第2章21話 「ライブ」
――学校を終え、俺は杏子と共にライブ会場へと訪れていた。
今は十六時、ライブの開始時間は十八時、間に合うか?
「まあ、ライブ会場が近くて良かったよ」
「楽しみだね」
「ああ、そうだな」
俺は杏子とそんな会話をしながら、大量の歓声が轟く会場内を見渡した。
熱狂的なファンが集い、会場内の気温は段々と上昇していく。
汗一つもかいていない杏子をちらりと見て、少し驚きつつも、俺はステージの方へと目を走らせた。
「――みんなー! 今日は来てくれてありがとー!」
そう、自称スーパーアイドルの堊璃瑠がスポットライトと共に会場内に姿を現した。
「じゃあ、早速だけど行きます! 『恋の列車はドキドキ胸の中に♡』」
「題名の意味が分からねぇ……」
俺は苦笑しながら、璃瑠の声に耳を澄ます。
「ねぇお兄ちゃん、璃瑠ちゃんって意外と歌上手いんだね」
「それもそうだな。流石は歌って踊れるアイドルと言ったところか。実力が生半可じゃない」
俺は璃瑠の美声を鼓膜に流しつつ、彼女の踊りを目に焼き付けた。
スカートが揺れ、ステップを踏みながら璃瑠は歌う。
不意に、璃瑠は俺の方へと目を向けてきた。
そして、ウインクをした。
「これが『ファンサ』というやつか……!」
俺は感慨深い行動を目にし、小さくガッツポーズをする。
そんな俺の行動を、杏子は睨んでいた。
「お兄ちゃん」
「はい、何でしょうか……?」
無駄に畏まった俺の発言を耳にし、更に杏子は眉を顰める。
屹度俺の行動に何か原因があったのか? それで杏子は鼻白しくなってしまったのだろうか。
「もしかして、璃瑠ちゃんのこと好きなの?」
「え? 別に好意を抱いているわけではないけど……」
「ふ~ん、それならよかった。ほらお兄ちゃん、次の曲になるよ!」
「あ、ああ……」
冷淡な声音を、元の明朗な声色に戻して俺の視線を璃瑠の方へと移ろわせる杏子。
すると璃瑠の後ろにあるスクリーンへと、一つの工場の中の映像が流れた。
そしてそれは明滅し、軈て暗闇へと変貌した。
「聞いてください。『Dead・Climax』!」
「おお……」
俺はがなりながら叫ぶ璃瑠に驚嘆した。
がらりと雰囲気が変わった璃瑠の姿に、目を奪われたのだ。
そしてエレキギターの著しい演奏が流れ、璃瑠は口を開く。
「明後日も、今日の酩酊を忘れられない。曇って澄んでいく天に広がるのは絶望か希望か!!」
かなりの高音を出し、力強い歌声が鼓膜へと強烈に入り込んでくる。
これには会場内のファン達も驚いている様だ。
「明瞭な詭弁も、吐いた綺語も、全ては僕の心情」
「満たされない心に開いた穴は、君を壊してく!」
一度足を開くと、璃瑠は目を大きく見開き、サビへと突入する準備をする。
「消えた、君の姿を追って! いつまでもまやかしに囚われていた僕が間違いだったのさ!」
「賭けに巣食われた絶望も輪廻、嵩んでいく」
「檮昧な現状!」
会場内に轟く大声で、璃瑠は曲の一番を終わらせた。
俺は璃瑠の歌を聞きながら、不意に冷や汗をかいていた。
「汗……?」
俺は頬を伝う汗を指で拭うと、意味が捉えられずに困惑した。
だが「屹度、会場内が熱いせいだろう。それに夏だしな」と思って見過ごした。
軈て曲が終了すると、会場内は拍手と歓声に包まれていった。
ξ ξ ξ ξ ξ ξ ξ ξ ξ ξ
――その頃、隻眼の少女は。
「――ふふっ、楽しみですねぇ……」
王城の様な家の、部屋の中で歩乃香はそう言った。
頬を赤らめ、まだ目に見えぬ結果は出ていないが、“それ”はとても喜ばしいことだった。
「お嬢様、それはとても喜ばしいですわね」
「そうですよねぇ? 侍女さん」
長い金髪を垂らした少女に、歩乃香は笑いかける。
だが少女は歩乃香の笑顔を前に、表情を何一つ動かさなかった。
柳眉と明眸どちらも不動なまま、時は過ぎた。
すると歩乃香は溜め息を吐き、自分の腰かけていた椅子にぐたっと凭れる。
「やっぱりつまんない奴ですぅ……」
「すみません。なるべく明るくて気品の良い、笑いも取ることのできる侍女を演じたのですが」
「嘘つけ!」
歩乃香は少女の発言に怒声を飛ばした。
すると少女は寂寥感の籠った表情をし、歩乃香に言葉を返した。
「やっぱり、こんなのは嫌ですわ――紅さん」
涙目で今はまだ会うことのできない少年の名を呼び、少女は悲しげに呟いた。
Φ Φ Φ Φ Φ Φ Φ Φ Φ Φ
「ありがとうございましたー!」
璃瑠が一礼する。
「終わっちまったのか、ライブ」
俺は何だか寂しさを感じた。
だがそれを無理して呑み込み、杏子の方へと視線を向けた。
「終わっちゃったね……」
「ああ、そうだな。早く帰って寝るぞ」
「うん、そうしよう。私も疲れたよ。ふぁ~」
欠伸をする杏子を隣に、俺は他の客達と共にライブ会場の出口へと向かう。
そして外へと出て、俺と杏子は商店街の方へと足を運ぶ。
ちらりと、俺は身に着けた腕時計を見る。
――十時か。早く帰って風呂に入りたい。
「あ、それ明理ちゃんとおそろいの時計じゃん! 私も欲しいよ!」
「駄目だ、金がない」
「むぅ、本当はあるくせに」
「確かに頑張れば変えないことはないが……流石に無理がある話だな」
俺は歩きながら、そう言う。
歓楽街を抜け、続いて住宅街へと踏み込んだ。
人気が一気に少なくなり、明りが街灯と月光のみの歩道を、俺と杏子は進む。
「それにしても……璃瑠ちゃん凄かったね。ほら、あの『Dead・Climax』ってやつ」
「確かに、あれは凄かったな。普通のアイドルとは思えない」
力強い歌声と高音を俺は思い出した。
ゴスロリ要素の強い衣装を身に纏い、華麗なステップを踏む璃瑠。
そんな光景も、今尚鮮明に思い出すことができる。
しかし、それと共に嫌な感情までも思い出してしまった。
「汗をかいていたのは何故だろう……」
本当は夏の熱さのせいだと思うが、それだけの理由では腑に落ちなかった。
でも、一つだけ分かった気がする。
「ああ、そうか。そうなんだ……やっぱり俺は――己は」
「――失敗作だなぁ」




