彼女と彼の事情
「付き合ってはいませんでした」
何だその言い方。
付き合ってるなら、「付き合ってる」
付き合ってないなら、「付き合ってない」だろ。
「付き合ってはいない」って明らかに何かありそうじゃないか。
「付き合ってなかったってこと?」
言いながらふと思い出した。
確か、飲みに行った時、あいつ狙ってる人がいるって言ってた……
ただ、確実にこの子ではない。
同じ学部の一つ年上の女って言ってたから。
「はい、彼女ではなかったです……」
外を見ているのだと声の方向で推測出来た。
もう涙も流してないじゃないか。
無理に泣き止ませようとするより、話をした方が効果的ってことだろうか。
つーか、さっきから何なんだよこの言い方!
ちょっとイラッとする。
「へー……そんな言い方してると、セフレって思われるよ」
イライラを抑えたつもりが、つい意地悪な言い方になってしまう。
「はい……」
「『はい』って……」
呆れながら、軽い溜め息をつき続ける。
「だから〜、そんな言い……
え!?……そうなの……?」
「まあ……そんな感じです」
「あ、そう……」
え、いや、マジで??
そういや女関係の話はほとんどしてなかったな……
というか、まだ知り合って数カ月しか経ってなかったし、俺が勝手に仲良いと思ってただけで、向こうはそれほど思ってなかったかもしれない。
セフレとか作るタイプには見えなかったけど、そんなのも一部にしか見せない顔ならわからなくても仕方ないだろう。
一気に車内が静かになり、車内の暖房の音とラジオの音が混ざり合いながら耳に入ってくる。
「でも、本気で好きだったんです……」
平野が沈黙を破った言葉は、聞き逃すと簡単に飛んでいきそうな軽い言葉に思えた。
「そっか……」
こういう時に、その場しのぎの気休めを言ったり、場を和ませる冗談を言えたらいいのに、と心底思う。
そこが裕太と俺の大きな違いなんだろう。
―――――
葬儀場に入ると、線香の香りに瞬時に包まれる。
葬式自体行った経験が少ないので、正しい作法が出来るか心配になる。とりあえず、平野の真似をして受付をやり過ごす。
平野がお辞儀をする度に、束ねた髪がゆらゆら揺れて尻尾みたいだと思った。
だから、ポニーテールって言うんだった、と、どうでもいいことが頭に浮かんだ。
皆、一様に黒い服を着ているせいか、真っ暗な場所だと思った。黒い空間が創り上げられており、そこに入っていく人間たちが、またその空間に同化しているようだった。
棺の置かれている所には遺影が飾られていたが、今まで見たことがない顔で笑う裕太は別人そのものだった。
俺と同じ年くらいの茶髪で細身の男が、足音をたてながら祭壇に近づいて行った。そして、棺に覆いかぶさるようにして裕太の顔を見て、大きな声を上げて泣き崩れた。
その部屋にいた人たちの目が、一気にそちらに向けられ、周りにいた親族と思われる人たちがその男を慰めに行った。
あれが親友というものなのか。俺が死んだ時、ああいう風に泣いてくれる奴はいるのだろうか。
式場にいる人たちは知らない顔ばかりで、他人の葬式に来たように感じた。
俺たち二人だけが、浮き上がっているような感覚で場違いだと思った。
肩身が狭い俺たちは、後ろの方の席に座った。
平野に棺の顔を見に行くか聞いたが、断られた。
同級生と思われる、男性五人組が話しながら入って来た。
スーツを着慣れてないのだろう、上着がヨレヨレだったり、黒ではなくグレーっぽかったり、ネクタイが紺色だったりしている。
祭壇の部屋に入ると一旦声を抑えたようだったが、俺たちの一つ後ろの席に座り、また話し始めた。
声を潜めているが、前にいる俺たちには筒抜けだった。
「裕太って、なんで死んだの?」
「心臓発作? みたいなって言ってたよな」
「マジで? 女に殺られたんじゃねえの?」
一人がそう言うと、軽く笑いが起きた。
そしてまた別の一人が続ける。
「あいつ、高校の頃から片っ端に女に手ぇ出してたからな」
平野がピクッと反応したように見えた。俺に聞こえているのだから、もちろん平野にも聞こえているだろう。
まだ背後の談義は続く。
「そうそう、じゃ男かもよ、手ぇ出した女の彼氏とかさ」
「あり得るあり得る」
「いやいや、だから心臓発作だろ?」
「男か女に襲われそうになって、ビックリして心臓発作とかは?」
次々に色々な男の声が聞こえるので、全員で面白がっているのが手に取るようにわかる。
さっき、棺の傍で泣いていたあの男とは大違いだ。
最初はひそひそ話程度だったが、盛り上がって半ば普通に会話する声に近い大きさになっている。
だが、まだ葬儀開始まで時間があり、人の動きもあって騒々しいので、その声の大きさでも気に留める人もいない。




