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「あなた、もうすぐ死にますよ」と彼女は微笑む  作者: VANRI


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圭介の部屋

 大学の図書館でパソコンを開いて勉強していると、自動ドアの向こうから、圭介が辺りをキョロキョロと見回しながら入って来た。

 圭介が図書館に来るのは滅多にないことで、しかも軽めのパーマに無精髭とチャラそうな風貌なので正直、これ以上ないほど似つかわしくない。


 やがて俺を見つけると、圭介の顔がパッと子供のような笑顔になり、周りを気遣って音を立てないよう、だが軽いパーマは揺らしながら静かに近付いてくる。


 俺の横に座りながら、顔を寄せて小声で話してくる。


「ちょっと相談乗ってくんない?」

「え? いいけど……達樹は?」


 いつも一緒にいるはずの達樹の姿が見当たらない。


「あー、あいつ何か忙しいみたいなんだよね」


 圭介が面倒くさそうに答えながら、顎で外を指す。

「なあ、外出ねえ? ここじゃ話し辛ぇわ」


 俺が小さく頷くと、圭介は嬉しそうに席を立った。図書館の外へ出て、廊下で立ち話を始める。


「レポート提出の課題あったじゃん? あれ間に合いそうになくてさ、手伝ってくんない?」


 確かに明後日に提出期限が迫っている課題はあった。でも俺はとっくに終わらせていたので、その存在すら薄れていた。


「別にいいけど……じゃあ、お前もパソコン持って来いよ。ここで見てやるから」


 そう言いながら、荷物を置いたままの図書館へ戻ろうと振り返った瞬間、ぐいっと後ろから腕を掴まれた。


「それがさ……パソコン、家に置いてきちゃって……」


 圭介は気まずそうに視線を逸らした後、バッと勢いよく両手を合わせて祈るようなポーズを取った。


「だから! お願い!! 俺の家に今から来て!!」


 普段は高身長で俺を見下ろす形になる圭介が、腰を落として顔を同じ高さまで下げ、必死の形相で上目遣いをしてくる。


「お前だって、俺の家で続きやりゃいいじゃん。

な? 頼むよ!」 


 調子のいい言い訳を軽く付け加えながら、圭介はすがりつくような目でこちらを見ていた。 


 ……こいつ、ちゃんと反省はしているのだろうか。 差し迫った危機感は伝わってくるものの、反省の色なんてこれっぽっちも見えやしなかった。


 スマホで時計を見た。まだ午後1時か。圭介の家に行ったとしても夜のバイトには余裕で間に合うだろう。とりあえず、渋々承諾して圭介の家に向かうことにした。





――――――



 圭介の家に行くのは初めてだった。達樹も行ったことがないと言っていたのを思い出す。


 圭介の家は学生の一人暮らしには珍しい、オートロック付きのマンションで、大学からさほど遠くない場所に位置していた。実家が金持ちだと言っていた気がする。

 遠くないにしても、冬空で雪がチラホラ降る日は外を歩くのは十分試練に感じた。


 凍えながらようやく部屋に辿り着き、中へ一歩足を踏み入れた瞬間、俺は思わず息を呑んだ。


「暑っ!!」


 さっきまでの極寒が嘘のような、肌を刺すような熱気。一瞬で額に汗がにじみ出てくるほどの室温に驚きを隠せない。


「おい、何でこんなに暑いんだよ!?」 

俺はコートを脱ぎ捨てながら、驚きと怒りの混じった目で圭介を睨み上げた。


「いや、本当ごめんって……! リモコンがどっか行っちゃってさ。部屋が冷え切ってたから『強』で付けたんだけど、そのまま設定温度を変えられなくなってさ……」

「じゃあこんな部屋、今すぐ出よう。どっか行こうぜ」

「いやいや無理無理!! 俺、自分の家じゃないと全然集中出来ねえんだよ!」 


 埒が明かない。そう思った次の瞬間だった。


「大丈夫、大丈夫。解決策はあるから」


 圭介はそう言いながら、おもむろに今着ているコートやその下の服もガバッと脱ぎ捨てた。勢いそのままにズボンも脱ぎ、あっという間に下着一丁の姿になる。

 露わになったのは、無駄な脂肪が一切なく、見事にカットの入った上半身だった。あまりの仕上がりの良さに、思わず溜め息が出そうになる。

 そういえば、週に何度もジムに通って鍛えていると言っていた。


「環境を調整出来ないなら、自分を調整させりゃいいんだよ」 


 圭介は何やら哲学的なセリフを、もっともらしく大真面目な顔で言い放った。さらに「お前も早く脱ぎゃいいだろ」と言い、服を着たままの俺がさも悪者であるかのような視線を向けてくる。


「……いいよな、お前は。それだけ鍛えてたら、どこで脱いでも恥ずかしくないもんな」

 ――女の前でも、いつもそうやって脱いでるんだろ。

 そんな言葉が喉まで出かかったが、ただの意地悪な嫉妬にしか聞こえないと思って、ぐっと口を閉じた。


 仕方なく、俺も圭介に倣ってシャツを脱ぎ捨てる。布地が減ると、確かに室内の異常な暑さはそれほど気にならなくなった。これならもう、汗をかく心配もなさそうだ。


 ふと、足元に妙な気配を感じて横を向いた。そこには、いつの間にか白いフサフサした毛並みの猫が、お行儀よくお座りしていた。


「え? ……猫飼ってんの?」

「ああ、可愛いだろ?」


 さっきまでのアホ面が嘘のように、圭介は見たこともないような優しい笑顔を浮かべて白猫を抱き上げた。猫は「ニャーン」と短く、甘えたような声で鳴き、圭介の逞しい胸元に小さな頭を擦り付けている。


 「これ、めちゃくちゃ便利なんだよ〜。家に猫飼ってるって言っておけばさ、部屋に来ない女なんていねえから。マジでコイツのお陰で、これまでどれだけ助かったことか〜!」


 圭介はフサフサの白い毛に自分の頬を思い切り擦り付け、ますます無邪気な笑顔を輝かせている。 


 ……はあ。やっぱ、救いようのないクズだな。

 だが、この抜群のルックスとスタイルを持ちながら、「俺、一人の人しか愛せません!」みたいな純情ボーイだったら、凡人の俺は今頃確実に泣いている。

 このクズっぷりだからこそ、ちょうどいい。


 圭介は満足したように猫を床に下ろすと、部屋の隅にある猫用トイレの様子を見にいった。


「お前さぁ、食べてクソして、また食べてクソして……なんなんだよ一体!」


 小声にしては少し大きすぎる声で文句を言いながら、トイレを片付け始めている。さっきまで「助かった」と溺愛していたはずなのに、この理不尽な手のひら返し。


 ……お前の日頃の生活も、大体それと一緒だろうが!

 と、心の中で全力のツッコミを叩き込んだ。




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