第2章7話 「スーパーアイドルは颯爽と現れる」
――俺はある男との会話を終え、家に戻っていた。
俺の自宅の明かりが見えた。
歩を進め、早く帰ろうとした時だった。
「いだっ!」
誰かとぶつかったのだ。
俺がぶつかってしまったのは、ある少女だった。
木橡の色をした髪をしており、髪は左右二つに結わえたツインテール。瞳は褪紅色で、体格はやや小柄。
俺はその人物に見覚えがあった。
「もしかして――璃瑠か?」
「いたた……あ、はいそうですが、なんでしょうか! お金は今持ってませんよ!」
「俺だ。まどろ――いや、『神楽瀲』だ」
「神楽瀲、かぐら、れん……あ、瀲君だったんですか! 会えて光栄ですっ!」
彼女の名は――堊璃瑠。
俺が中学校だった頃の同級生だ。
「スーパーアイドルの堊璃瑠! ここで一曲歌わせてもらいます! 「大切なあなたに幸せを♪」どうぞ聞いてください!」
「近所迷惑だから歌うのはやめろ」
「ぐぅ、いけ好かないです」
しょぼん、と落ち込む璃瑠。
実は、璃瑠はアイドルをやっているのだ。
なんでも、自称「スーパーアイドル」らしい。本当にそうなのだがな。
「折角の再会なのに、どうして瀲君は冷たいんですか!」
璃瑠は頬を膨らまして俺に言った。
「俺はいつも通りだ。もしかして、『自分だけ冷たくされて、他の女の子には優しくしてるなんてひどい』って思ったのか?」
「れ、瀲君はわたしの心が読めるんですか!?」
「読めねぇよ……」
俺は溜め息を吐いて自宅の扉の前まで行き、ドアノブに手をかけようと思ったが、やめた。
「どうして着いて来てんだよ!」
璃瑠は俺の後をこっそりとつけていた。
璃瑠は悪戯に笑い、
「瀲君の家の偵察です」
と言った。
偵察とはどういうことだ?
「瀲君、ここをわたしのライブ会場にしましょう!」
「しねぇし、させねぇよ」
俺は璃瑠を睇視する。
璃瑠は割と本気で言っているみたいだ。
「むぅ、瀲君のケチ」
璃瑠は拗ねた。
こいつ面倒くさいな……。
「ライブならそこら辺にある公園とかでしとけよ」
「何ですって!?」
すると、璃瑠は怒り始めた。
「このスーパーアイドルのわたしが、昼はおじいちゃんとおばあちゃんと赤ちゃんぐらいしか集まらないところでライブをするわけないじゃないですか!」
「公園に対してかなり酷い言い分だな……」
公園に対して悪印象を浮かべすぎな璃瑠のプライドと、苦笑交じりに顔を引きつらせる俺。
「いいですか? わたしは東京武道館の様な大きなところでライブをするべきなのです。何故ならスーパーアイドルなのだからです!」
「変なプライドだな。もういい、分かったから帰ってくれ」
「嫌です!」
「うげぇ……」
「な、何ですか今の反応!?」
璃瑠は頬を膨らまして俺と言い争う。
すると、玄関のドアが開いた。
「お兄ちゃん、何してるの?」
杏子だった。
俺は苦笑して「変な奴に絡まれてな……」と言って隣を見た。
あれ? 璃瑠がいない。
「お兄ちゃん大丈夫? 隣には誰もいないよ?」
「あ、ああ、ごめんな。心配しなくていいぞ」
「そうなの……?」
ジト目で俺を見つめる杏子。
そして、ゆっくりとドアは閉まった。
さて、あのスーパーアイドルとやらはどこに隠れたのだろうな。
「ここか」
俺は自宅の庭の茂みに隠れている璃瑠を発見した。
璃瑠は口元に指を置き、「しー」と言っていた。
「何隠れてんだよ。お前のせいで俺が変な奴みたいに思われたんだが」
「静かにしてください! ここにいるのがばれたら瀲君もわたしも殺されちゃいますよ」
「ここはヤクザ達が拠点にしてるわけじゃないから大丈夫だ。もう俺は家の中に入るからな」
「待ってください!」
「何だよ……」
俺に泣いて縋りついてくる璃瑠。
俺は溜め息を吐いて璃瑠の話を聞いた。
「実はわたし住む場所がなくて……食事もしてません……」
「堂々と嘘を吐くなよ」
「う、嘘なんかじゃないです!」
住む場所がないのは確実に嘘だろうが、食事を摂っていないのは本当だろうな。
「分かったよ。夕飯の残りがあるかもしれないから上がってけ」
「わーい!!!!!」
俺に身を寄せてくる璃瑠。
俺はその姿を見て、少し不安に思った。
――あまりにも無防備じゃないのか? アイドル活動をやっているんだから、気を付けてほしいな……。
俺じゃなく他の男性、もしくはファンの人物だった場合、何をされるか分からないぞ。
まだ俺でよかったな。
「ほら、上がっていいぞ」
「お邪魔しまーす!」
元気よく言って璃瑠は玄関へと上がった。
おい、せめて靴は並べろよ。
俺はそう思いながらも、微笑を浮かべた。
「そうだ。璃瑠はこっちの部屋にいてくれ」
「はーい!」
我儘だけど、璃瑠は物分かりがいいんだよな。
俺は璃瑠を“何も置かれていない部屋”へと入れた。
そして鍵(鍵と言うかチェーン)をかけた。
俺は深呼吸し、自分の部屋がある二回へと駆け上がった。
「――やっぱりな」
俺は凛音と哥織と杏子が鼎談している修羅場へと訪れた。
凛音は腕に刃物で傷付けられた様な跡がある。
哥織は俯きながら包丁を前に置いていた。
杏子は哥織を睨んでいる。
「お兄ちゃん、いつ帰ってきたの?」
「さっきだ。で、やっぱりこうなったのか?」
こくん、と杏子は頷いた。
俺は溜め息を吐き、哥織の隣に座った。
「哥織、どうして凛音を襲ったんだ?」
「だって……ボクは自分の存在意義を奪われたくなかったから……」
「そうか」
俺はまた溜め息を吐くと、凛音を一瞥した。
暗い顔をして項垂れた姿を見て、俺は少しばかり胸が痛んだ。
――こうなると分かっていたのに、どうして俺は家を出てしまったんだ?
罪悪感に魘され、俺は自分の行いを悔いた。
「凛音。傍にいてやれなくてごめんな」
「いいんですよ。紅さんは何も悪くないんですから……」
また俺の胸は痛んだ。
「それに、私が紅さんに近付いてしまったからこうなったんですよ。全て私が悪いんです」
「そ、そんなわけないだろ」
「いえ、そんなわけあるんです。私が紅さんのこと、私が紅さんのことを……」
凛音は涙を零して言った。
「――好きになったから悪いんです……」
その声は、あまりにも悲痛に満ちていた。
俺は目を見開いていた。
俺は咄嗟に『悪くなんかない』と言いたかった。
でも、言葉が閊えて喋れなかった。
すると、
「――ふざけるんじゃないですよ!!!!!」
「え?」
俺は後ろを振り向いた。
そこには璃瑠がいた。
「自分が好きになったことは、本気でやり通すものですよ! いいですか! わたしは好きでアイドルをやってるんです。それなら、あなたも瀲君のことを諦めないでください!!!!!!」
璃瑠は凛音を睨んでいる。
凛音は突然現れた人物に驚いている様だった。
「そうですね……よし、私決めました」
凛音は笑顔になり、
「――誰に邪魔されようが、私は紅さんを好きでいます!」
俺はその言葉に驚いた。
凛音は俺を見て微笑んだ。
思わず見惚れてしまうほどの笑顔――。
凛音の言動に、この場の全員は驚いていた。
一方、璃瑠は。
「それでこそ恋心というものです! 恋人同士には必ず邪魔が訪れるものなんですよ。その困難を乗り越えたからこそ好きでいることができるんです!」
俺は璃瑠の方を向き、思わず涙が零れそうになった。
璃瑠がまさかこんないいことを言うなんて……。
「璃瑠、ありがとな。そして凛音――好きになってくれてありがとう」
「どういたしまして」
すると杏子は立ち上がり、
「一件落着だね。今後は哥織と仲良くしてよね」
「そうします」
「ごめんね……凛音ちゃん」
哥織と凛音はお互いに握手をした。
これで杏子の言う通り一件落着だ。
終わりよければ全てよし。
「というか、この方は誰ですか?」
「な、何――!? このスーパーアイドル堊璃瑠を知らないですって!?」
璃瑠は驚嘆していた。
「こいつは俺の中学の時の同級生――堊璃瑠っていうやつだ。アイドル活動をしてて意外と人気があるんだ」
「意外とって何ですか! あと、こいつって呼ばないでください! わたしの名前は璃瑠ですよ、璃瑠!」
璃瑠は頬を膨らます。
すると、凛音は――、
「璃瑠さん。ありがとうございます。私を立ち上がらせてくれて――」
「どういたしましてってとこです!」
璃瑠はそう言ってウインクをした。
新たに登場した人物名。
【紅が名乗った忌み名?】
・神楽瀲
【スーパーアイドル】
・堊璃瑠




