川田の正義
店長が出て行った後、しばし静かな時間が流れた。とりあえず椅子に座ろうと背もたれに手をかけた時、川田が下をむいたまま呟いた。
「俺が金盗むのバレたのはあんたのせいだ……」
「え?」
謝罪の言葉ではなく、川田の口から発せられた言葉に耳を疑う。川田は静かに続ける。
「いつも通りにあんたの財布から金を盗もうとしてたら、ファスナーが壊れてて手間取ってしまって、それを店長に見つかった。だからあんたのせい」
そう言い終わり、俺を睨み上げる。
「え……、ああ、ごめん」
確かに数日前からファスナーの調子が悪かった。でも使えない訳ではない。コツはいるが、毎日使う俺にとっては大した不都合ではなかった。
そして、何故か盗まれた被害者なのに反射的に謝ってしまう、俺……。情けな。
正直、いくら盗まれたかわからない。少額盗まれて続けていたせいなのかもしれない。今日まで気付くことなく過ごしていたのは事実だ。
椅子に座りながら、まだ俺を睨んでいる川田へ話しかける。
「いくら盗んだんだ?」
「……全部で五千円」
まあ、嘘だろうと思った。モゴモゴした言い方、僅かに泳いだ目……。盗んだ金額は少ない方がいいことは誰にでもわかる常識。
だが、嘘を突き詰める気はさらさらない。
「そう……。でも何でレジの金には手を出さなかったんだ?
店内のレジの所は監視カメラあるけど、レジの金を保管するここは、着替えをするからカメラはないだろ。盗もうと思えばいつでも盗めただろ?」
我ながら何を言ってるんだと思う。犯罪するなら、バレないこっちにしろと言ってる様なもんだ。
それを聞くと、川田は睨んでいる顔を一瞬で消し、心から呆れたような顔をした。
「レジの金は、商品を買った人たちから預かった金だろ。一生懸命、働いて稼いで物を買ってるのに、そんなの盗んだらダメだろ」
そして、わざとらしく大きな溜め息をつく。
こいつの正義はどこか歪んでると思った。
賞味期限切れの食品を捨てるのは心が痛む、犯罪ではないか、と言うくせに、俺の財布からは平気で金を盗む。
「いや、俺の金も、俺が一生懸命働いてもらった金なんだけど。そして盗みは犯罪だろ」
川田はハッとした顔でこちらに顔を向ける。そして声を軽く上げ笑った。
「ハハッ……ほんとだ。なんかぐちゃぐちゃだな、世の中。立花さんの金、10あるうちの1を盗むのは心痛まないけど、食べ物捨てる時は心痛んだんだよな」
呆れて物が言えないとはこのことか。
何と答えようかまごついていると店長が戻って来た。
「ごめん、ごめん。で、話は終わった?」
「あ、はい。とりあえず金額はわかりました……」
問い詰めても本当のこと言うかわからなかったので、川田に合わせようと思った。
この後どうなるのかが気になるので店長に声をかける。
「警察……とかに言ったんですか……?」
店長は川田に目をやりながら答える。
「いや……店の金なら俺が通報するんだけど、被害が立花君だけだから君の判断でいいんだが……」
俺が選んでいいのなら俺の答えは決まっていた。
「じゃ、通報しなくていいです」
川田がこちらに目を向けたのがわかったが、それに目をやることなく店長に続ける。
「平野はこのこと知っているんですか?」
「いや……まだ伝えてない。伝えようと思ってはいるけど」
店長を目をまっすぐに捉える。
「では、平野には言わないでください。ちゃんとロッカーに鍵もしているし、もし注意喚起したいなら、他の店舗でそういうことがあったから、と言えばいいので。」
「どうしてそんなこと……」
いつもどっしりと構えている店長が、目をパチクリさせているのが、意外で面白くもある。
「わざわざ辞める人の印象を悪くする必要はないでしょ? コイツに悪意を持つ人間をわざわざ増やす必要はないと思います」
川田が小さく溜め息をつきながら小さく言葉を吐き出す。
「最後までいい人ぶるなよ……」
だが、もうその言葉に怒りは感じなかった。
もう前ほどの意地悪な感情は入っておらず、悲しそうに聞こえたからだ。




