第三章 その9(終)
教会へとたどり着くころにはオフィーリアの顔はすっかり青ざめていた。ミヨはそんなオフィーリアを案じ、小さな炎を掌に灯した。
「今日はここで一夜を明かすことになりそうですね。少々お待ちを」
窓の外を見ると、厚い雲の隙間から漏れ出ていた光がだんだんと赤くなり始めていた。ミヨからオフィーリアに渡された炎はオフィーリアの冷え切った体を暖める。正面の巨大なステンドグラスを見上げる。オフィーリア以外に人影はない。耳を澄ましてもミヨの足音が聞こえるばかりだった。この周囲に人の悲鳴がどれほど響いただろうか。骸となった女の悲鳴が耳にこびりついている。
「ダリア……」
生死のわからない友の名前を無意識に呼んでしまう。ステンドグラスに描かれた女の姿がダリアに重なった。教会の奥からミヨが木箱を持って姿を現す。
「多少ですが毛布と食料がありました。どうぞ」
木箱の蓋を外した中から毛布を引き摺り出す。体に巻くと多少だが震えが収まるような気がした。ミヨにありがとうございます、と言うのが精いっぱいだった。祈るために設置された椅子に腰かけると、ミヨも隣に腰を落ちつける。
「……一日で何人殺されたんでしょうか」
「クレイヤー領に住んでいた正確な人数はわかりません。ですが死体の数からして数百人は……」
ふさぎこみたい気持ちをぐっとこらえた。オフィーリアが記憶を思い出すその前、同じ街で暮らしていた生きていた人たちの存在を忘れてはならない。胸に記憶を刻み込む。押し寄せてくる涙を掌をつねって誤魔化した。
「凄惨なモノを目にしたばかりでお疲れでしょう。見張りはしておきますから、お休みになってください」
ミヨに促され長椅子に横になる。ひんやりとした冷気に身震いした。目を閉じると瞼の裏に死体がこびりついているようで落ち着かない。それでも命を失いそうになった疲れは重く、意識はゆっくりと沈んでいった。
「遅い到着ですね。オフィーリアさんは寝ていますから、出てきても大丈夫です」
ミヨはオフィーリアが眠りに落ちたのを確認して教会の外に出る。明かりと人を失った雪景色の街に青が姿を現す。黒馬から降りたラピスは頭に被っていた外套を外し、ミヨに一礼した。
「申し訳ありません。アイシア嬢の馬車から身を隠していましたので」
「なぜ? 彼女は味方と伝えていませんでしたか?」
「オフィーリアが乗っていることを警戒しました。正体がバレては不都合なので」
ミヨは目を鋭くしラピスを注視した。ラピスは顔色を変えずに乗ってきた馬の毛並みを撫でた。
「あなたが彼女に惚れているという隊長の話は事実でしたのね」
「隊長には話した覚えがないのですがね」
「報告書を読んだらわかったと言っていましたよ。余計な思考を任務に混ぜないよう気を付けなさい」
ラピスは歯になにか挟まったような表情をした。ミヨは認識阻害魔法をラピスにかける。
「オフィーリアさんに知られたくないのなら、少しくらい正体を隠す努力をしてください」
「ありがとうございます」
「それで。わざわざこのような辺境まで我々を追いかけてきた理由は?」
「国を乗っ取ろうとしている者の正体がわかりました」
「正体? スタラミー家ではないのですか?」
教会の重い扉を背にしミヨは眉を顰める。ラピスは一度周囲を見回した。
「盗み聞きされる可能性はありません。クレイヤー領に住んでいた人間は全員殺されました」
「殺されっ……!?」
ラピスは驚きで大きく声を上げる。しまったとばかりに自らの口を手で塞いだ。
「推測ですが、持っていた魔道具からして犯人はスタラミーの手の者だと考えています。交戦したとき、纏っていた服に花の意匠の紋も見えました。スタラミー家の物とは別でしたが、かの家との関係を疑わずにはいられません」
「なぜですか」
「私の魔法を切り捨てました」
ラピスは絶句する。息をのむ音も相手に聞こえてしまうような静寂に緊張が走った。
「……ノーザン王宮を乗っ取ろうとしているのは、パルア国です」
「パルアというと、南の島諸国の一つの?」
ラピスは頷く。ミヨの眉間による皺がさらに深くなった。
「なぜノーザン国を?」
「わかりません。パルア国は現在の女王に代替わりしてから経済状況が芳しくないとは聞きますが」
「……ラピス。パルアの国章は花を象っていましたね?」
「はい。確か、ムスカリの花だったかと。……まさか」
ミヨは頷き、教会の扉に掌を添える。雪が強くなり周囲の視界を白く奪っていく。
「この街を襲い、住人を皆殺しにしたのはパルアとスタラミーにつながりのあるもの。すなわち、国王陛下とつながりのあるもの」
「国王が、この国を脅かしているのですか」
ラピスが信じられないといったふうに目を見開く。二人の視線が交差する。
「ラピス、すぐここを出て。今すぐ詰所に戻り隊長方に報告を」
「かしこまりました」
頷き馬に跨る。いななきとともにラピスはクレイヤー領を出発した。その背中を見送り、ミヨは自身にかかった認識阻害魔法を解く。
「……」
ミヨの脳裏に今日見た死体が浮かぶ。拳をきつく握りしめ、大きく深呼吸する。
「感情的になってはいけませんね。認識阻害魔法」
詠唱を唱えるとミヨの周囲を魔力の粒が取り巻いた。もう一度大きく息を吐き、右の瞳に手を当てる。
「秘密は守られる。オフィーリアさんを裏切ってはなりませんよ、ミヨ」




