表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
「あなた、もうすぐ死にますよ」と彼女は微笑む  作者: VANRI


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

38/62

新しいネックレス

 俺はきっと、取り繕いきれないほどがっかりした顔をしていたんだと思う。

 だけど、達樹を見上げたその瞬間には、お面でも被るように満面の笑みを無理やり顔面に張り付けて見せた。


「ありがとう、達樹。本当に嬉しいよ」


 達樹は俺のその言葉に満足そうに目を細め、どこか照れくさそうに「うん」と嬉しそうに頷いた。


 その場では箱を開けることはせず、「また連絡するから」という言葉を最後に、俺たちは別れた。


 久しぶりに帰ってきた我が家は、家族がまだ仕事から帰ってきていなかったこともあって、しんと静まり返っていた。


 外と同じように冷え切って寒くて、家に入った瞬間、さっきまで外の冷気から俺を無条件に守ってくれていたあの車の中の爽やかな空間が、ひどく懐かしく、恋しく感じられた。


 だけど、嗅ぎ慣れた我が家の匂いや見慣れた家具たちが、俺の張り詰めていた心を少しずつ落ち着かせてくれる。とりあえず二階の自分の部屋へと向かい、持って帰ってきた二つの大きなバッグを、力尽き床へと落とすように置いた。


 ベッドの側面に背中を預け、背もたれ代わりにして冷たい地べたに座り込む。震える手でリモコンを操作し、エアコンのスイッチを入れた。静かすぎる部屋に、ゴォォォという低い機械音とともに、温かい空気がゆっくりと流れ始める。


 達樹からもらったばかりの、ひどく軽い小箱を耳元で振ってみると、カラカラと頼りない軽い音がした。

 丁寧に包まれていた包装紙を破り、箱を開いて中身を取り出すと、一本のネックレスが夕闇の中で目に映った。


 それをそっと指先で持ち上げてみる。

 冬の終わりの、朱色に染まった夕焼けが西の窓から差し込んできて、手元にあるそれをキラキラと残酷なほど綺麗に照らし出した。

 細いチェーンの先で、名前も知らない小さな石のような物が、ただ無機質に光っている。


「……こんなんじゃないんだよ」


 誰もいない孤独な空間に向かって、思わずぽつりと本音が呟きとなって溢れ落ちていた。


 ミケがクリスマスに俺にくれた、あの愛おしい『月』のネックレスとは、何から何まで全然違う。


 ……本当になかったのだろうか?  あの女性看護師が、俺を騙すためにそんな嘘をついていたとは到底思えない。

 そうなると、必然的に答えは一つしか――。


 いや、あいつが現場で本当に失くしてしまった可能性はないだろうか? 看護師から確かに受け取ったけれど、その後のバタバタの最中でどこかに落としてしまい、それを俺に素直に言えなくて、気まずさから『知らない』と口にしてしまった可能性は……?


 頭の中でどんなに不信感が渦巻いたとしても、あいつが俺のためにこのネックレスをわざわざ選びに行ってくれたことだけは、紛れもない事実だった。

 俺を喜ばせようとお店に買いに行こう、と思いついて、これを選んで手に入れて、俺の手元に渡すまで。 

 その間、あいつはずっと、俺のことだけを考えてくれていたのだろう。


 そう思うと、胸の奥がぎゅっと締め付けられるような、強烈な切なさに襲われた。

 その優しい時間の間、俺の方はあいつのことなんて何一つ考えていなかったというのに。



――――――



 その日の夜、俺は吸い寄せられるようにあの公園へと足を向けた。


 家を出る前、母親に「退院したばかりの身体で、こんな夜中にどこへ行くの!」と血相を変えて止められそうになったけれど、お世話になったバイト先に挨拶に行ってくると適当な嘘を並べ立てて、逃げるように家を飛び出した。


 外の世界は、空からの雪こそ降っていなかったものの、肌を刺すような厳しい冷え込みに満ちていた。俺は両手をポケットに突っ込んで、背を丸めながら寒さから必死に身を隠すように歩いた。


 もし今夜、ミケに会えたなら。失くしてしまったあのネックレスのこと、なんて言い訳しよう。


 あの日、約束を破って向かった先で起きてしまった、圭介のあの最悪な結末をどう説明すればいい。

 今日まで、何日間も彼女の前に顔を出せなかった理由を、一体何と言ったらいいんだろう……。


 そんな終わりのない葛藤を頭の中でぐるぐると巡らせ、暗闇の中に白い息を激しく吐き出しながら、俺は足早に公園へと急いだ。


 数日ぶりに足を踏み入れたいつもの公園には、ミケの姿形はどこにもなく、ただ耳が痛くなるほどの静けさと、凍てつく寒さだけで完全に冷え切っていた。


 世界のどこよりも、この公園の敷地内だけが異常に冷え込んでいるんじゃないかとさえ思った。 


 いつもなら、あの橙色に照らされたベンチで、俺の足音に気づいた彼女が嬉しそうに振り返り、「巧!  待ってたよ!」って満面の笑顔で手を振ってくれていたのに……。


 ミケは一体、どこへ行ってしまったのだろう。

 あいつが大切そうに、愛おしそうに手渡してくれたあのネックレスと一緒に、まるで最初から存在しなかったかのように、夜の闇へと消え去ってしまったようだった。



 ……ミケは、一体どんな声で喋っていただろう。


 あの日、俺の胸の中に飛び込んできた彼女の身体は、どんな温かさだっただろう。

 どんな風に優しく笑って、どんな風に激しく泣きじゃくっていたっけ。


 思い出したいのに、脳裏の霧の向こうでぼんやりとした輪郭しか思い浮かべることができない。

 あんなに愛おしかったはずの記憶が、指の隙間からこぼれ落ちる砂のように、少しずつ薄まっていく。

 忘れたくないのに、忘れられるはずがないのに、恐ろしい速度で消えかかっていく思い出の数々に、俺は暗闇の中で酷い焦燥感を覚えていた。



 ――ミケに、会いたい。


 この胸を掻きむしるような切実な気持ちだけは、あの日から、今この瞬間に至るまで、ただの一度たりとも無くしたことなんてないのに。


 


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ