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第三章 その8

「いやあああああああああ!」

扉を開けた瞬間耳につんざくような悲鳴が届く。顔の隠れた小柄な男が怯える女に刃を向けていた。オフィーリアは咄嗟に身を乗り出し、二人の間に立ちはだかる。

(剣!? ナイフじゃ勝てない!)

男は口元を布で隠し右目を包帯で覆っている。左目の温度のない瞳がオフィーリアの姿をしかととらえた。

「あなたは誰!?」

オフィーリアは男に向かって声を荒げた。刃の切っ先がオフィーリアを向く。答えて、ともう一度聞いてもだんまりだ。ゆらりと剣が振り上げられる。オフィーリアは女を押し倒すようにして剣を避ける。床に剣が突き刺さった。自身の下にいる女がひきつった声を上げた。

「逃げます、立って」

女の腰と床の間に手を差し込み、無理矢理に体を起こす。背後で男の気配がゆらめいた。オフィーリアは身をかがませ男の足をはらう。

「行って!」

立ち上がり戸惑う女を促し部屋から飛び出す。男はそれを追いかけてきた。

「なに、なんなのよおッ」

女が突然悲鳴のように言葉を絞り出した。足をもつれさせながら階段を駆け下りる。オフィーリアは振り返り、男にナイフを向けた。金色の刃がきらりと光る。

(時間を稼がないと)

男が突然素早く動き、オフィーリアに切りかかった。よけきれずに二の腕に剣が届く。鋭い痛みが走った。

「あ゛あ゛っ」

その痛みに気を取られた瞬間、腹を思い切り蹴られる。バランスを崩し階段から転げ落ちた。全身を打ったような強い痛みがオフィーリアを苛む。

「うう……うぐっ」

階段を悠々と降りてきた男はオフィーリアの足を蹴り飛ばした。邪魔だとでもいいたいのか。そのまま男のわきに転がされる。宿屋を出て行った女を追いかけようとしていることに気が付いた。男の足にしがみつく。

(こいつが、犯人だとしたら、これ以上人を殺させは……)

「ぐふっ」

足を動かされ振り払われる。剣がもう一度二の腕を切った。お仕着せの敗れた部分から傷口がむき出しになり垂れた血がカーペットに赤黒い染みを作る。小柄な体躯に似合わない強さで体を蹴り上げられ、オフィーリアは体を丸めた。痛みにうめくうち男は宿屋を早歩きで出ていく。外から女の悲鳴が聞こえてきた。オフィーリアの瞳から涙が一筋流れた。目の前に落ちているナイフに手を伸ばす。しかしナイフが手に届く寸前、足がそれを蹴飛ばした。

「ッ!」

男が戻ってきたのだ。その手の剣に鮮血が滴っている。むせ返るような死の気配にオフィーリアは体を震わせた。剣がゆっくりとオフィーリアの頭上を通っていく。腰を抜かしその場から逃げ出せない。剣が振り下ろされるのを待つしかない。男の冷酷な瞳と目が合った。剣が振り下ろされ______

拘束の魔法(レストリプシオン)!」

なかった。どこからか伸びてきた魔法の太い紐が男の腕に絡みつく。

「副隊長!」

魔法を撃ったのはミヨだった。焦っているのか外套のフードが外れている。

「オフィーリアさん、この方は」

「敵です!」

「かしこまりました」

ミヨが体を屈めると、足元に幾重にも重なった魔法陣が現れる。

雷魔法(トルエノ)!」

小鳥を消したときとは比にならない雷が宿屋を駆け巡る。男は雷を剣で跳ね返した。ミヨの目つきが鋭くなる。男は拘束されていた右手から左手に剣を持ち変え、容易く魔法の紐を斬った。

「あっ! 待ちなさい!」

目にも留まらぬ素早さで男は去っていく。ミヨがそれを追おうとして、オフィーリアに止められた。

「追わないで!」

「……オフィーリアさん、ご無事ですか」

ミヨは少し躊躇ったあと立ち止まり、落ちていた金のナイフを拾い上げオフィーリアの側へとやってきた。

「動かないで。回復魔法(リキュペラシオン)

緑色の淡い光がオフィーリアを包み、傷が癒える。流れていた血が止まり痛みが和らいだ。

「あの……外に女の人がいませんでしたか」

「……死んだばかりとみられる女性が一人」

死んだばかり、の言葉がオフィーリアの心に重くのしかかる。手元に乗せられた金のナイフは武器にも護身にもならなかった。

「今の男はいったい誰ですか?」

「わかりません。この宿屋を探していたら、ちょうど二階の奥の部屋で人を殺そうとしていました」

ミヨは険しい顔をして考え込む。体を動かせるようになったオフィーリアは立ち上がり宿屋のロビーを見渡した。これが「ゲーム」なら男に繋がる証拠の一つでも存在しそうなものだが、現実にはなにもない。

「今の男が持っていた剣は魔道具でした。私の魔法をたやすく切れるほどに強いもの」

「あの男が、この街の人間を皆殺しにしたんでしょうか」

「一人で皆殺しにするなど常識的にありえません。誰かしらは逃げおおせ、国王や王子たちの耳にも入るでしょう」

「確かに……ここに来るまで、私たちはクレイヤー領がこんなことになっているのを知りませんでしたし」

クレイヤー家の邸宅にあった死体は死んでから数日は立っているであろう。

「オフィーリアさんも、こうなることは知らなかったのですね?」

オフィーリアは緩慢に頷いた。連れたって宿屋を出る。先ほど恐怖におののいていた女が胸から血を流して倒れていた。不思議と涙は流れない。

「アイシアさんが戻ってくるまで待ちましょう。下に綺麗な教会がありましたから、そこで休みましょうか」


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