余韻の余韻
「そりゃまあ……そうだろうけど……」
自分の聞かれてマズい話の時はちゃんと小声になるんだな、と思った。やる気なく、椅子にだらけて座る圭介を横目で見る。顔もスタイルも完璧なのに、中身がこれじゃもったいない。その顔とスタイルを俺と取り替えて欲しいぐらいだ。俺ならもっと有効活用出来るのに。
突如、体を起き上がらせ、ニヤニヤしながら顔を近付けてくる。
「で? 俺はいいからお前どうすんの? 付き合うの?」
「付き合う……?」
全く考えもしなかった。もう終わったことだと思ってしまっていた節がある。俺の心を読み取ったように、返事を待たず次の言葉がくる。
わざと声を大きくして、背もたれに寄りかかりながら、そして棒読みのような言葉を投げつけてくる。
「うわ〜そっかそっか、ヤリ逃げかぁ〜。
流石だな〜。かっけぇなぁー」
周りの学生が一瞬こっちに視線を向けたのがわかった。
「お前! 声がでけえよ!」
思わず圭介の腕を掴んでしまう。圭介はケラケラ笑いながら元の姿勢に戻っていく。
「何? 何の話?」
達樹が圭介と反対側に座ってくる。
「それが……」
俺が言おうとすると、圭介がすかさずそれに答える。
「こいつ、あの後、ほのかちゃんとヤッたらしいよ〜」
「はぁっ!?」
達樹は、目を見開いて俺の顔に目をやる。数秒目が合うが、悲しい顔を浮かべたかと思うとすぐに視線を斜め下に落とした。
「達樹、ごめん。あの時連絡しなくて……」
「ああ、別にいい。俺は別にお前の保護者でもなんでもないし」
早口で戻ってきた達樹の声に温度はなく、視線も合わせず授業の準備を始める。それ以上謝ることも出来ず、そのまま口を閉じるしかなかった。
女といたせいで連絡をしなかったことがバレたくなかった。心のどこかで、こうなるとわかっていたのかもしれない。
授業が終わると、達樹はすぐにどこかへ行ってしまった。
「なんかあいつ機嫌悪くなかった?」
圭介が当たり前のように言う言葉が胸をチクリと刺す。
――――――
バイト終わりの夜、またあの公園に来ていた。気が付けばここにいる。座り慣れたベンチは、塗装が剥がれかけている部分さえ、街灯の下ではお洒落な模様に見えている。
ここに来ると必ず裕太を思い出せる。思い出さない日は一日たりともない。忘れないためにここに来ているのかもしれない。
だんだん肌を刺すような寒い日が増えてきた。もっと寒くなれば夜中にここでずっと座っていられないかもしれない。
背後からガサッと音がした。枯れ葉があちこちにばら撒かれているため、歩けばすぐそれを踏み潰してしまう状態だ。ガサッ、クシャッと背後から連続した音がする。その音のお陰で、背後の人間がどの辺りを歩いているのか、そしてだんだんこちらの方へ近付いて来ていることもよくわかった。そして気付いた。
――これは通り過ぎようとしていない。確実に俺に近づいている――
振り返れば触れるんじゃないかという距離で音が止まる。その時、風と共に柔らかい匂いが流れてきた。
……女だ。
匂いでなんとなくわかる。それを感じる。
そうだ。ここで会ったのは裕太だけじゃない。ほのかもだ。
ほのかに会ったら何て言おう。でも、あの時のことは謝らない。酒の過ちだったと思いたくないし、思ってほしくない。
ただ、連絡先も交換せず、ちゃんとした会話もせずに家を飛び出すように出て行ったことは謝らねばならない。最後に見た笑顔は切なくて、出て行く足を止めそうになった。それでも彼女は俺を止めようとしなかった。
背筋を伸ばし、呼吸を整える。まだあの匂いが香るので、すぐ後ろにいることがわかる。大きく息を吸うと、その匂いごと肺に落ちていく感覚になった。
覚悟を決め、振り返る。
振り返って息を呑む。
「お前……」
背後には予想した柔らかく笑うほのかは立っていない。不気味に微笑むあの女が立っていた。あの時と同じ、闇のように黒い長い髪を風になびかせ、黒いワンピースに黒い靴を纏っている。
その女は一歩近付いて尋ねてきた。
「何してるの? いつもここにいるよね」
普通に話しかけられ、正解の答えがわからず動揺しながらも声を平坦に保って答える。
「バイト終わって……休憩してたところ……」




