第2章31話 「翼々」
――俺は綾芽との邂逅を果たした後、隣のベッドに横たわっているユウの方を一瞥した。
紫水晶の髪と、白く美しい寝顔が、少し動く。
吐息を吐きながら瞼を少し開け、ユウは俺の方へと視線をちらりと移した。
「――瀲、さん……?」
「起きたか……ユウ」
「瀲さん……ユウはどうしてここに……? 杏子さんは……? レイは……?」
「ユウと紅君が倒れているのを見つけて私が保健室まで連れて行きました。最低限の治療を施してはいるのですが……ただ心配なのは、レイが杏子様を追いかけに行ってから戻って来ないということですね……」
その問いかけに、吹雪が答える。
すると、その回答にユウが瞳を悲壮に染める。
「――助けなきゃ。レイを助けに行かないと!」
「やめろ」
「なんで……ぐっ」
ユウは勢いよく立ち上がるも、全身から来る鈍痛に顔を歪める。
そしてゆっくりとベッドに腰を下ろす。
「お前の気持ちも分かるが、今は怪我を治すことが最重要だ」
「ん……」
俺の言葉に下を向いて静かに首肯するユウ。
「――綾芽」
「ん、何だよ」
「少し、お前と行きたいところがあってだな」
「行きたいところ……」
綾芽は暫し考える素振りを見せる。
「変なとこじゃないよね? それに、歩けるの?」
「大丈夫だ。少し刺された箇所が痛むが」
「治療優先って言ってたのはどこのどいつかしらと言いたいところだけど……付き合ってやらなくもないわ」
「ああ、それなら頼む」
「――分かったわよ……」
俺は少しばかり走る痛みに歯を食いしばる。
立ち上がり、俺は心配そうにしている吹雪とユウに『すぐに戻って来るよ』と言い残して保健室から出る。
綾芽が校内に散乱している肉塊と血の腥さに表情を歪める。
「凄惨わね……」
「そうだな」
俺は吐き気を覚えながらも、あの女を思い出してしまう。
赤いドレスを纏い、殺戮に哄笑を浮かべて――狂気を瞳に宿して手に持った凶刃を振るうその姿はあまりにも歪だった。最期は俺が銃殺したが。
取り敢えずそのことは今は考えないようにしておこう。
俺は隣に歩く綾芽の横顔を見つめる。
すると綾芽がこちらを向き、その所為で俺と綾芽は目が合った。
「何見てんのよ……」
「いや、何でもない」
「ん……それならいいんだけど」
綾芽は俺の発言に、再び前を向く。
俺も気を取り直し、目的の場所へと向かう。
「それにしても瀲……やっぱり中学の頃より顔立ちが良くなってるな」
「そうなのか?」
「ええと、その……か、かっこよくなったと思うわ……」
目を逸らし、恥ずかしそうに口にする綾芽。
そんな綾芽に俺は「ありがとう」と返した。
そして暫く歩き、俺と綾芽はある場所に辿り着いた。
「――屋上……」
綾芽が周りの光景を見て、そう呟く。
「ここにはな……思い出がたくさんあるんだ」
「思い出……」
「嫌なこともあったが、いいこともある」
生徒会に誘われたのも、屋上だった。
しかし、今や烈徒は行方不明となり、怜那は死亡した。
俺は悲しみに唇を噛み締める。
「この学院も、少し前は楽しかったのにな……なんでこんな惨劇に見舞われたんだ……」
生徒達の笑顔が広がる毎日に、俺は何時の間にか馴染んでいた。
――馴染んではいけないのに。
「そうなの……で、なんであたしをここに連れてきたかったの?」
「綾芽は歩乃香を覚えてるか?」
「歩乃香……? 歩乃香がどうかしたの?」
俺はにやりと笑みを浮かべ、続ける。
「あいつがここに転校してきたんだよ。まさかだとは思うけれどな」
「そうなの……瀲は大丈夫?」
「――大丈夫だ」
綾芽の発言に俺は歯を食いしばる。
思い出すな、思い出すな……。
「今あいつがどうなったのかは分からないが、たぶん死んではいないだろうな」
「そうわね。歩乃香は簡単には倒せないもの」
綾芽と俺は苦笑交じりにそう言った。
「俺がここに綾芽を呼び出した理由は――のことについて聞きたくてな」
「――?」
「この事件は、あいつが引き起こしたものだ。だが、黒幕がいてね」
俺はにやりと笑って、綾芽に尋ねた。
ξ ξ ξ ξ ξ ξ ξ ξ ξ ξ
――少し前のこと。
レイが頭から血を流し、膝を付いている。杏子が銃を持ってその場を去ろうとしていた。
そんな現場に、眼帯を付けた少女が姿を現す。
「杏子ちゃん、アタシも混ぜてよ!」
「な――!?」
杏子は目を見開き、意外な人物の登場に驚愕している。
レイも同様だ。
「あなたがどうしてここに……」
レイは目を細め、歩乃香を睨み付ける。
「ふふ、どうでもいいでしょぉ。それよりも早く、早く戦いましょうよ!」
「ん……」
杏子は銃を片手に身構える。
だが、
「駄目ですねぇ」
「がはっ……!」
杏子は歩乃香の華奢な足に蹴り飛ばされる。
地面を転がり、杏子は耐え難い痛みに苦悶を漏らす。
更に歩乃香は杏子に追い打ちをかけに跳躍してくる。歩乃香は杏子に馬乗りし、杏子の首を絞める。
「アハハッ!! この感触……首を絞めた時の温かさと柔らかさが堪らないです!」
歩乃香は眼光を鋭くし、悦楽に浸る。
そしてその感覚を強く味わうため、更に強く首を絞める。
「――おに、ぃちゃん……」
杏子は涙を流しながら、愛しき人の名を呼ぶ。
自らが殺してしまった、兄の名を。
「――っ!」
狂気に染まった歩乃香を、レイが突き飛ばした。
歩乃香はそのまま吹き飛んだが、すぐに体制を立て直す。
その隙を突き、杏子は逃げた。
レイは追いかけようとするも、歩乃香からの殺気にその場を離れることはできなかった。
「今、アタシを突き飛ばしただろ?」
「そうですが……何か問題でも?」
レイは笑い、歩乃香と対峙する。
そしてレイは吹雪に対して、鎧に備わった機器でメッセージを送った。
「アタシをよくも……よくも突き飛ばしたな! 殺す! 殺してやる!」
「できるものならやってみてよ」
嘲笑し、レイは身構える。
だが――レイの行動よりも歩乃香の行動の方が速かった。
ξ ξ ξ ξ ξ ξ ξ ξ ξ ξ
――俺は綾芽と共に屋上から保健室に戻った。
すると中から吹雪が歩み寄ってきた。
「――何をしてたんですか?」
「少しだけ話をしてた」
「そうなんですか……ん」
吹雪が真顔で俺を見つめる。
俺は気まずくなり、「ど、どうした?」と尋ねる。
「なんでもない……」
「そうか」
何を思っているのか気になるが、俺はあまり追及しないようにした。
「貴方も、変な真似はしないでくださいね」
「当たり前だろ、あたしがそんなことするわけない」
綾芽と吹雪が睨み合う。
「そういうことをしてきたくせにその発言ですか? 私には理解しかねます」
「あっそ、あたしもあんたのことは理解できないわ」
吹雪はそっぽを向き、綾芽は吹雪から俺へと視線を移す。
ユウは再び寝ているようだ。
吹雪に俺は一つ、問いかけた。
「そういえばこの後はどうするんだ? 学校の保健室で一日を過ごすのか?」
「それは忘れてました……」
吹雪はそう言い、何かを考える。
いつこの学校に再び白服の兇徒達が現れるか分からない。
その場合、深夜に襲われてしまったら一たまりもないだろう。
「――それは心配ありません!」
この場に、凛とした声音が響く。
聞き覚えのあるその声に、俺は目を見開いた。
「凛音……!?」
「紅さん、その……ここにいても危険ですから私の屋敷に来てください!」
「貴方は……? れ……紅君、この方は……?」
「俺の親友だ。悪い奴ではない」
「そうですか……ん」
吹雪は凛音を一瞥する。
そして、
「行きましょう」
吹雪は俺にそう言った。
「ユウは私が連れていきます。れ……紅君と、貴方は先に行ってください」
「分かった」
俺はそう言い、凛音の後に着いていく。
吹雪と凛音の発言に対して黙り込んでいる綾芽は、俺の後に静かに続いた。




