見知らぬ知人
あの飲み会以来、達樹とは気まずいまま過ごしている。別に無視されたりはしていない。だが、会話がどこかぎこちない。
授業が終わると達樹はすぐ出て行った。でも今日はフットサルの練習日のはず。それを思い出し、グランドに出て来た。だが、誰もいない。
時間は15時。太陽は出ておらず、空は一面、冬らしい分厚い灰色の雲に覆われている。
特にバイトまですることもないので、外のベンチに腰を下ろした。
雲の流れを目で追う。分厚いせいかゆっくりとしか動いていない。
「よぉ」
聞き慣れない声に顔を上げる。
眼鏡で茶髪、痩せ身の男。
俺の隣に、当たり前のように腰を下ろした。
誰だ? 人違い?
頭をフル回転させるが、この男が誰かまるで見当がつかない。だが、男は普通に話し出す。
「だりぃな、授業」
「ああ……」
「あの日もダルかったよな」
「え……?」
どの日のことを言われているのかわからない。男は俺の様子を見ず、煙草に火を付けだした。
「あー、でもお前、早めに帰ってたもんな」
全くわからない。日本語なのに意味がわからないという不思議な現象が起きている。こんなにヒントを出されててわからないということは、やはり人違いなのでは……
俺がずっと横顔を見ていることに気付いたのか、やっと目が合う。
「……あれ? 俺のことわかってない?」
吐いた煙とともに言葉が近付いてくる。
俺が何も答えないでいると、男は軽く笑い出した。
「眼鏡かけてるからかな?」
そう言って眼鏡を外し、上着のポケットに仕舞い込む。
……が、本当に思い出せない。
「何だよ、その変なものをみる目つきは。
ほら、会ったじゃん。裕太の葬式で」
一気にあの日のことが鮮明に頭に飛び込んでくる。
……いた!! こいつは裕太の棺の前で泣き崩れていたあの男だ……
え? じゃあダルいって葬式のこと……?
「お前……あの時のっ……!!
裕太の親友……!?」
あまりにも驚き過ぎて、これ以上ない程に目を見開いてしまう。
「アハハハ……!!」
男が弾けたように笑い出した。
「え? 俺、今なんか変なこと言った?」
反射的に言葉がついて出た。
男は笑いながら、肩で息を整えながら言う。
「あんなの親友なんかじゃねえわ」
「いや、でも泣き崩れてただろ? しかも立てないくらい……」
「ハッハッハ……あんなの演出だよ、あれは俺からの最初で最後の、最高のプレゼント。ああすると、家族も周りも感動していい場面になるじゃねえか。
俺の好感度も上がるしね」
面白そうに、そして小馬鹿にしながら笑う男にじわじわと怒りが湧いてくる。男はまた煙草を吸いながら続ける。
「あいつ、まともな友達全然いなかったし」
「でも、葬式にたくさん友達来てただろ……」
男は呆れた目で俺を見下ろす。
「そんなの来るだろ普通。同級生が死んだとか聞いたら。来ない方が『あいつ葬式来なかったよな、薄情だな』とか言われんだよ。みんな自分のために来てんの」
なんなんだ、こいつ。俺の心を逆撫でするようなことばかりぶつけてくる。また煙を吐きながら続ける。
「『同級生』は選べねえんだよ、『友達』は選べてもな。選べない物だから仕方なく来てんだよ」
反射的に立ち上がり、声を上げた。
「いい加減にしろよっ!! 死者を冒涜するにも程があるだろっ!!」
死者の冒涜という言葉を初めて使ったが、使い方は合っていただろうか。だが、それどころではなかった。
立ったことで男より高い位置になった。男は眉をひそめて睨み上げる。
「お前の方が死者を冒涜してんだろ」
「な、何言って……」
「お前、あいつと仲良かったのか?
あいつのこと大して何も知らないクセに、いい人ぶって葬式に参列して、本当のこと教えてやってるのに、『死者の冒涜』だとか喚き散らしてさ……」
言いながら煙草を地面に捨て立ち上がるので、また見下ろされる。ニヤニヤしながらこちらを下から上まで舐めるように見られる。
「あー、そっかそっか。そういうことね」
更にぐいと顔を近付けられる。
「お前、あいつとデキてたんだろ。だから、そうやってムキになるんだな。
そっかそっかさみしーよなぁ〜」
そう言い、腕をぐいと掴まれる。
「じゃあ代わりに俺が遊んでやっから。欲求不満だからそうやってイライラすんだよ」
「違っ……! ちょっと離せよ!!」
腕を引っ張るが、握る力が強く離れない。
「巧?」
背後から声がして、掴まれた手がパッと離される。
「あらあら、カレシの登場か〜」
男はまた小馬鹿にしたように笑う。
振り返ると達樹が立っており、心配そうな顔をして近付いて来た。
「大丈夫か? 揉めてるような声が聞こえたけど」
その時、男の声が顔の近くで聞こえた。
「お前、マジで気をつけろよ」
振り返ると、もうその男が離れて行くところだった。
「俺、高木〜。またな巧〜」
ひらひらと軽薄に手を振りながら去っていく背中を、俺は呆然と見送るしかなかった。掴まれていた手首には、じんじんと鈍い痛みが残っている。




