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「あなた、もうすぐ死にますよ」と彼女は微笑む  作者: VANRI


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進むべき未来を選ぶ時

 あまりの寒さに、俺たちは寄り添うようにして公園を後にした 。

 こうして手を繋いで夜道を歩くのは、今夜が初めてだった 。お互いの手のひらは芯まで冷え切っていて、相手の体温を温め合うことなんて到底出来そうになかった。

 それでも、ただ手を繋いでいるという事実だけで、心の奥深くまでしっかりと繋がっている気がして、胸の奥がじんわりと温かかった 。

 このまま、夜の果てまでどこまでも歩き続けることが出来そうだ、と本気で思った。


 しばらく歩いていたが、後ろを歩くミケが、急にその足を止めた。

 繋いでいた手がぐんと重くなり、俺は何ごとかと彼女を振り返った。


 ミケは俺の手を握りしめたまま、その視線を冷たい地面へと落としていた。


「……まさか、行かないよね?」


 唐突に落とされたその一言に、一気に冷や汗が噴き出し、心臓が爆発しそうなほど激しく波打ち始めた。

 これは、恋人同士の甘い色っぽい話なんかじゃない。


 ミケに、自分の心の奥底を完璧に見透かされているのだと直感した。だけど、俺はそれを認めたくなくて、敢えてとぼけるように聞き返してしまった。


 「え……?  どこにだよ?」


 さっきまで二人だけの夢の世界に浸っていただけに、鋭利な現実の力によって無理やり引き戻されたような感覚になる。

 俺の心は泣き叫びながら拒絶していた。

『嫌だ、あんな現実に戻りたくない!! 

ずっとミケと、ここにいたいんだ!!』って。


 「今日の昼、私が『もうすぐ死にますよ』って教えた、あの人のところに」


 ゆっくりと顔を上げたミケの表情は、明らかな怒りを含んでいた。

 俺がこの後、何と答えるかさえ、彼女にはすべて分かっているのだ。


 電柱が放つ白い街灯の下で見るミケの顔は、周囲に積もった白い雪よりも、どこか蒼白く病的に見えた。


 ミケからあの予知を聞かされてから、頭の片隅で、ずっと圭介のことが気になって仕方がなかったのだ。


 目の前で『死ぬ』と確定した人間が、そのまま無惨に命を落とすのを、ただ黙って指をくわえて見ていることなんて、俺の倫理観がどうしても許しそうになかった。


 不意に、ミケに繋いでいた手を勢いよく引き抜かれた。

 自由になった彼女の両手が、今度は俺の両肩を激しく掴み、力任せに揺さぶってくる。


「ねえ!!  本当に行かないよね!?  あの人を助けに行こうなんて、そんな馬鹿なこと考えてないよね!?」


 ミケはこれ以上ないほど目を見開き、怒りと困惑の混ざった顔を俺の目の前まで近づけてくる。

 出会ってからこれまで、ミケがこんなにも我を忘れて取り乱した姿を見たことがなかったので、俺は恐怖よりも驚きが先に来てしまっていた。


「で……でもさ、あいつが死ぬって分かってるのに、何もしないで素通りするなんて……」


 それじゃあ、俺があいつを殺すのと同じじゃないのか……?


「お願いだから!!  本当に行かないでよ、巧!!」


 これ以上の思考が追いつかなくなり、判断力も完全に鈍り始めていた俺は、思わずミケの叫びに合わせるようにして、声を荒げてしまっていた。


「じゃあ教えろよ!!  どうやって圭介が死ぬのか、その原因を教えろよ!!  それさえ分かれば、未然に防ぎようだってあるかもしれないじゃないか!!

 なんで何もする前からすべてを諦めなくちゃいけないんだよ!!」


 真っ直ぐにぶつけた俺の怒号に、ミケは一瞬だけ怯んだような様子を見せた。だけど、彼女はすぐに、さっき以上の鋭い戦闘態勢へと戻ってみせた。


「教えない!! 教えたら絶対行くでしょ!?

 私は……!!  人の『死ぬ瞬間』がわかるのっ!!」


「は……?  そんなのとっくに分かって――」

「分かってない!!  巧は、何にも分かってないよ!!」


 俺の両肩に置かれている彼女の細い指先に、ますます尋常じゃない力が込められていく。

 俺を捉える彼女の瞳が、みるみるうちに涙で潤んでいくのが分かった。


 ミケは一旦、冷たい空気を大きく吸い込んで呼吸を整えると、それまでの激昂を嘘のように消し去り、酷く落ち着いたトーンで、ゆっくりと話し出した。


「私はね、その人が『死ぬこと』が分かるの。どうやってそうなるかのプロセスも全部見える。

 ……でも、それだけなの」


 彼女の声が、夜の静寂に冷たく染み込んでいく。


「……もし、巧があの人の代わりに巻き込まれて、手や足がなくなったり、意識不明の植物状態になって何年も生き続けることになったとしてもね。それは私には、何一つ見えないの。分からないの……」


 ミケは俺の両肩から、観念したようにゆっくりと手を離していった。だけど、その最後に、俺の腕を折れんばかりの力強さで両手でぎゅっと握り締めた。


「お願いだから……行かないで。私、巧がいなくなったら、もう生きていけないよ……」


 堪えきれなくなったミケの涙が、堰を切ったように後から後から溢れてくる。その大粒の涙は、足元の白い雪の上に落ちては、最初から何もなかったかのように、冷たい大地へと瞬時に吸い込まれて消えていった。


「わかった。……わかったよ、行かない、行かないから……」


 泣きじゃくる彼女をもう一度強く抱き締めながら、俺はそう言うことしか出来なかった。


 それは、俺がミケについた、初めての嘘だった。  




 

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