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「あなた、もうすぐ死にますよ」と彼女は微笑む  作者: VANRI


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クリスマスプレゼント

 ――圭介が……いや、裕太だけじゃなく、圭介までも死ぬ……?


 ミケと圭介は、衝撃で立っているのもやっとの俺を置き去りにして平然と会話をしている。


「こんな可愛い子に出会えるなんて、サンタさんからのクリスマスプレゼントかな?

 今から俺の家に来ない? 可愛い猫がいるんだよ」


 圭介は声をワントーン落とし、優しく、だが手慣れた自然な言い方でミケを家に連れ込もうと誘いをかけてくる。その目は笑っているようでいて、奥のほうは冷たく濁っていた。今までそうやって言葉巧みに女の子たちを毒牙にかけてきたのだろう。


 すると、ミケはパッと花が咲いたような満面の笑みを浮かべ、俺の隣にすっと寄り添うと、俺の腕に自分の腕をぎゅっと絡めてきた。


「ごめんなさい。その猫ちゃんより何倍も可愛いのとこれから遊ばなくちゃいけないので」


 そう言って、思考が完全に停止して呆然と立ち尽くしている俺の腕にしがみつき、圭介に背を向けた。

 そのまま、ぐいぐいと力強い足取りで俺を引っ張り、大学の敷地外へと誘導していく。


「え〜? ミケちゃ〜ん。なんなら巧も一緒でいいからさぁ〜……」


 背後から、圭介の甘ったるい、心底残念そうな声が追いかけてくる。ギリギリ届くほどの大きさのその声を、俺はただ耳の奥で拒絶した。


 ミケは一度も振り返ることなく、一度も足を止めることなく、確かな足取りで昼間のキャンパスを歩き去って行った。



 ……その後、どうやってミケと別れたのか、どうしても思い出すことができない。



 次にハッと気付いた時には、俺は自分の部屋のベッドに座り、電源の入ったままの見もしないテレビを虚ろな目で眺めていた。


 夜になり、窓から外を見ると、いつの間にか真っ白な雪が激しく降り出していた。風が強まっており窓ガラスがガタガタと不気味な音を立てる。その不規則な振動の音が、なぜだか俺の心臓を直接掴まれているような、強烈な恐怖心を煽ってきた。


 その音を止めようとベッドに座ったまま、窓ガラスに指を伸ばした。だが、ガラスはまるで氷そのもののように冷たくて、冷気というよりも走るような痛みを感じ、思わずすぐに手を離してしまった。


 見もしないテレビからは、時折きらびやかなジングルベルのメロディが流れ、タレントたちの楽しそうな笑い声や拍手がスピーカーから部屋に虚しく響いている。


 そうだ……この世から、たった一人くらい人間が消え去ったところで。


 世の中のほとんどの人にとっては、何一つ関係のない、気付きもしない出来事なのだ。

 誰かが絶望のどん底で死んだその日であっても、無関係な他人は、今日もどこかで笑ったり、美味しいご飯を食べたり、誰かと恋をしたりしている。


 だいたい、圭介なんて女にだらしなくてヤりたい放題、親が金持ちなのをいいことに、自分では働きもしないくせに、ブランド物の服やバッグばかりを手に入れている。


 あいつはただ、自分の犯してきた罪の罰が当たっただけだ。ミケにあんな酷いことをしておいて、その本人の顔すら覚えていないなんて、人間として絶対にあり得ない。


 ――俺なら、絶対にそんなことはしない。

俺なら、ミケの顔を、その痛みを、一生忘れたりしない。


 あいつは、死んでもいい人間なんだ。

同情なんか、これっぽっちもする必要はない。


 裕太が目の前でミケに死期を予告され、その後死んだ。あの時、心の何処かで思ってしまった、


『自分でなくて良かった』


 あれからずっと黒い罪悪感がこの胸から完全に消えることはなかった。


 死の宣告を受けた裕太には傍にいることしか出来なかった。

 ただ、根拠のない『大丈夫だよ』という言葉を、無責任に繰り返して安心感を与えることばかりに終始していた。


『ほら、大丈夫じゃなかったじゃん』


という裕太の声が聞こえてきそうで数え切れないほどの夜を恐怖に震えながら過ごしてきた。


 だが、二人はミケに取り返しのつかない大きな罪を犯していた。ミケは、その男たちの顔や本名すら覚えていないまま、ただの『死神の気まぐれ』として、二人に完璧な因果応報の復讐を遂げる形になっている。


 この真実をミケに話すつもりもない。思い出さずにすんでいた過去を俺のせいで引きずり出させることになった。

 「自分を壊した犯人を捜したい」と心から願うのであれば教える。

だが、ミケは過去を振り返らず、前だけ向き先に進もうとしている。


 ……ならば伝える必要はない。


 窓に触れて冷たくなった指を、急いで上着のポケットに突っ込んだ。

 指先に、ふと固いものが当たる。引きずり出すようにして、俺はその小箱を手のひらに取り出した。


 ……そうだった。

 今日、俺はミケと会う約束をしていたんだ。だから、クリスマスプレゼントとしてこれを買ったんだった。

 夜闇にしか現れない、あの孤独な少女によく似合う、星のモチーフがあしらわれたネックレス。


 ふと、部屋の隅で点きっぱなしになっていたテレビ画面に目をやった。

 時計は、もうすぐ深夜の零時を表示しようとしている。きらびやかな聖夜が、もうすぐ終わる。


 ハッとして、俺はその場に立ち上がった。


 今日、俺はミケと、初めての待ち合わせの約束をしていたじゃないか。

 あのいつもの公園。時間は22時。とっくに2時間も過ぎている。


 ……いや、もうこんな時間だ。いくらなんでも、もうそこにいるはずがない。今更行ったって、何の意味もない。


 頭の冷静な部分がそうブレーキをかけるのに、俺の手足は勝手に外へ行くための準備を始めていた。焦りで視界が狭まる。

見つけた小箱を握る手に思わず強い力が入り、プラスチックのケースを握り潰しそうになって慌てて力を抜いた。

 ドクドクと心臓が早鐘を打ち、指先がガタガタと震え出す。 



 ――行かなくちゃ。絶対に。




 

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