第2章32話 「一日の終わり」
――宵、溢美な装飾を目に一同は唖然とする。
流石は凛音の家……いや屋敷だ。
豪華絢爛で、豪勢なシャンデリアの下に綾芽が苦笑を漏らす。
「ええと、あの……ここが、家なの?」
「それがそうなんだな……まあ屋敷と言った方が正しいか」
俺は凛音の屋敷の特異さに、改めて頷く。
そして周りを見渡して、吹雪とユウの反応を見て見たが、やはり、ユウも驚いている素振りを見せていた。
「わぁ、初めて見た……シャンデリアとかも凄い……!」
きらきらと目を輝かせながら周りを見渡し、ユウはそう言った。
しかしながら、吹雪は無表情で恒常の様子だった。
「吹雪、お前はこういうとこに慣れてるのか? 平常でいるが」
「豪邸などには多々訪れたことがあるので」
「そうなのか……やっぱり仕事でか?」
「はい」
大変だな、と心の中で俺は思った。
「皆さんの部屋はこちらです」
俺は凛音の案内した部屋を見る。
やはり豪奢な扉だ。こんなのを開閉していたら肩の筋肉が鍛えられそうだ。
「あ、紅さんは別の部屋ですので」
「ん? 別の部屋?」
「はい」
俺は耳を疑ったが、それは事実だった。
気になるが、俺はそのまま凛音の進んでいく方へと着いていく。
すると、凛音が一度立ち止まり。
「――紅さん」
吹雪達のいる部屋から大分離れた途端、凛音が口にした。
「私と明理さんと或朱を置いて何をしてたんですか?」
「何って……学校に行って杏子を探してただけだが?」
「ずっと待ってましたよ……それなのに紅さん、あなたは……!」
凛音は俺の方に振り返る。
彼女の表情は怒りと悲しみに満ちていた。
「あの人達と何をしてたんですか! 私はっ、私と明理さんと或朱と一緒にずっとあなたの帰りを待ってました!! それなのにあなたは……!! どれだけ私があなたのことを心配していたと思うんですか!!」
「それは……」
「遅いですよ! 私はあなたが危険な目に合わないか怖くて仕方がなかったんです!! それは明理さんも或朱も同じです。それなのにあなたは……一体あの人達と話して何をしてたんですか!」
凛音は怒っている。
確かに、外はもう夜だ。
凛音が学校に俺達を迎えに来たのは、我慢の限界が来たからなのか。
俺は凛音達を待たせすぎた。すぐに戻って来ると言っていたのは俺なのに。
凛音は涙目で激情を露わにする。
「すまなかった。でも俺が杏子を探しに行ったのは知ってるよな?」
「知ってます……ただ、紅さんの帰りが遅くて……すみません、私がこんなに強情で」
「お前が謝ることはない。これは、俺が悪いんだ……」
俺は悔しさと不甲斐なさで凛音と顔を合わせられなかった。
己の失態が、あまりにも耐えがたく厭うべきだったからだ。
「何があったんですか、紅さん……詳しく話してください」
彼女がその台詞を口にし、そして視線は俺の包帯へ。
「血痕もありますし、包帯までしてます。だから保健室にいたんですね」
「ああ、そうだとも。保健室には包帯とかがあるからな」
吹雪は屹度、保健室の医療用具を使って俺とユウを治療したのだろう。
しかし、今は凛音に事情を説明しなければ。
「――実はこの傷は、杏子が付けたものだ」
「杏子さんが……? どうして紅さんに?」
「それが分からないんだ……」
『お兄ちゃん――もうそっちには戻れないよ』
悲し気な表情をし、囁かれたこの言葉。
この言葉が放たれた直後、俺は命を落とした。
しかし、謎の少女と出会って俺は今ここにいる。
一日の内に濃ゆすぎる場面を体験していたようだ。
「そうなんですか……」
凛音の表情が曇る。
「何か、あったんでしょうね……杏子さんは、そんなことする人じゃないと思いますし」
「杏子は、俺を殺そうとしてきたんだ」
「殺そうと?」
「そうだ。何の意図があってかは知らないが、あいつは俺を殺害しようと目論んでいた。これは……やはり白服とも何か関係があるかもな」
柚暉を操り、天を利用し、縷安を見せしめに殺し、怜那を目の前で殺し、こうやって杏子まで利用する――。
俺はそう考えると腹が煮えくり返るような思いがして仕方がなかった。
悔恨と赫怒が内蔵された思いだ。
「――絶対に、俺はお前達を許さない……」
主犯格の者に仇討をしたい。
俺は怨讐というなの狂気を滾らせ、憎悪で睨め付けた。
「取り敢えず、部屋を案内してくれ」
「はい……ここですが」
「そうなのか」
予め俺と凛音が会話していた真横にその部屋があったようだ。
「紅さんはこの部屋でゆっくりしてていいですよ」
「分かった……でもこの後凛音はどうするんだ?」
「私は自分の部屋で寝ます。おやすみなさい」
「あ、ああ、おやすみ」
俺は凛音と別れ、部屋の中に足を運ぶ。
そしてベッドに腰を下ろす。
すると、ベッドの布団が動き出し、後ろから俺に襲いかかってきた。
「な、なんだ!?」
俺は慌ててその布団の突進を躱した。
おかげで傷跡が開き、出血し始めた。
「くそ……また開いた」
俺は痛みと血の生温さに苦悶の表情を漏らす。
すると、布団がまた動き出した。
「お前は一体誰だ」
俺は布団を思いきり捲り、中にいた人物に目をやる。
すると、驚愕の光景を目にした。
「まさか……お前だったとはな」
「えへへ、ばれちゃった」
舌を出して気恥ずかしそうにする少女……基、許宮明理だ。
俺は溜め息を吐き、明理を睨む。
「お前、夜這いとかもしかして企んでいたのか? それとも凛音と俺をストーキングでもしてたのか?」
「正解だよ……凄いね、流石は紅君だ!!」
「正解したくなかった……」
俺は予想通りの動機に思わず喟然とする。
すると、明理が立ち上がって俺に顔を近付けてきた。
そして――、
「いい加減にしてくれないかな」
「――!?」
明理が俺の胸倉を掴み、睨み付けてきた。
表情が鬼のように恐懼を湛え、思わず俺は彼女の力に呻く。
「ぁ……な、何がだ……?」
「あの女共だよ。紅君はあのメスブタ共と何をしてたの?」
あの女共とは屹度、吹雪達のことを指しているのだろう。
「特にこれと言ったことはしてないぞ……杏子を助けに行ったら協力してくれるだけだし」
俺は苦しさを噛み殺し、明理に返事を返す。
すると明理は眉を顰めて、より一層拳に力を込めてきた。
おかげで俺の服の胸倉辺りが皺々になってしまいそうだ。
「いいから、真実を言って。あのブタ共に発情なんてしてないでしょうね」
「してないしてない」
「ん……それならいい」
「はぁ……はぁ」
明理がやっと胸倉から手を離してくれた。
俺は息を荒げながら、明理の方を見つめる。
「あと、凛音ちゃんとも変な真似はしないでね。私、許さないから」
「するわけないだろ……交際相手じゃないのに」
苦笑しながら俺は返す。
「じゃあ私とは?」
「しない」
「は?」
明理が俺を睨み付けてくる。
「どうしてしないの? もしかして……恥ずかしいのかな? それともエッチなんてしたことないから仕方が分からないとか?」
「別にそういうわけじゃ……ていうか遠回しに俺のことを童貞と煽ってないか?」
「気にしないで」
「いや、気にするだろ……別に童貞じゃないし」
「図星だね」
「違うんだがな……まあいいか、はぁ」
明理の揶揄を聞き流し、俺は再び溜め息を吐く。
今、明理は笑っている。本当に喜怒哀楽の変化が凄まじいな。
「あと気になるんだが、明理と凛音はいるけど……或朱はどこにいるんだ?」
「或朱ちゃんもこの屋敷に泊まってるよ。もしかして変な気でもあるの?」
「ねぇわ! 部屋がどこなのかすら分からないのに夜這いを企む馬鹿がいるかよ」
「自己紹介してるの?」
「酷い煽り方だ」
俺は明理の毒舌?に頬を引き攣らせる。
まあ三人とも無事でよかったが、碧五と他のクラスメイト達の安否が気になる。
無事だと良いんだが。
「ていうかまだ夕飯食べてないな……風呂にも入ってないし」
「一緒に食べる? 一緒に入る?」
「何故そうなる。その選択肢は俺の頭の中にはないぞ」
「ご飯にする? それともお風呂にする? それとも……」
「言い方を変えても意味ないがな」
俺はツッコミを入れ、部屋の中を見て回る。
ふむふむ、風呂などの設備は備わってないか。まあホテルじゃないんだしな。
「最後に凛音に聞いておけばよかった。吹雪達も困ってるだろうしな」
俺は凛音の家には訪れたことこそはあるが、間取りを完璧に把握しているわけではない。
一刻も早く血腥い身体を水で洗い流したい。
「屋敷の大浴場なら沸いてるよ?」
「まじか、どこにあるか教えてくれ」
「紅君、やっぱり私と入りたいの?」
「お前一回入ってるんだろ? 二回も入る必要はないだろ」
「深夜にお風呂に入るのは最高だよ、誰もいない静かな空間で虫の音を楽しむのは」
「露天風呂もあるのか?」
「あるよ」
「最強だな。凛音、分かってるな」
俺は心の中で凛音に感謝をした。
実は俺は温泉が好きなのだ。まあこんなこと言っても誰に需要があるのかは分からんが。
「案内してくれないか?」
「いいよ。でも」
「でも……?」
「私と一緒に入ってくれない? 紅君のお家に行った時は入ってくれなかったし」
「言うと思ったよ……はぁ」
俺は溜め息を吐き、明理と共に大浴場へと歩み出した。
ξ ξ ξ ξ ξ ξ ξ ξ ξ ξ
――湯気が立ち込め、とても暖かな空間へと俺は辿り着いた。
それは秘境のように美しく、俺はその景色が目に焼き付いた。
「なんだこの空間は! 温泉好きの俺にとっては極上じゃないか!」
明理を脱衣所で何とかして追い返し、俺は一人浴場の中で欣喜雀躍としていた。
「久しぶりにこういう感覚を味わったな。前に紡戯と行ったきりで温泉とかには行ったことなかったからな」
俺は足を運び、桶を手に湯を身体にかける。
湯浴みを終えて、俺は湯船の中に飛び込む。
「気持ちがいいな……そういえば露天風呂もあるんだっけ?」
俺は歩き、そしてその場所を見つけた。
「ここか……凄いな。絶景だ」
俺は露天風呂の湯船に浸かり、夜空を見上げて凛とした空間を一人楽しむ。
ああ、星々が瞬いて燥いでいるぞ。
「それにしても、今日は疲れたな……早く寝て身体の疲れを取りたいところだが。取り合えず今は湯に浸っていよう」
身体を呑み込んだ湯の中で俺は寛ぐように浸かっている。
虫の心地が良い音色が聞こえ、俺は心の底からリラックスしていた。
「たまには一人で、こうやってゆっくりと寛ぎたいものだな。一人旅とかよさそうだな」
お金も家賃には回してるものの、ぼちぼちバイトで稼いだ小遣いがある。
それを消費して一人旅でもしたいな。
「さて、のぼせない内に上がるか……」
俺は湯船から身体を出し、脱衣所へと向かう。
身体をタオルで拭き、下着を着用して浴衣を身に纏う。
そして俺は元居た部屋へと向かう。
「ん、こんなところもあるのか……」
俺は浴場近くにある、テラスを目に留めた。
そしてテラスへと歩き、外の景色を眺める。
「こんな場所もあるなんてな。それに何だかここは落ち着くし、いいな」
俺はテラスに置かれている椅子に座る。
そして目の前に広がる林を眺める。
「荘厳で何とも神々しいな……」
俺は吐息混じりにそう呟く。
「そうですよね。ここはとても落ち着きます」
「お、凛音いたのか」
後ろから凛音の声がし、そして凛音は隣にある椅子に腰かけた。
「紅さん、これどうぞ」
「ココアか……助かる」
凛音が俺に持ってきたココアを受け取り、俺はカップに口を付ける。
ココアが口の中に運ばれてきたと同時に、たちまち口の中に温かさと甘さが広がった。
俺は一口を飲み干し、そして吐息を吐く。
「凛音、寝るとか言ってたけど寝なかったのか?」
「中々寝付けなかったので……それに私は寝付けない時は毎晩こうやってこの場で寛ぐんです」
「なるほどな」
俺は凛音にそう返し、もう一口ココアを飲む。
「それにしてもここは本当に落ち着くなぁ。このまま眠れそうだ」
「ふふ、ここで寝ちゃったら風邪ひいちゃいますよ」
「そうだな」
凛音の嬉笑を隣に、俺はココアを嚥下する。
そして欠伸をし、凛音の方を向く。
「なあ凛音」
「何ですか?」
「碧五と1ーA組の生徒達はどうなったんだろうな」
「そうですね……」
凛音の表情が嶮しくなる。
「紅さん……」
「――っ!? り、凛音?」
凛音が俺の頬にキスをした。
すると彼女は俺の反応に笑みを零す。
「悪戯ですよ。眠そうにしてるから、つい」
「眠そうって……まあ、確かに眠いな」
「今日はもうお休みになってください。さあ、部屋に戻りますよ」
「そうだな」
俺と凛音は立ち上がり、テラスを後にする。
「凛音、今日は疲れたな」
「はい」
凛音とそんな他愛ない話をしながら、俺は進む。
「じゃ、また明日な。おやすみ」
「おやすみなさい、紅さん」
凛音と別れ、俺は部屋に戻る。
そしてベッドに飛び込み、仰向けになった。
「歯磨きしよ……」
俺は起き上がり、そして歯ブラシがないことに気付いた。
せめてうがいでもしようと、うがい薬を手に口の中を漱ぐ。
そしてベッドに再びダイブし、目を瞑る。
「――やっと戻って来た」
「明理か……俺はもう眠いんだ。相手はしてやれないぞ」
「むぅ、本当は沢山話したかったけど、紅君は疲れてるよね。おやすみ」
「ああ、おやすみな」
俺は欠伸をして微睡に身を任せた。
明理も同様、俺の隣で就寝したようだった。
本当に今日は、いつもよりも濃い日だった。




