第2章24話 「激白の展開」
――最悪だ。
凛音の屋敷に遊びに行くと約束したものの、今日は放課後に生徒会で集まらなくちゃならない用事があるんだった。
――ということで今、俺は頭を抱え、机上で途轍もなく長考していた。
実は俺は生徒会長になっていたのだ。
怜那から頼まれ、俺は仕方がなく委任したのだが……。
まさかこんなに大変だとは思ってもいなかった。
しかも生徒会長だから生徒会の活動には必ず参加しなければならない。(生徒会長じゃなくても生徒会のメンバーなら誰しも参加しないといけないと思うが)
「――れーなーい! くーれなーいってば!」
「いや、やっぱり凛音の悲しむ顔は見たくないし、だからと言って生徒会の活動で生徒会長が不参加など……って、おあっ!」
顔を上げた俺と、顔を近付けていた或朱。
その距離は一寸ほどしかなく、或朱の甘い匂いや吐息がすぐ傍で感じられた。
大きく後退した俺は再び席に戻ると、或朱は俺を睨視した。
「紅、なんでオレのこと無視した挙句後ろに逃げるんだよ。オレのこと嫌いなのか?」
「いや嫌いとかじゃなくて普通に驚いただけだ」
「本当に?」
「本当だ」
或朱は機嫌を戻したのか、腰に手を置いて、
「ならよかった。実は話があるんだ」
「話……?」
「そうだ。実はオレ、生徒会書記として勤めることになったんだ!」
「そうなのか!」
俺は嬉々のあまり、大声で机に手を着いて或朱の顔を真っ直ぐと見つめた。
或朱は気恥ずかしそうに、でもどこか嬉しそうに髪を弄りながら視線を返してくる。
「よし! これで生徒会内でボッチを卒業できるぞ!」
「え……? 紅っていつも生徒会で一人でいるのか?」
「言いたくないが、そうだな」
俺は吶り、そして誰にも聞こえない大きさで呟いた。
「――話し相手は皆殺されたからな」
縷安と怜那は『K』によって殺害された。
烈徒に関しては忽然として姿を眩ましている。
あと一人律椰という人物がいるが、それに関してはノーコメントで。
「そうなんだな……紅、オレが着いてるから大丈夫だぞ!」
「或朱……やっぱりお前は可愛い奴だな」
「か、可愛いっ!?」
赤面した或朱を眼前に据え、俺は凛音との約束を想起した。
一度、凛音と話してみるか。
俺はそう決意し、スマホで凛音にメールを送った。
「さて、あいつはどうするか……」
俺は幸先に訪れる嫌悪感を呑吐し、或朱を隣に連れて屋上へと向かった。
ξ ξ ξ ξ ξ ξ ξ ξ ξ ξ
――瑟々とした風で雪白の髪が揺れる。
口の端を硬め、ただ未来永劫に繋がる空を眺めていた。
「瀲君……やっぱり私はこんなこと嫌です」
幾度となく雲を泳がせる蒼穹を一度だけ睨み付けると、病的なほどまでに白い肌と髪をした少女は不意に後ろから後頭部を殴打された。
「がっ! な、何が……」
少女は振り返り、涙目で殴打してきた人物を睨め付けた。
するとそこにいたのは眼帯を掛けた隻眼の少女だった。
群青の髪を躍らせ、無邪気に微笑む少女は口を開いた。
「久しぶりですねぇ、吹雪さん」
「最悪の邂逅です……歩乃香」
息を整え、痛みを堪えながら吹雪は歩乃香と対面する。
歩乃香との間に沈黙が訪れ、吹雪は空気が重苦しくなる錯覚を覚えた。
息を吐くことすら緊張して喉が閊えてしまう。
呼吸器が思うように働かない。
だがそんな吹雪とは反対に、歩乃香はただこちらを見つめてきているだけだった。
その視線に身が焼き焦がされるかの様な恐怖と痛みを覚えた。
――どうしてこんなに足が震えるんだろうか……。
手汗を掻いた両腕と、歩乃香を前に突然震えだす両足。
何故か竦む足と不動の身体に、吹雪は怒りを覚えた。
――こんなところで動かなかったら、また私はっ……!
血塗ろの景色と泣き叫ぶ少女――。
今では思い出したくもない記憶の断片を想起してしまい、吹雪は瞳に影を浮かばせた。
無機質な双眸で、立ち竦む。
「そうか……やっぱりそうだったんだ。だからこんな……!」
自分で自分を強く糾弾し、吹雪は感情の湧かない脳を操作して口を開く。
すると、今まで静寂の中視線を送らせていた歩乃香が言葉を発した。
「吹雪さん……やっぱり変わらないんですね」
どこか悲壮に満ちた表情をし、歩乃香は吹雪に背を向けた。
「“あの時”は吹雪さんが悪いんじゃありません……」
「――」
緘黙している吹雪に、歩乃香はこう言った。
「――全て瀲さんが悪いんですから」
Φ Φ Φ Φ Φ Φ Φ Φ Φ Φ
――燦々と太陽が光を放つ最中、屋上へと俺と或朱は足を運んでいた。
或朱は隣でスキップしながら着いてきている。
俺は少しだけ汗を掻きながら屋上の奥にいる赤髪の少女へと声をかけた。
「待たせてごめんな」
「あ、紅さん! 別に謝ることも無いですよ、これぐらいへっちゃらです!」
「へっちゃらって……まあいいか、とにかく話がある」
「話……!? やっぱり屋上に呼び出したから……」
何故か顔を赤くした凛音。
すると或朱がにやりと笑って凛音の隣へと向かった。
「いいか、凛音。これは――」
「ひゃっ……! そ、そんなことをされるのですか!?」
「にひひ、そうかもな……!」
「うぅ……」
俺は或朱を睇視した。
だが或朱は「オレに任せろ」とでも言ったつもりなのか親指を立てて、ウインクをした。
或朱は一体、凛音に何を言ったのだろうか。
もじもじとしながら、時々ちらりとこちらを見ては再び視線を逸らす凛音の行動に、俺は途轍もなく嫌な予感がした。
「おい、或朱……一体何を言ったんだ?」
「何のことかなー? ではお二人で楽しんでねー!」
「ちょっと待て、或朱!」
走って屋上から去り行く或朱を立ち尽くしたまま見送り、俺は気まずい気分で凛音の方へと振り返った。
「あの、だな……その話とやらがだな」
「紅さん……うぅ、駄目です! その話はまだ早いです!」
凛音は俺の口を塞ごうと、俺の唇を両手で覆った。
うまく言葉が紡げずに、会話は打ち切られる。
なんとか凛音の両手を口元から離し、俺は息を荒げながら言葉を発する。
「待て! ちゃんと人の話を聞け!」
「紅さん……それは如何にも強引ですよ……」
「あのな、凛音。お前は勘違いしすぎなんだよ」
「え」
目を点にして俺の方に視線を飛ばす凛音。
俺は咳払いをして話を始める。
「凛音、予定が急に入って今日俺はお前の家で遊べなくなった」
「それは……?」
「生徒会の仕事があったんだ。事前に俺がそのことを知っていればよかったんだが……凛音、ごめんな」
「――」
俺の謝罪に、凛音は寡黙する。
だが、その行動もすぐに止み――、
「そう、ですか……私も紅さんに迷惑かけてごめんなさい。じゃあ、また今度遊びましょうか」
声を震わせながら、どこか悲しそうにする凛音。
絞り出したかの様な悲壮を含有した声音に、俺は衝撃を覚えた。
そんな凛音に、俺は――、
「――紅さん!?」
突然の俺の行動に、凛音は驚嘆していた。
俺は凛音を優しく抱きしめていたのだ。
「今まで悪かった。凛音のこと、気遣ってやれなくて」
「何のことですか……?」
不思議そうにしている凛音の表情を見て、俺は更に自分が犯してきた過ちに心が苛まれる。
「我慢、しなくていいんだぞ」
「紅さん……」
すると凛音は、目の淵から涙を流していた。
「私、紅さんのことが好きです! でも私は、私はもう……」
「俺が、傍にいてやれなくてごめん……」
こんなことで許されるとは思っていない。
あの時、俺はニュースを見たのだ。
高校生の少女がある男に強姦されかけたというものだった。
未遂には終わったものの、心の中にはずきずきと痛む深い傷を植え付けられただろう。
俺はその話を聞き、一番にその少女が凛音だと気づいた。
凛音が凛音じゃなくなってしまったということには、即座に理解していた。
だがどう声をかければいいのか分からなかった。
「本当にごめん、凛音……」
謝って許されるわけがないが、それでも今、俺にはこう言うしかできなかった。
凛音は滂沱とし、俺の肩にしがみつく。
そんな凛音を目前に、俺は瞑目する。
「怖かったです……怖かったです……!」
凛音の慟哭と激白に、俺は『K』へと怒りを募らせた。




