達樹のお迎え
達樹にもらったネックレスは、どうしてもつけきれずにいた。
ミケのネックレスに上書きされるようで、つけてしまえば本当にあのネックレスに出会えなくなるような気がしたからだ。
達樹が迎えに来る時間に近づいたので、足早に階段を下り、玄関へと向かう。その途中、ポケットに入れていた達樹にもらったネックレスを落としてしまった。
コン、コン、コン……と転がっていくネックレス。ちょうど通りかかった姉が拾った。
ニヤニヤしながら俺の手に渡そうとする。
「誰にもらったの〜?」
「だ、誰だっていいだろ!」
それを乱暴に奪い取る。
「それについてる宝石、ガーネットじゃん」
姉に見つかって、なぜか浮気の証拠でも見つけられたような気分になった。そのせいか、いたたまれない気持ちになり、喧嘩腰で言い返してしまう。
「は? だから何だよ?」
「ガーネットの宝石言葉は『束縛』よ」
「え……」
姉は俺が驚いた顔をしているのにも気付く様子なく、
「あんたすごい愛されてんのね〜」
と笑いながら自分の部屋へ帰って行った。
その姉の背中を、俺はただ血の気の引いた顔で見送るしかなかった。
手の中に乱暴に奪い返したネックレスが、急に鉛のように重く、そして酷く冷たく感じられる。
ガーネット。深紅の、まるで凝固しかけた血のような色をしたその石。
達樹は、どんな気持ちでこの石を選び、俺の元へと持ってきたのだろう。
『俺がお前の右手になるよ』
『俺が毎日お前に会わないと、どうしても心が落ち着かないんだ』
脳裏に響く達樹のあの優しい声が、今はもう、俺の四肢に絡みついて身動きを封じる鎖の音にしか聞こえなかった。
――ピピッ。 絶望に立ち尽くす俺の鼓膜を、玄関の外から、車の短いクラクションの音が低く揺らした。
……あいつが、迎えに来たのだ。
俺は冷や汗を拭い、圭介のあの遺品のスマートフォンを上着のポケットの奥深くへと押し込んだ。
両親が受け取りを拒否したということがまだ信じられずにいたからだ。もし、今日会って、『やっぱり受け取りたい』と言われれば渡すべきだろう。
いざ、すべての真相が待つ、圭介の家へ。
俺は意を決して、達樹の待つ玄関の扉を静かに開け放った――。
玄関を開け、達樹の車の助手席にいつも通り乗り込む。
ドアを閉めると、達樹はいつもの、あのすべてを包み込むような優しい笑顔で俺を迎え入れてくれた。
その圧倒的な温もりに触れた瞬間、冷え切っていた俺の心の奥が、じわじわと体温を取り戻していくのを感じる。
……いつもだ。いつもこうやって、達樹は俺のすべてを受け止めてくれていた。大学で出会ってから、今日この瞬間に至るまで、ずっと。
困った時も、楽しい時も、俺の人生の年表には、いつも一番そばに達樹がいてくれたんだ。
裕太がいなくなり、圭介を亡くした今、もう俺には達樹しかいない。あいつが作ってくれるこの優しくて居心地のいい環境から、俺はもう、絶対に離れたくなかった。
……たとえ、達樹のあの笑顔の裏に、どれほど恐ろしい狂気が隠されていたとしても。
俺は、達樹のことが好きなのだと思う。
あいつの手によって、右腕を傷つけられ、孤独の中に囲い込まれて、そうなるように仕向けられた結果なのかもしれない。それとも、これが本当に、俺の心から溢れた純粋な気持ちなのかもしれない。
今の俺には、もう何も分からない。
だけど、分からなくても、やっぱり達樹のそばにいたいし、ずっと、俺のそばにいてほしいと思ってしまう。
車がゆっくりと、静かに滑り出す。 助手席の窓の外では、冬の終わりの灰色の分厚い雲が、俺たちの向かう先を重苦しく遮るように立ち込めていた。
達樹の運転する車に揺られて、一時間も経たないうちに、圭介の実家へと到着した。
車が近づくと同時に自動で大きな鉄製の門が開かれ、その奥には高級車が何台も並ぶシャッター付きの巨大な駐車スペースが目に飛び込んでくる。
生前、あいつがベッドの上でぽつりと言っていた言葉の通り、そこは堂々とした三階建ての豪邸だった。
重厚なレンガ造りの洋風の佇まいは、周囲の住宅街から完全に浮き上がるほどの圧倒的な威圧感を放っている。
達樹が車を停め、俺たちが外へと降り立つと、まるで見計らっていたかのように、洋風の玄関の扉から二人の女性がどこからともなく静かに現れた。
一人は年配の女性。もう一人は、まだ30代に差し掛かったばかりといった風貌の若い女性。二人とも、仕立ての良いお揃いのエプロンを身に付けていた。
――家政婦、さんだ。
俺は思わず、その年配の女性の顔をじっと見つめてしまった。
この人が、圭介が言っていた、子供の頃から『梅さん』って呼んで親より懐いていたという、あの毎日家にいた『梅崎さん』というオバチャンなのだろうか……?
もちろん名札なんて着けていないから、今はまだ俺の頭の中の推測するしかないが、あいつを優しく育ててくれたというその人の、どこか寂しげで上品な顔立ちから目が離せなくなっていた。
「いらっしゃいませ。立花様、そして達樹様ですね。お噂はかねがね、圭介さんから伺っております」
年配の女性が、深く、丁寧に頭を下げながら、鈴の鳴るような優しい声で俺たちを出迎えてくれた。




