いざ、圭介の元へ
――12月26日。
深夜にあの雪の公園から帰り、次に目を覚ましたのは、もう昼前だった。
大学はすでに冬休みに入っていたので、昼間の時間は有り余るほど暇になる。この時期、バイトにひたすら時間を費やす奴もいれば、早々に地方の実家へと帰省していく奴もいる。
けれど、圭介がこの年末に実家へ帰らないことは、最初から知っていた。
あいつが去年も同じように帰省せず、この街で好き勝手に過ごしていたのを覚えていたからだ。
昼飯を軽く腹に詰め込み、俺は圭介には何の事前連絡も入れないまま、あいつの住む高級マンションへと向かった。
道中、駅前の商店街を通り抜けると、たった一日しか経っていないとは思えないほど、街の景色が一変していた。
昨日までは、きらびやかな飾りをまとったツリーがあちこちに立ち並び、赤や緑の華やかなクリスマスカラーが咲き誇っていた。
だが、今日にはもう、どの店の前にも『歳末大売り出し』や『歳末セール』の文字が品性なく溢れかえっている。
圭介のマンションの近くまで来て、俺は自分の致命的な失敗にようやく気付いた。
――そもそも、今あいつが家にいるかどうかも分からない。
もしいたとしても、例のごとく女の子を連れ込んでいる最中かもしれない。
第一、まともな神経で考えて、いきなり『今、家の前にいるんだけど』なんて突撃するのは、ストーカーみたいで怖すぎる!!
『思いついたら、すぐ行動に移しましょう』
小学校の学級目標では、確かにそうやって教わったはずだ。
だけど現実はいつだって、その教えのせいで取り返しのつかない失敗をすることの方が多い。
俺はひとまず頭を冷やすため、マンションの近くにある年季の入ったカフェへと滑り込んだ。
ドアを開けると、カランコロンとどこか陽気な鈴の音が鳴り響き、香ばしいコーヒーの匂いとともに「いらっしゃいませ」という店員の声が出迎えてくれる。
年末といっても、子供や学生が冬休みで浮かれているだけで、大抵の大人はまだ仕事の真っ最中なのだ。
そのお陰か、広いカフェの店内には主婦の憩いのグループや、学生らしき集団が数組しかおらず、さほど混み合っていないのが素直に有り難かった。
奥の席に着き、ブレンドコーヒーを注文した俺は、意を決してスマートフォンから圭介にメッセージを送った。
『今、何してる?』
返事が来るまでの間、どうやって時間を潰そうかと頭をひねろうとした、まさにその瞬間。画面に既読がつき、即座に返信が舞い戻ってきた。
『なんも』
こんなに秒単位で返事が来るということは、圭介は今、よっぽど暇を持て余しているのだろう。
そう確信した俺は、続けてメッセージを打ち込む。
『今から、そっちの家に行ってもいい?』
また一分も経たないうちに、無機質な文字が返ってきた。
『別にいいけど』
その画面を見た瞬間、胸の焦燥感が一気に跳ね上がり、俺はもう居ても立ってもいられなくなった。
目の前に運ばれてきたばかりのコーヒーに、慌てて口を付ける。だが、あまりの熱さに驚き、すぐにカップを離さざるを得なかった。
――あぁ、アイスコーヒーにすれば良かったな。
いや、でも外のこの寒さじゃ、アイスなんか頼んだら体温が耐え切れないだろうな。
そんな無意味な自問自答を脳内で繰り返しながら、俺は喉の渇きを潤すように、ゆっくりと、けれど確実に、熱い液体を少しずつ胃の中へと流し込んでいった。
マンションのロビーに着き、オートロックのインターホンに指をかける。押し慣れていないせいで番号を間違えていないか、ゆっくりと数字を確認しながらボタンを押した。
直後、スピーカーから聞こえてきた、温度のない無機質な「はーい」という返事。
それすらも、いつもと違う他人の声のように聞こえて、胸の奥の不安をじわじわと助長していく。
エレベーターに乗り込み、圭介のいる階へと上がる。迫りくる不安も相まって、この冷気に満ちた閉塞的な空間が、いつもより何倍も息苦しく感じられた。
部屋の前に着き、ドア横のインターホンを押すと、すぐに「どうぞ〜」と気の抜けた声が返ってきた。鍵の開く、カチャリという硬い音が静かな廊下に響く。
この部屋に来るのは、これが二度目だった。一度目があったからこそ、もう二度とこの敷居を跨ぐことはないと思っていたけれど……。
前回来たあの出来事の後から、俺は圭介とはまともに口を利かず、学内でも極力近づかないように距離を置いていた。
俺たちのその冷え切った様子を、共通の友人である達樹は不思議そうに見ていたけれど、それ以上深い詮索はしないでいてくれた。




