた「御仏前」の袋がここでは場違いになってしまうことを知り、俺は驚いて動揺を隠せずにいた。
そんな俺の不安を察したように、達樹がまた、すべてを包み込むような優しい笑顔を浮かべて教えてくれる。
「大丈夫。俺がやる通りに、真似してお参りすればいいからさ」
その温かい言葉に心からの安堵を覚えながら、俺は迷うことなく、頼もしい達樹の後ろにそっと付いていった。
その部屋には、仏教の重苦しいお線香の匂いはただの一ミリも漂っていなかった。
代わりに、祭壇の真新しい白木の匂いと、お供えされた果物の甘い匂いが混ざり合う、どこか冷ややかで不思議な雰囲気が満ちている。現代的な洋風の豪邸の中にぽつんと置かれたその神式の祭壇は、あまりにも異質に見えて変に目立っていた。
まるで、その空間だけが世界から切り取られて浮いているかのようだ。
達樹の作法の真似をして、音を立てない「忍び手」でなんとかお参りを済ませる。
祭壇の前から戻ろうとすると、さっき見たあの大きな木製のテーブルの上に、いつの間にか俺たち二人の為の紅茶が二つ、綺麗に並べられていた。
広々としたテーブルの端っこにちょこんと二つのカップが置いてあるのが、張り詰めた空気の中ではなんだか少し可愛らしく感じられた。
その時、しんと静まり返っていた部屋のドアが静かに開いて、派手な化粧を施した、いかにも高級そうな服で身を包んだ女性が現れた。自分の親と同じくらいの年齢だったので、その纏う冷ややかな雰囲気からも、すぐに圭介の母親なのだろうと予測が出来た。
「わざわざお越しいただいて、ありがとうございます」
彼女は口元だけに完璧な営業用の笑みを張り付けて、お城の女王様のように優雅に俺たちへと声をかけてきた。
俺はひと目見て、この女性に強烈な違和感を持った。
自分の子供が殺されたばかりだとは到底思えない、どこか弾んだ声。そして、一切の曇りもない明るい笑顔。
……本物の金持ちになると、人間の大切な感覚までこうも違ってしまうのだろうか?
我が子の遺骨がすぐそこにあるというのに。
「朝っぱらから何だ? 客か?」
その女性の背後から、地を這うような中年男性の低い声がして、仕立ての良いスーツを纏った男性がひょっこりと顔を出した。
その表情は険しく、眉間には深い皺が刻まれていて、俺たちがここにいることを明らかに歓迎していないのだと一目で分かった。
これが、圭介の父親なのだろう。
本当に悲しいことに、その傲慢そうな顔立ちは、どことなくあの圭介に似ていた。
あいつの実の父親であることは間違いなかったけれど、その冷淡な口ぶりを聞く限り、俺たちが今日ここにお参りに来ることすら、この男には事前に何も伝えられていなかったのだろう。




