第2章10話 「アゲハ蝶」
――俺は綾芽と別れ、璃瑠と共に或朱と碧五のいる映画館前まで戻った。
「遅いですよ紅君。璃瑠ちゃんと何をしてたんですか?」
「いやぁ、何もしてないぞ」
「怪しいです……」
碧五は俺を目覩する。
「紅め……えいっ」
「ちょ、或朱!?」
俺に抱き着いてきた或朱。
俺は或朱の行動に驚き、声を上げる。
或朱は俺に頬を付けて摩る。
「お前は愛玩動物か何かかよ!」
「くっついちゃ駄目なのか……?」
「別に駄目じゃないが……」
「ふふぅ、やっぱり紅は……」
「時と場合を考えろよ!」
俺と或朱のじゃれ合いは多くの客の目を引いた。
俺は苦笑しながら或朱に抱きしめられ続けた。
ξ ξ ξ ξ ξ ξ ξ ξ ξ ξ
「――はぁ、酷い目に遭わされた」
俺は溜め息を吐きながら歩く。
或朱に抱き着かれて頬同士を摩られ、そのじゃれ合いは沢山の客の笑いを招いた。
もう俺は死にたくなるくらい恥ずかしかった。慙死だ。慙死。
「紅、そんな拗ねなくてもいいだろ?」
「拗ねてはないがな、ああいうのは家でやった方がいいだろ」
「分かってないですよ瀲君。女の子の気持ちには答えてあげないと」
「何を指摘してるんだ?」
「そうですよ。璃瑠ちゃんの言う通り、紅君はもうちょっと素直になるべきです!」
「碧五まで……がはっ」
俺は倒れそうになった。
ずっとこういう調子だ。やばい、具合が悪くなってきた。
「いい加減静かにしてくれよ、お前らのせいで俺は嘔吐感が……」
「大丈夫か、紅!」
倒れそうになった俺を、或朱は支えた。
「たす、かった……ありがとな」
「歩けるか?」
「少し立ち眩みがするだけだ。歩けないことはない」
俺は一歩一歩を慎重に踏む。
璃瑠と碧五までもが、俺を心配そうに覗き込んでいる。
こうなった原因はお前らなんだがな。まあ、別に気にすることでもない。
「それにしても、俺は五月蠅いのが苦手だったな……」
俺は昔から人込みの中が苦手だった。
最近は慣れてきたと思ったのだが、やはり発作が。
「数人程度でもこの発作が現れるなど、不覚だ」
「何一人でぶつぶつ言ってるんですか? 瀲君ってそんなに根暗キャラでしたっけ」
「別に俺は根暗ではないが、まあ、そう言われてみればそうかもしれないな……」
自分では分からないが、そう思われてしまうのなら、そうなのかもしれない。
俺の性格は一体どんな感じなんだ?
「さて、帰るぞ」
「「「え?」」」
或朱達三人は俺を見てそう言った。
俺が急に何事もなかったかの様に、普通に歩き出したからだ。
三人とも「具合が悪いんじゃなかったの?」とでも言いたげな表情だ。
「なに、さっきのは全て演技だ」
「嘘……なのか」
或朱は涙目になって俺に再び抱き着いてきた。
「ちょ、どうしたんだ?」
「よがっだぁ、ぐれないが無事でぇ……!」
「ごめんな、騙して」
俺は或朱の頭を撫でる。
或朱はまるで赤子の様に泣き喚いている。
「紅君、さっきのは酷いですよ」
「そうです! 瀲君はやっぱり分かってないですよ!」
「あはは、ごめんな……ついお前たちが可愛くて試したくなったんだ」
「「か、可愛いっ……!?」」
二人は顔を赤くして慌てている様子だ。
後で三人には何か奢ってやろう。贖罪がしたい。
或朱は泣き止むと、俺にずっと抱き着いたまま離れなかった。
「紅……病死とか、するなよ」
「馬鹿め、俺が病気に罹るわけないだろ。まだこんなに生気溌剌としてるんだからな」
「ふふ、それなら安心だな」
或朱は心配しすぎだな。
しかしながら、俺は見事に死亡フラグを立ててしまったな。
まあ、今後の展開に期待することにしよう。
そして俺達四人はレストランへと入った。
「さて、何を頼むか……お、この定食は旨そうだな。じゃ俺はこれで」
「お、オレもそれにする!」
或朱は俺と同じ定食を食べることにした様だ。
碧五と璃瑠はそれぞれ別の料理を頼んだ。
暫くして店員が料理が運んできた。
そして全員「いただきます」と言って食べることに。
「紅、こっち向いてくれるか?」
「何だ?」
「あーん」
「う?」
俺は或朱に白ご飯をあーんされた。
はあ、俺は幼児じゃないんだぞ。まあ、気にしないでおくか。
「じゃ、お返しだ。あーん」
「う……!?」
或朱は俺からあーんをされて赤面していた。
その光景を見ていた璃瑠が、
「瀲君達はラブラブですね」
「馬鹿、これ以上揶揄ったら或朱が……」
或朱は俺を上目遣いで見つめて、また食べさせてもらうことを強請っていた。
俺は或朱の口から箸を抜くと、自分の食べかけのハンバーグを食べさせた。
「熱いから気を付けろよ」
「うん……」
俺はあーんをした。
或朱は俺の腕に抱き着き、まだあーんが欲しいらしい。
「ちょっと待っててくれ。俺も定食を食べたいから」
「ひゃあっ……」
俺は或朱が口を付けた箸を使い、ハンバーグを食べた。
或朱は俺がその箸を使ったことに赤面している。
「間接キス……!?」
碧五が俺に向かってそう言った。
「瀲君が、キスを……」
璃瑠は俺を見て瞠目していた。
「な、何だ? 俺が何か変なことでもしたのか?」
俺は慌てて三人を見やる。
全員赤面している様子だった。
すると、或朱が隣から俺に胸を押し当てて、
「紅……そっちがその気ならオレも……!」
或朱は俺の持っている箸を奪い、その箸を舌で舐めた。
俺までもが顔を赤くし、この場は大変なことに。
「ねえ紅、オレ、もう我慢できない……」
「ちょ、や、やめろっ! ここでそんなことをするんじゃない!」
「そう言わなくても、ほら、ここ触ってみて。もう濡れてる」
「ば、馬鹿め、羞恥心はないのか?」
「その羞恥までもが、今のオレにとっては興奮して……」
俺は或朱と〇してしまいそうになった。
Φ Φ Φ Φ Φ Φ Φ Φ Φ Φ
「――じゃあな」
俺は或朱に手を振った。
そして碧五を引き留め、
「ちょっと家に来てくれないか?」
「え? 別にいいですけど……」
碧五は一瞬驚いたが、すぐに頷いてくれた。
そして俺は璃瑠を見やる。
「お前、本当に帰る場所がないんだな」
「そうですよ。だから今日も泊めてもらいまーす」
璃瑠は俺の左隣を歩く。
「あ、蝶々です!」
璃瑠は飛んできた蝶を見て言った。
「アゲハ蝶だな……」
俺はそう呟いた。
すると、後ろで仄かに碧五が微笑んでいた。
「可愛いですね」
碧五は蝶々を人差し指の先端に止めた。
そして、蝶は羽を広げて大空へと飛び立っていった。
「そういえばだが、碧五はどうして映画館の席決めの時、悲しい顔をしたんだ?」
「まだ紅君には分かりませんよ」
「そうなのか……? 言いたいことがあるなら言っていいのだが」
「いえ、何もありません」
俺は少しばかり碧五のことが心配だった。
俺はふと碧五から“邐唖”の俤を感じた。
容姿は碧五にそっくりな、その少女を。




