第2章9話 「盗撮犯」
――俺は或朱と璃瑠を両隣に、碧五を二つ右にして座っていた。
それにしても、この映画は面白いな。
「紅、あれやばくないか!」
「やばいな。あんなのがこの町にでも出没したら大事に至るな」
俺は恐怖しつつも、或朱に頷く。
すると、左隣から璃瑠が俺の頬をつんつんと、指でつついてきた。
俺は璃瑠の方を向いて「何だ?」と尋ねる。
「一つ気になることがあるんですが、『紅』って誰のことですか?」
「俺のことだ」
「え? でも、『神楽瀲』って名前じゃないんですか?」
「『神楽瀲』という名前は、元々俺はあまり好んでないんだよ。それに、今の『微睡紅』って名前は綾芽が付けてくれたんだ。『微睡紅』という人格は、今の俺だ。だからなるべくこの名前で呼んでほしい」
「そうなんですね……綾芽ちゃんが名付けたんですか」
「『神楽瀲』っていう名前は、あの屑達が付けた名前だから忌み名なんだ」
俺が殺害した、昔の両親達。
まだ俺が赤子だった頃は優しかったものの、幼稚園に入学したてから俺に飽きたんだ。
暴力を俺に振るうことで憂さ晴らしを両親はしている。
そんな奴らからの名前など、本当は捨てたい。
でも、心のどこかで気に入っている自分がいるんだがな。
「俺にとっては、『瀲』などと新しくできた友人達の前では呼んでほしくないのだが、もう仕方がないな。俺が璃瑠と哥織に注意してなかったからな」
「分かりました……では『紅君』」
「お前が『紅君』って言うと違和感が途轍もないから、やっぱり『瀲君』って呼んでくれ」
「むぅ、瀲君はわたしをどうしたいんですか?」
「どうもしない」
俺は璃瑠に話を終えると、前を向き、スクリーンに映し出された映画に視線を移した。
それにしても、碧五が何故悲しい顔をしたのかが、一番気になるのだがな。
俺が碧五がいる席にすればよかった。でも璃瑠を守ることができないから結局無理だな。
軈て映画の上映が終了し、俺と璃瑠と或朱と碧五は映画館から退場した。
「ふぅ、紅、面白かったな」
「そうだな」
或朱に俺は笑みを返した。
その行動に、何故か或朱は頬を赤くする。
俺はまたカメラのシャッター音がし、音の聞こえた方を見やる。
「あれは……スマホだな」
「あ」
盗撮犯は物陰からスマホで盗撮していたことが俺にばれたことで、声を上げた。
盗撮犯は急いでスマホを隠し、走り去った。
俺は或朱達に「少し待っててくれ」と言い、盗撮犯を走って追いかけた。
他の客達の視線を浴びる盗撮犯と俺。
「足はえぇな」
俺はかなり足の速い盗撮犯を前に苦笑する。
そして気付けば俺はショッピングセンターの屋上に着いていた。
盗撮犯は目の前で足を止め、ふと、被っていたフードを下ろした。
俺はその後ろ姿に目を見開く。
「――久しぶりわね、瀲」
「お前こそな、綾芽」
ベージュの髪をした少女は、深紅の瞳で俺に笑った。
すると俺の後ろから璃瑠が現れた。
「綾芽ちゃんじゃないですか……こうして顔を合わせるのは久しぶりですね」
「出たなポンコツアイドルさん。相変わらず暢気な顔してるわね」
「そう見えるのは綾芽ちゃんの方じゃないですかね……自分が美少女だからって驕るんじゃないですよ」
「それはそれは酷い言い分だわ。やはり態度が悪いのは変わらないわね、璃瑠」
璃瑠と綾芽は睨み合う。
俺は二人の論争に溜め息を吐いた。
「璃瑠は少し下がっててくれ」
「瀲君……」
「綾芽も俺の後ろに来てくれ」
「え? 別にいいけど、何をするつもりなの?」
「これで、安心だな」
すると、俺の目の前に大量の銃弾が降ってきた。
まるで雨の様に襲いかかってくる銃弾は綾芽を完全に狙っていた。
璃瑠と綾芽の二人は後ろで酷く混乱している様子だった。
「なに、そう慌てふためくことじゃない。――吹雪、綾芽は敵じゃないぞ」
「すみません」
すると、どこからか吹雪が現れた。
上空から飛び降りて屋上の上に着地した吹雪は、俺に頭を下げた。
そして俺の後ろにいる綾芽と璃瑠を睥睨する。
「吹雪っ……あんたいきなり何するのよ!」
「黙っててください。今は私とれ……紅君が喋っているんですから」
「っ……璃瑠、あんたも何か言ってやりなさいよ!」
「綾芽ちゃん、もう演技はしなくていいよ。わたしも演技をやめるから」
すると、璃瑠は真顔になった。
感情の感じられない表情になった璃瑠は、俺の手を握ってきた。
そして綾芽も無表情になり、俺のもう片方の手を握る。
吹雪は溜め息を吐き、
「れ……紅君に害を与える者は、私が処分しますから」
「ああ、頼んだぞ」
吹雪は大きく跳躍し、どこかへと消えた。
二人は無表情ながらも、温かい手で俺の片方片方の手を握っている。
「無理だけはするなよ、二人共」
「「はい」」
「それにしても、綾芽は何で盗撮などしてたんだ?」
「それは……」
綾芽は珍しく感情を表し、
「瀲のことを、写真に収めてずっと見ていたかったから」
「そうか。綾芽、そういうのは直接俺に許可を取ってからするものだろ? 盗撮は犯罪だ」
「ごめん……」
綾芽は下を向き、とぼとぼと歩く。
「璃瑠。よく頑張ったな」
「ん? 何のことですか?」
「お前は生まれつき感情の変化が乏しいのに、アイドルとして活動しながら日常で普通の人になれるよう努力していることだよ」
「それは、その、ありがとうございます……」
璃瑠は恥ずかしそうに顔を赤らめ、顔を両手で隠した。
微笑ましい光景に俺は微笑み、前を向いた。
「さて、じゃあ次は碧五だな……」
俺は迫りくる衝撃の事実に、まだ気付けなかった。




