第2章27話 「災禍」
――血腥い廊下を歩き続け、遂に紅一行は1-A組に到達した。
教室の中はどうなっているのか、気になる反面、視野に映したくないという思考があった。
俺は固唾を嚥下する。
「――行くぞ」
俺はゆっくりと教室の戸を引いた。
すると目の前に広がっていたのは、
「嘘、だろ……」
今までクラスで会話をしてきた者達の顔ぶれが多勢だった。
そう、死体が散乱していたのだ。
だが何故か顔だけは認識できるように残されている。
惨状を目の前に、明理は嘔吐する。凛音は膝を付き、絶望感で透明な涙を流している。
俺は一度もその場から動けなかった。
自らが息をしているのかどうかさえ、理解できないほどに頭が揺蕩う。
脳内が蹌き、気を抜いたら倒れてしまいそうだ。
「なんで、こんな……!」
凛音が啼哭しながら口にする。
俺は奥歯と唇を噛み締め、不動だった足を強制して動かす。
一歩歩むと、誰かの臓器を踏んだ。ぐちゃりと気味が悪い音を発し、嘔吐感を堪えつつ俺は進む。
惨状を踏み進み、そして数人の少女と少年に目が向いた。
「柾納……」
そう名を呼び、しゃがんで俺は頭部が抉られた少年の頬を撫でる。
そしてもう二人。
「菊に、鋳杜弥……」
下半身を失った少女と、腸を飛び出して吐血した少年を見つめる。
まだ、死者はいる。
クラスの者大半がこの事件の犠牲者となっている。
「どうして……お前達が死ななくちゃ……」
俺は声を震わせながら、涙が滲む眼球を動かす。
だが、何故かこの死体しか存在していなかった。
「まさか、逃げ遅れたのがこの三人だったのか。それで他の生徒は廊下で捕まって惨殺されたのか……」
有り得る回答を導き出し、俺は怒りを込めて立ち上がった。
後ろで明理と凛音が泣きながら絶望している。
俺はその二人に近付き、
「必ず、仇は取ろうな」
「うん」「はい」
二人は静かに答え、俺の後に付いてくる。
「これは……杏子のリボンなのか」
杏子の机に置いてある血塗れの二つのリボンを手にして、俺は口にする。
不意に嫌な考えが脳裡を過る。
「杏子……杏子!」
可憐な微笑が脳裡に想起される。途端、悲嘆と絶望が胸に押し寄せた。
俺は叫び、涙を流す。
「れ……紅君!」
すると、俺の眼前に武装した吹雪が姿を現した。
機関銃を手にし、鎧の様なものを装着している吹雪。
流石は悪友だ。
「れ……紅君、気を付けて。敵はまだいる」
「なっ――!」
吹雪の頭上から白服の兇徒達が姿を現し斧と刀を持って吹雪に襲い掛かる。
吹雪はそれを手にした盾で振り払う。そして機関銃で兇徒を一人残らず抹殺した。
「ユウとレイは別の場所で戦ってる。れ……紅君もお二人も気を付けて」
「――分かった」
俺は二人の方を向く。
「急ぐぞ」
「「――?」」
状況に追いついていない明理と凛音を連れて、俺は走る。
急がなければ、俺が吹雪とユウとレイの足を引っ張ることになる。
「紅さん!」「紅君!」
「大丈夫だ、俺にしっかり掴まってろ」
俺は全力疾走して廊下の窓から飛び降りる。
二人を抱え、俺はそのまま落ちていく。
ここは3階だった模様だ。俺は運動場に着地すると、そのまま走り出す。
すると、目の前に三体の兇徒達が現れた。
俺は立ち止まり、対峙する。
後ろで二人は震えながら、身を隠す。
「クソ……こんな時に」
悪態をつき、俺は身構える。
だが白服の兇徒は一瞬にして、頭を粉砕されて一掃された。
「大丈夫、瀲さん?」
可憐な少女が、後ろを振り返って言った。
彼女もまた吹雪と同様に鎧を纏って巨大なハンマーを手にしている。
常人になら扱えないほど重量のありそうなハンマーは、少女の華奢な両腕で握られている。
俺は微笑み、頼もしい背に声を返す。
「大丈夫だよ、ユウ」
「はい!」
紫水晶の髪を躍らせるユウは返事をし、跳躍してどこかへと去った。
一連の流れを後ろで垣間見ていた二人は唖然としていた。
「あの跳躍は凄すぎませんか……」
「本当に人間なのかな」
「さあな……」
俺は嫌な記憶を思い出し、一度立ち眩みがするも気張って校外へと向かう。
すると、校門に差し掛かったところで、
「――紅!」
銀髪を躍らせながら近付いてくる少女がいた。
俺はその再会に嬉々とする。
「紅……校内はどうなってるんだ……?」
血塗れの服装を目にした或朱が俺に問う。
すると後ろにいた明理が口を開いて、感情のない声音で答えた。
「――みんな死んじゃった」
「な、何があったんだ!?」
もしかしたら放課後にこの事件は起きたのかもしれない。
だとしても、部活で学校に残っていた人は殺戮された――。
俺は暗くなる思考を、無理矢理押し殺して今は邂逅した或朱に声をかける。
「或朱が無事で良かった……でも、他のやつらはどうなったんだ」
柾納達三人以外の生徒の行方が気にかかる。
俺は焦燥で騒く胸中を軽く宥め、或朱を見つめる。
「部活に入ってない人は帰ったと思うけど……入ってる人は、学校に……」
「やっぱりか……」
この学校では生徒の大半が部活に所属している。
「杏子は確か……」
帰宅部だったかはよく分からない。兄でもある俺が杏子が部活に入ってることすらを理解できていないことが不甲斐ない。
不穏当な現状では、杏子が惨劇に見舞われたと吝か思いたくない。
辟易の果てに、俺は或朱と凛音と明理を順番に目に映し、口を開いた。
「お前達は逃げろ。――俺はもう一度校内に戻る」
俺は決意を決めた表情をして、三人に言った。
「な、何言ってるんですか!」
だが、凛音だけは俺に反論を呈した。
俺は驚き、三人を置いて踏み出そうとしていた足をとどめた。
後ろで、凛音は顔を赤くして憤慨している。
「紅さんはまたそうやって……自分を大切にできないんですか!」
「何を言ってるんだ……?」
「前だって『俺が殺される』とか言っておいて、私達に――」
「――もういい」
「な、何を……」
饒舌に、激怒に声を震わせながら述べる凛音。
だが俺の制止に憤慨は一時収まり、唖然へと移ろった。
口をぽかんと開けながら俺を見つめる凛音は、軈て怒りが戻り唇を噛み締めていた。
俺はそんな様子の凛音に、酷く感情の消え失せた表情で答えた。
「もういいんだ。俺は――」
「もういいなんてこと、あるわけないじゃないですか! 私は紅さんに生きててほしいんですよ!」
「薄情者でごめんな。この事件が起きた原因は俺にある」
俺は口元を綻ばせる。目だけは綻ばせずに。
「怠惰で、無気力な日々を送ってきた俺にとって、ここが死線だよ。お前達には理解できないと思うがな」
悪行を繰り返した俺にとって、ここで死んだ方がいいのではないのだろうかと、思考が宣う。
半面、学校へは戻りたくないと叫ぶ心中が在った。
だが俺は両方の意見を咀嚼し、校内に戻り生存者を他に探すこととした。
吹雪達にも助勢する予定だ。
もう一度、俺は静かになった凛音を見て口を開く。
「行ってくる。生きてたら、また楽しく遊ぼうな」
笑いながら手を振り、俺は去る。
だが俺の歩みを止めたのは、やはり凛音だった。
「紅さんの大馬鹿!!」
俺は右頬を叩かれた。
俺は突然の展開に目を見開く。
目の前で、凛音は涙を流しながら憤っている。
「どうして、どうして……どうしてそうやって自分を傷つけるんですか! 死ぬのが、怖くないんですか……」
「自分を傷つける、か……」
「だってこんな危険な場所に、紅さんはっ……紅さんはっ……!」
傲慢だが、納得のできることを口にする凛音。
俺は今、自分の生きている意味を知ったような気がした。
――俺のことを、ここまで……。
嬉しさに胸が弾む。
しかし、俺は忖度もない現実を想起し、
「ありがとう」
「紅さ……ぁ」
俺は凛音の項辺りを軽く叩く。すると凛音は気を失い、倒れた。
倒れた凛音を明理が支える。
「明理、或朱。そして凛音。――あとは任せた」
俺はその一言だけ残し、学校へと戻った。




