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「あなた、もうすぐ死にますよ」と彼女は微笑む  作者: VANRI


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思いがけぬ真実

 授業が終わったが、バイトの時間まで学内のカフェテリアで過ごすことにした。達樹は子供たちにフットサルを教えるため、足早に帰って行った。


 カフェテリアは夕刻にもなると人がポツポツしかないない。奥の男性グループから聞き慣れた声がしたので、自然と目がいってしまった。


 圭介が、比較的仲の良い、あまり素行のいい噂は聞かない連中5、6人と楽しそうに話をしていた。聞きたくないのに、声が大きいので自然と耳に飛び込んでくる。


「お前らどっち派? 生?」


 その答えに圭介は平然と答えている。


「俺、場所によるんだよね〜。自分ち以外は生」

「え? 何で? 自分ちには常備してるからってこと?」

「あー違う違う。家が汚れるのが嫌なだけ」


 ドッと笑いが起こる。俺は居たたまれない気持ちになり席を立った。すると、遠くから圭介の声が飛んできた。


「あれ〜、巧じゃ〜ん」


 それには答えず、机に置いていたパソコンや資料を手早くバッグに仕舞い始める。圭介が近付いて来ながら更に声をかける。


「ねえ〜巧ぃ〜。今日も俺んち来ない?」


 一瞬手が止まるが、それでもなお顔を見ないように作業を続ける。それを聞いた背後の仲間たちの声が聞こえてくる。


「え〜、なんで立花はいいんだよー」

「俺たちは家に入れてくれないだろー」


 いつの間にか目の前に圭介が立っており、無理矢理肩に腕を回してくる。そのままその仲間たちへ身体を向かせる体勢にさせられた。




「巧は俺の、()()()()()だから」



 頭の上から聞こえる声に、血の気が引いていくのを自覚する。男たちからは、ブーイングが飛び交っているが、圭介は、にやけながら気にする様子はない。

 圭介の腕を下ろし、小さく強く言う。


「バイトあるから」


 圭介は目を細め、「じゃあまた今度な」と、温度のない声を耳元で呟き、俺の頭に手を置いた。その手もすぐに払い、足早にその場を後にした。




 本当は、まだ夜のバイトまでたっぷり時間があった。だけど、下手に学内に残っていれば、またあの圭介に捕まらないとも限らない。あいつの顔を見るのは御免だった。


 どこで時間を潰そうかとぼんやり考えながら、ゆっくりとした足取りで校舎の外へと出る。


「巧」


 不意に横から名前を呼ばれ、声の方を振り返った。そこに立っていたのは、高木だった。


 怒っているようでもあり、どこか悲しんでいるような複雑に歪んだ表情で、高木はまっすぐに俺を見据えていた。

 高木はその険しい顔のまま、ずんずんと距離を詰めてきて、俺の目の前でピタリと足を止める。そのまま少し身体を前のめりにし、逃げ道を塞ぐようにして、俺の視線に合わせる位置まで顔を近づけてきた。


「俺、前に警告したよな? 『気をつけろ』って」

「え……」


 高木はすっと姿勢を元に戻すと、バツが悪そうに周囲の様子を窺った。周りに他の学生が誰もいないのを確認すると、深い溜め息を吐き出し、声を潜めて小さくこぼした。


「お前と、圭介との接し方を見ればわかる」


 俺は高木に促されるまま、普段は人があまり通らない講堂の裏手にある喫煙所へと連れて行かれた。冷え切ったコンクリートに囲まれた喫煙所には誰もおらず、それどころか、その付近の通路を歩く人間の気配すらなかった。


 目的地に着くやいなや、高木はそそくさとベンチに腰掛け、ポケットから取り出した煙草に火を付けた。煙を細く吐き出しながら、彼は俺に向かって、隣に座れと顎でぶっきらぼうに指示する。


 それから、しばらくの間は沈黙だけが流れた。

 高木が静かに煙草を吸い、肺から吐き出す微かな音だけが、やけに鮮明に耳へと入ってくる。あまりの静けさと、彼の放つ張り詰めた空気に耐えきれなくなり、俺は必死に声を絞り出した。


「……き、今日は眼鏡、かけてないんだね」

「あ?  ああ。あれ、伊達メガネだし」


 高木はチラリとこちらに目を向けたが、すぐに面倒くさそうに視線を外した。


「俺さ、本当は頭悪いんだよね。人より理解力が足りないっていうか、時間をかければ何とか大丈夫なんだけどさ。でね、この前授業のことで分かんないところがあって、先生のところに直接聞きに行った訳よ。そしたら、この茶髪のせいか、それとも態度がチャラそうに見えたのかは知らねえけどさ……すっげえ雑にあしらわれたんだよね」


「そうなんだ……。大学の先生にも、そんな露骨な人いるんだね……」


 高木は大きく何度も頷きながら、煙草の灰を落として続ける。


「だからな、俺なりに考えたんだよ。こうやって……」


 高木は煙草を器用に口の端へと咥え直すと、両手を後ろに回し、長めの後ろ髪をぎゅっと一つに束ねる動作をして見せた。


「髪を結んで、あの眼鏡をかけて、服装もカチッとした真面目そうなやつに変えてさ。それからもう一回先生のところに聞きに行ったんよ。そしたらさ、笑えるくらい手のひらを返すように態度が変わって、すっげえ丁寧に教えてもらえるようになった。おかげで今のところ、成績もいい方にいれてる」


「そんな露骨な扱いされて、ムカつかないの!?」


 あまりの理不尽さに、俺は思わず鼻息を荒くして声を荒げていた。当事者でもないのに、胸の奥がカッと熱くなる。


 すると、高木はハハッと短く声を上げて笑い、細めた目で俺を見た。


「そりゃ、最初はめちゃくちゃムカついたさ。でもさ、自分で立てた計画が思った通りにうまくいくと、なんかそれが嬉しくなっちゃってさ。怒りの方はいつの間にか消えてたんだよな」


 高木の言葉を聞いて、俺は自分が口にした言葉を心底取り消したいと思った。

 彼が自分の中でとうに消化し、折り合いをつけていた過去の怒りを、俺が余計な同情でわざわざ引っ張り出し、また燃え上がらせるような真似をしてしまった。自分の子供っぽさが恥ずかしい。


 だが、高木は、俺が強引に引っ張り出してしまった怒りの火種を、いとも簡単に、優しい言葉で消火してみせた。


「でも、代わりに怒ってくれてありがとな。

 ……なんか、そういうの、ちょっと嬉しいわ」


 高木は少し気恥ずかしそうに、弱々しく呟いた。

 彼のその素直すぎる言葉を聞いて、今度は何だかこっちの顔が熱くなり、居心地が悪くなる。


 高木は吸い殻を灰皿に押し付け、深呼吸を一つ挟んでから、再び口を開いた。


 その声のトーンは、さっきまでの身の上話とは明らかに違っていた。一瞬で空気が凍りつくようなその声の調子だけで、彼がこれから話そうとしている内容が、とてつもなく深刻なものなのだと、痛いほど伝わってきた――。




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