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「あなた、もうすぐ死にますよ」と彼女は微笑む  作者: VANRI


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見知った知人

「巧? 大丈夫か?」


 達樹が顔を覗き込んでくる。その顔は、ここ数日のぎこちなさが嘘のように思え、心底俺を心配してくれているのが伝わってくる。 


「あ……うん、ちょっと……知り合い」

「そっか。ならいいんだけど……」


 達樹の肩にはフットサルに使うバッグが揺れている。冬の冷たい風が、俺たちの間に割り込むように吹き抜けた。


「あのさ、巧……」

「え?」

「……いや、なんでもない。これからバイトだろ? 寒ぃし、風邪ひくなよ」


 そう言ってポン、と俺の肩を叩いた達樹の手のひらは、大きくて、酷く温かかった。


「達樹も、これからフットサル?」

「ああ。今日も子供たちにしっかり教えてやらねえとな」


 達樹は照れくさそうに頭を掻きながら笑う。

「じゃあな」


 灰色の冬空の下、遠ざかっていく彼の広い背中は、手を伸ばしても絶対に届かないような、不思議な境界線を感じさせた。

 俺は冷たい風に背中を押されるように、バイト先へと足を向けた。



――――――



 バイトから帰って来ると、姉がまだ起きておりソファに寝転んでスマホを触っていた。


「あら、おかえり」

「ただいま」


 準備してある晩飯をレンジに入れながら、ふと浮かんだ疑問をぶつける。


「姉ちゃんって看護師だろ? 人がもうすぐ死ぬとかわかる?」


 5つ上の姉は、近くの総合病院で看護師として働いていた。死については経験値が俺とは段違いだと思う。


「わかるよ」


 意外な答えに持っていた皿を落としそうになる。

まさか、姉もミケと同じように人の死が見えるというのか。


「え!? え……!?」


「何その反応、あんたが聞いてきたんでしょ」

呆れた顔をして目だけこちらを向けている。


「パッと見てはわかんないわよ、脈とか血圧とか呼吸とか、色んな値を見てたら、もうすぐだなってわかるの」


「ああ、そういうこと」


 チンと音がなったので、胸をなで下ろしながらそれをレンジから取り出す。扉を開けた瞬間、湯気と共にハンバーグの香ばしい匂いが漂ってきて食欲を刺激する。


「あ、でも」


 姉が付け足そうとするのでまたそっちに目をやる。


「ちょっと見ただけでわかる人もいるよ」

「え!? それどういうこと!?」


 姉はスマホに集中し始めたので、目はスマホにやったまま、面倒くさそうに答える。


「あー……なんかー、匂いがするんだって〜

死臭って言うみたいだけど……」


「え!? それって凄くない!?」


 ミケのようにビジョンが見えなくても、それはそれで凄いことなんじゃないのか。


「いやぁ〜? なんかよくあることみたいだし〜……」


 姉は大あくびをし、スマホを触りながら自分の部屋に戻って行く。




――――――



 俺は吸い寄せられるようにいつもの公園へと足を向けた。特に約束なんてしていない。けれど、大抵いつも、彼女はそこにいる。


「ミケってさ、なんでいつも黒い服ばっかり着てるの? 他の色はないわけ?」


 ベンチに座る彼女の横顔を見ていて、唐突に浮かんだ疑問を口に出してしまった。言った直後、女性のファッションに対して少し失礼な質問だったかと後悔したが、ミケが怒る様子はなかった。


 彼女は、誰もいない夜の空間をぼんやりと見つめたまま、静かに答える。


「前にね、白い洋服を着て『あなた、もうすぐ死にますよ』って教えたことがあったの。

 そしたらその人、私のことを天使か何かだと勘違いしちゃって、『助けてくれるんですか!?』ってすがりついてきた。

 ……でも、黒い服を着ていれば、みんな私のことを悪魔とか死神とか呼んで拒絶する。

 そっちの方が、まだマシかな。私には助けてあげることなんてできないのに、変に希望を持たせちゃう方が可哀想でしょ?」


「あぁ……そっか……」


 確かに、彼女の言うことには筋が通っていた。納得せざるを得ない理由だった。


 だが、納得すると同時に、俺の胸は鉛を呑み込んだように重くなった。いつも黒い服を着ているということは、彼女が日常のすべてを『いつでも誰かに死を宣告できる死神』として生きている証拠に他ならない。 


 俺がどんなに言葉を尽くして説得しようと、この子の固まった意思は変わらない。俺の手では、変えてあげられないのだという無力感が、喉の奥を苦く焦がした。


 そんな風に、俺が一人で暗い物思いに沈んでいた、その時だった。


 不意に、ミケが身体をこちらへと寄せてきた。


「ねえ、巧」


 悪戯っぽく微笑む彼女の顔が、俺の目の前まで迫る。ミケの吐き出す白い息が、俺の頬を微かにかすめて消えていく。


「巧は、キスしたことある?」


 ドクン、と心臓が破裂しそうなほどの音を立てて跳ね上がった。一瞬で顔面が沸騰し、頬が真っ赤に染まっていくのが自分でもはっきりと分かった。公園を照らす街灯の灯りが、温かみのある橙色で本当に良かった。

 この暗さと色のせいで、自分の見苦しい動揺が彼女に伝わっていませんように――そんな必死の言い訳を脳内で繰り返すのが精一杯だった。


「それ、は……どういう、意味、で……?」


 激しく刻まれる鼓動に声を震わせながら、俺は質問に答える余裕もなく、ただ疑問を疑問で返すことしかできなかった。


 すると、近かったミケの顔が、すっと元の位置へと戻された。ベンチの上の距離も、お互いの服さえ触れ合わない、いつもの退屈な距離へと巻き戻る。


「私はね、あるよ」


 どこか遠くを見るような目で、ミケはぽつりと言った。

 何か、一言でもいいから気の利いた反応を返したかった。それなのに、喉の奥がカラカラに干からびて、何も言葉が出てこない。ただ呼吸を繋ぐことだけで頭が一杯になる。


 ――私はあるよ。

 その、あまりにもあっさりと告げられた一言が、俺の胸の奥を雑巾のように力任せに絞り上げ、容赦なく押し潰していく。




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