第2章20話 「昼休みの事々物々」
――美紗紀との話を終え、三、四時限目を何とか終了した今、俺は弁当を誰と食べるか悩んでいた。
だがそんな悩みも考える暇すらなかった。
「紅さんと食べるのはこの私です!」
「いいや、私だよ!」
「お兄ちゃんは私と食べるの!」
「紅はオレと食べるだろ?」
「いいや、このアタシですよぉ!」
五人の怒号が飛び交う。
各々の主張と目線が、一斉に俺に向けられる。
「「「「「誰と食べますか!」」」」」
と五人全員がシンクロして俺に問いかけてきた。
俺は口を開くも、彼女達一人一人の視線が俺を強く見つめているため何と言えばいいのか困惑してしまう。
――お弁当を一体誰と食べるべきなのか。
更にこの誰と食べるか選ぶことにより、俺は運命の相手を選ぶのと同等の緊張感に襲われている。
この状況の最適解は――、
「全員で食べるか」
俺がそう言った途端、何故か全員残念な表情をしていた。
おい、俺と食べたいんじゃないのか。別にどんな体でも一緒にお弁当を食べているということには変わりないだろ。
「――れ……紅君。一緒に食べましょ」
「吹雪?」
俺は教室の中に入ってきた雪の様に白い髪と肌をした少女を見た。
すると吹雪の後ろから碧五も飛び出してきた。
「おーい! 紅君! 一緒に食べましょう!」
碧五は俺に手を振ってくる。
ふむふむ、これで俺合わせて合計八人だな。
ていうか、俺、こんなに女友達多かったのか。七人もいるんだな。
「――驚愕だな。ということで、今日は教室じゃなくて校庭で食べないか?」
「確かに、それはいいですね……」
凛音は相槌を打つ。
「皆さん、それでいいですか?」
全員頷いた。
――ということで、今俺達八人は校庭に訪れている。
自然の豊かな場所にあるベンチの上でお弁当を食べるのは、最高なんだよな。
と思いつつも流石に八人という大人数となればベンチの数が足りなかった。
なので何人か地べたで食べることに。
「紅さん、ベンチの上で食べましょう!」
「オレが隣な!」
「ちょっと、私が隣だよ!」
「お前ら……なら俺は地面の上で食べるぞ。制服、汚れちまうだろ?」
汚れるのは俺だけでいい。
俺は芝生の生えた土の上に腰を下ろそうとしたが、直接座る必要はなかったみたいだ。
「大丈夫。れ……紅君、隣は私が座る」
「どっから持ってきたんだ……?」
どこからかレジャーシートを取り出した吹雪。
しかもそのレジャーシートはきっちりと二人ぐらいしか座れないようになっていた。
凛音達がベンチの上で悔しそうにしている。
まあ、仕方なくここで食べることにするか。
俺はお弁当の蓋を開ける。
「あむ」
可愛らしい声が耳元で聞こえた、と思ったら俺のお弁当の中にあったタコさんウインナーが一つなくなっていた。誰か盗み食いした輩がいるな。その盗み食いの犯人はすぐ隣にいた。
「お兄ちゃん、もう一口~!」
「しょうがないな、ほら」
「ありがと、お兄ちゃん!」
タコさんウインナーを頬張る杏子。
すると隣から吹雪が、
「あむ」
杏子と同じように何かを食べた。
だがそれは俺のお弁当に入っているものではなく耳朶だった。
「おい、吹雪。どこを甘噛みしてるんだよ」
「耳朶だけど」
「俺の耳朶は食べ物じゃねぇよ!」
「じゃあ何?」
「怖い……この人」
俺はそんな軽口を叩きながら、おにぎりを一口食べる。
すると、歩乃香と或朱が突然現れて俺のおにぎりを齧った。
「おい、お前ら……」
「ちょっと歩乃香! 紅のおにぎりはオレのだぞ!」
「何言ってるんですかぁ? これはアタシのものです」
「お前らなぁ、喧嘩するなら俺が全部食べるぞ」
そう言って、俺はぱくっとおにぎりを口に入れた。
すると歩乃香と或朱が顔を赤くして、羞恥していた。
「く、紅っ! た、食べたのか……オレが口付けたところ……?」
「瀲さん……うぅ、恥ずかしいよぉ……」
まずそんなに恥ずかしいのなら俺のおにぎりなんて勝手に食べるなと言いたかったが、敢えて言わないようにした。
「美味しそうだな……一口食べていいか?」
「く、紅さん……!? い、いいですよ」
俺は凛音の隣に座る。
凛音は俺を一度見て顔を赤くするが、俺は気にせずに距離を詰める。
「じゃあこの卵焼きを頂くぞ」
「あ、はいっ! いいですよ……」
何故かぼーっとしている凛音を不思議に思いながらも、俺は凛音の弁当から卵焼きを抓み、口に入れる。
途端、口内に甘い味覚が走り俺は頬が蕩け落ちてしまいそうになった。
すると、後ろから碧五が凛音の弁当を覗き込みながら、
「わーこれ、美味しそう! 私も食べますよっと」
「は、はい……どうぞ」
「むむっ、美味しいですな!」
「あ、ありがとうございます……」
碧五は美味しそうに凛音の卵焼きを頬張る。
「この卵焼き美味しいな……凛音が作ってるのか?」
「はい、そうです。私、最近料理始めたので!」
えっへんと胸を張る凛音。
碧五も俺と同感の様子だ。
「私も、食べる……」
吹雪が俺の背後から顔を出した。
俺は肩を飛び跳ねさせて驚きつつも、凛音の顔を窺う。
「いいですよ」
「ありがとう……」
吹雪は卵焼きを箸で抓み、一口齧った。
そして、無表情で「美味しい」と口にした。
「れ……紅君、こっち向いて」
「へ? な、何でしょうか……?」
急に吹雪が俺に声をかける。
俺は吹雪の言う通り、吹雪の方に顔を向けた。
すると、吹雪がもう一口卵焼きを齧った。
――何をするのだろうか。
俺は吹雪の出方を窺いながら、息を呑む。
すると、吹雪が行動に出た。
なんと、俺の口に食べかけの卵焼きを押し付けてきたのだ。
そして無理矢理食べさせられる。
「――きゅ、急に何を……」
「あーんしただけ」
「なるべく先に言ってくれよ。まあ、今回は別にいいが」
溜め息を吐きながら、俺は凛音に「ありがとう」と礼をして自分の弁当があるレジャーシートの上へと戻った。
だが俺の弁当は現在、杏子と或朱と歩乃香に食い荒らされていた。
俺は口元を引き攣らせながら、杏子達のところへと足を運ぶ。
「お前ら、勝手に人の昼食を……」
「ん?」
俺の水筒を勝手に飲んでいた杏子が俺の方を向いた。
因みに或朱と歩乃香は俺の弁当に入った唐揚げ達を貪っている始末だ。
俺は唸りながらとぼとぼと杏子の隣に腰を下ろした。
「お、紅! 先に食べてるぞ!」
「それは俺の弁当だぞ……しかももう空なんだな」
「ごめんなさい! ついアタシ、或朱に乗せられて……」
「ち、違わい! お、オレは唆してなんかいねーよ! 信じてくれ、紅!」
或朱は涙目で俺の方を振り返る。
そんな或朱の様子を、悪戯に笑う歩乃香。
俺はどっちを信じればいいのか分からず、悩む。
そうだ、ここはこの場にいた杏子に尋ねればいい。
「そうだ杏子、ちょっといいか――って」
「れろれろれろ……」
俺の水筒を舐め回す杏子。しかも俺が口を付けたところを。
舌を艶かしく這わせる杏子に、一瞬俺は戸惑った。
「な、何してんだよ!」
「あ、お兄ちゃん! やっと戻ってきてくれたの?」
「さっきからここにいたが」
「ごめん、ついお兄ちゃんの水筒を舐めるのに夢中になっちゃって……」
「夢中になってる場合かっ! 取り敢えず、或朱と歩乃香が俺の弁当を勝手に食べていた経路を教えてくれ」
「ああ、それはね……」
杏子は人差し指を動かしながら口を開く。
「二人共、自ら食べに行ってたよ」
「おい……」
俺は目を細めながら或朱と歩乃香の方へと、再度目をやった。
二人はそれを誤魔化そうと何かしている。
「まあ、別にいいけど……流石に俺の分は少し残しといてくれよ。おにぎり一個と凛音の卵焼き二つしか食べてないんだぞ」
俺は喟然と溜め息を吐いた。
すると俺は、明理の姿がないことに気付いた。
――確か明理は凛音と同じベンチに座っていたはずだが、一体どこに……。
俺は周りを見渡した。だが彼女はいなかった。
「お前ら、ちょっと待っててくれ」
「ちょ、ちょっと、紅さん!?」
凛音の驚嘆が聞こえたが、俺は明理の姿を探すために校舎の中へと戻った。
教室に行っても、図書室、パソコン室、食堂などに行っても、彼女はどこにもいなかった。
「運動場や体育館にはいないはずだが……一体どこに消えたんだ?」
折角みんなで仲良く弁当を食べれると思っていたのに、明理が欠落していたとは。
俺は己の失態に恥じ、走りながら苦笑する。
そして学校中を探し回った。
「残るは、生徒会室だけか……」
俺は久しぶり、いや、生徒会長になったから数日ぶりに生徒会室へと赴いた。
豪奢な扉を開くと、そこには生徒会室の窓に凭れかかっている明理の姿があった。
俺はゆっくりと明理の近くへと歩み寄る。
すると、明理は俺の気配に気付いたのか俺の方を見やる。
「なんで生徒会室にいたんだ?」
「――」
明理は黙っている。
そんな様子の明理に、俺は構わず話しかける。
「どうしたんだ? 悩み事なら相談でも乗るぞ」
「――違う」
明理はそう呟くと、表情を暗くする。
そんな態度に、俺は頬を強張らせる。
「――どうして紅君は、誰とも心を開こうとしないの?」
明理はそう口にした。
「は?」
「だから、何で紅君はいつも本当の自分を隠しているのかな。って」
「――」
身体に唐突に現れた衝撃を俺は受けた。
だが、そんな感慨も一瞬で収まった。
「つまりお前は、俺が自分を偽っているとでも言いたいのか?」
「そう。紅君、それに杏子ちゃんも二人は自分を偽っているんだもん」
俺は変化の一切ない表情で、明理を見つめる。
明理は俺の視線に強く反抗して見つめ返してきた。
「はぁ、どうしてそうだと気付いたんだ?」
「それは……初めて紅君と出会った時からだよ」
「入学式からか?」
「正確に言えば違うけど、そういうことにしとくよ」
「ちょっと待て、正確に言えば違うってどういうことだ?」
「それは秘密」
と、人差し指を唇に添えて言った明理。
その行動は、あまりにも紡戯と似ていた。
「明理、もしかしてお前は……」
「どうして私が気付いたかは内緒」
「おい、理由を説明してくれ。口だけの発言なのか?」
「む、気に障ることを言ってくれるね。いいよ、私が気付いた根拠を説明してあげる」
明理はそう言い、俺に顔を近付けてきた。
その後、衝撃の台詞を口にしたのだった。




