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「あなた、もうすぐ死にますよ」と彼女は微笑む  作者: VANRI


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11/16

再会と真実と

 女は逃げるどころか、ためらいなく俺の隣に座ってくる。


「冷たっ!」

女がベンチの冷たさに驚き、小さな声を上げた。その無防備な声にこちらの方が驚き、ビクッと肩を震わせてしまう。


 「冷たい」という人間らしい反応が、何だか不思議で距離が近くなったような錯覚を覚える。

 女を改めて見る。初めて見た時と同じ、黒いワンピースに黒い靴。

 俺の視線に気付いたようで、綺麗な笑顔をこちらに向ける。ずっと、不気味に笑うと思っていたが、今は普通の女の子の笑顔にしか見えない。俺たちの前を枯れ葉がコロコロと転がされていく。カサカサという乾いた音だけが、静かな空間に響いていた。


「あたしに聞きたいことがあるんでしょ?」


 見透かしたようなその言葉にハッとする。

そうだった。なぜ裕太の死期を予言出来たのか、それが一番の最大の疑問だった。だが、もう一つ別の疑問が脳裏に浮かび思わず口にする。


「何で今日は逃げないの?」


 今まではすぐ姿を消そうとしていたように見えた。追いかけたり、捕まえたりしたが、結局すぐに姿を消した。

 なのに何故、今は自らこうやって座っているのか。


「さんかいめ、だから」


 女はゆっくりと、白い息と一緒にその言葉を嬉しそうに吐き出した。


「3回目……?」

 オウム返しに呟いた俺の言葉に、女は深く、満足そうに頷いた。それに一体何の意味があるのかと、俺の頭の中は疑問で満たされていく。


「数多くいる人間が、一生のうちに1回出会うこと自体、凄いことなんだと思わない?」

「え? ああ、まあ……」


 何を言われているのか分からず、思わず気のない返事をしてしまう。


「2回でも凄いのに、3回なんて天文学的数字になるに決まってる。だから、その奇跡に感謝して、あなたの質問に答えてあげる」


 女は上機嫌にそう言った。俺は一つ深く息を吸い込み、逃がさないように女の目をまっすぐ捉える。


「何で、裕太が死ぬのがわかった?」


「……わかるから」


 またそれか、と胸の奥にイラッとした感情が湧き上がった途端、続けて女が淡々と口を開いた。


「見えるんだよね。死期が迫っている人を見ると。……ビジョンっていうか、その人の亡くなる様子が、映像として頭の中に勝手に入ってくるの」


 俺はあまりの衝撃に、相槌すら打てなかった。

 現実離れした告白。けれど、裕太の死というあまりにも生々しい現実が、その言葉を嘘だと笑い飛ばすことを許さない。女の発する一言一言を聞き逃さないよう、全身の耳を澄ませることしか出来なかった。


「最初はね、気のせいかなって、私が勝手にイメージしてるだけかなって思ってたんだけど。いつしか自然に、ああ、そういうことなんだってわかった」


 びゅう、と冷たい風が俺たちの間を突き抜けていく。けれど、今の俺にはその寒さすら何も感じない。女はまだ、どこか他人事のように話を続ける。


「でもさ、それが見えても、確かめようがないじゃない? 知り合いならまだしも、初めてすれ違っただけの人がもうすぐ死ぬことがわかっても、その人がその後本当にどうなるかなんて、私、知らないまま終わるの」


 女はつまらなさそうに、遠くの空を見つめる。

 自分の持つ恐ろしい能力を、まるで『答え合わせの出来ない退屈なクイズ』のように捉えている口ぶりだった。

 だが、女は突然、弾かれたようにこちらに顔を向けた。その瞳は、純粋な無邪気さで輝いている。


「だからせめて、教えてあげなきゃって思ったの。『もうすぐ死にますよ』って」

「何でそんなこと言うんだよ!!」


 気づいた時には、自分でも驚く程の大きな声を発していた。冬の静かな公園に、俺の怒号が響き渡る。

 この女に死を告げられた時の、そして、その後の裕太の顔が、鮮明に脳裏に蘇る。 


 あの、何かに怯えきった顔。

 あの日から、裕太は夜が来るのを恐れ、ベッドの中ですらガタガタと身体を震わせて、眠れない夜を過ごしていた。可哀想に思い、せめて恐怖を和らげたくて俺が手を握ると、裕太は今にも泣き出しそうな、弱々しい笑顔を俺に返した。普段は俺より身体が大きくて、頼りがいがある筈の裕太が、あの時はまるで、暗闇を怖がる幼い子供のように見えて、俺はたまらなくなって、あいつの大きな身体を強く抱き締めた。 

 あの愛おしくて苦しい夜。

 その裕太の心を、未来を、こいつは「親切」という名の好奇心で、無惨に踏みにじったのだ。


「それを言われた奴の気持ちを考えたことがあるのか!?」


 一度決壊した怒りは収まることを知らず、俺は自分でも怒号を止めることが出来なかった。

 裕太が味わった絶望を、怯えを、こいつは想像したり反省したりすることなく平然と生きてきたのか。


 だが、女は眉一つ動かさなかった。俺の激しい怒りなんて最初から届いていないかのように、ただキョトンとした顔で真っ直ぐこちらを見てくる。


「なんで? いつ死ぬかわからない方が怖くない?」 


 本気で、心底不思議そうに、女はそう首を傾げた。 彼女の中では、死期をあらかじめ知らせることは「親切」であり「合理的」な救済なのだ。その表情には、一片の悪意も、からかうような色もなかった。


「それはお前の勝手な解釈だろ!?」


 俺はベンチから立ち上がり、拳を握りしめて怒りをぶちまける。


「明日死ぬって言われて食う飯と、何も知らないで食う飯と、どっちが美味いか考えろよ!!」


 肩で激しく呼吸をしながら、ギラつく怒りをそのまま女に見せつける。何も知らなければ、明日も、明後日も、当たり前に美味しく食事を食べて、笑って、くだらない明日を夢見られたはずなんだ。

 裕太からその『生きていく味』を奪ったのは、間違いなくこの女の一言だった。

 



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