第2章2話 「最高のプール」
――そして今は常夏。
気温も上昇し、春と比べたらかなりの温度差だ。
「暑い……」
俺はバスから降りて外の気温に魘される。
今すぐにでも冷房の効いた部屋の中に飛び込みたい。
そんな思いを巡らす道中――、微睡紅はある少女に声をかけられた。
「おはようございます、紅さん!」
「おはよう、凛音。こんな暑い中待っててくれてありがとな」
「いえ、気にしなくていいですよ」
美しい赤髪を靡かせ、凛音は苦笑した。
「紅さん。そういえば、今日はプールの授業がありましたね」
「そうだったな。水着は持ってきたのか?」
「ふふ、紅さんはもしかして私の水着姿でも想像してるんですか……?」
「いいや、違う」
変な誤解をされたため、俺はすぐに否定した。
「凛音が忘れていたら、俺はクラスでパートナーが決めれなかったなって」
「パートナー……?」
「そうだ」
実は、プールの授業ではパートナーを組まなければなかったのだ。
今日のプールは本格的に取り組むと言うべきかは、寧ろ遊びに近い。
二人組になり、お互いに遊んだり泳ぐ速さを記録したりするのだ。
「私と、パートナー、ですか……?」
「そうだ。凛音と俺は今日はパートナーだな。一緒に泳ごうぜ」
「ひゃ、ひゃぁ……」
顔を真っ赤にし、凛音は覚束ない足取りで隣を歩く。
すると、
「くーれなーいくんっ!」
俺は後ろから一人の少女に抱き着かれた。
烏の濡れ羽色をした髪を持ち、満面の笑みで俺を凝視する少女――明理だ。
明理は俺を力強く抱きしめる。
俺は明理からの突然のハグに多少は驚いたが、すぐに冷静さを取り戻した。
「明理、お前は今日も元気だな」
「ふっふー、紅君がいれば私はいつも元気だよ!」
豊かな胸を張り、明理は言った。
一応言っておくが、一行前の言葉は直接明理の胸を見て言ったわけじゃないからな。
俺じゃなくて神様の御言葉だ。
そして俺達は教室へと入った。
「お兄ちゃん、今日も可愛い……」
「いきなり何をするんだよ」
教室のど真ん中で俺の頬に杏子はキスをした。
「お前な……」
俺は杏子を睇視しながら呟く。
桜花の様な桃色の可憐な髪を躍らせ、杏子は再度俺の頬にキスをした。
「杏子、兄妹同士じゃまずいだろ」
「何言ってるの? 行くところまで行った関係になってるし、別に本当の兄妹ですらないからいいでしょ」
「――おい」
俺と杏子のそんな会話の中に、冷徹な声が一つ。
その声は、長い黒髪を揺らす少女によるものだった。
「お前達、今日も暢気に何をしている」
「れ、零羽次副会長……」
俺達四人に鋭い眼光を飛ばすのは、廻糾兄妹に代わって生徒会を仕切る少女――零羽次鸞樹。
怜那と烈徒が生徒会から消えたため、至急、副会長に選ばれたのが鸞樹だ。
「で、鸞樹。何の用だ?」
「貴様は己にそう問うか。己は生徒会副会長。生徒会長に次いでこのクラス、いや、この学校全体を監視するのが当然の義務だろう?」
「そうか。いつも監視なんてしているのか? 男子トイレとか男子更衣室とか」
「貴様は己に殴られたいのか?」
「すみませんでした……」
俺は鸞樹に睨まれながらも、凛音をちらりと見る。
「そうだな。鸞樹は凛音よりも偉いな」
「ええっ!?」
俺は隣で大声を上げる凛音を無視し、鸞樹に拍手を送る。
鸞樹は顔色一つ変えずに、俺を睥睨する。
「貴様に褒められる筋合いなどないのだが」
「同じクラスメイトだからいいだろ?」
「クラスメイトだからと言っても、結局は他人同士。全く話した覚えのない相手、親睦の浅い人間から褒められても何の感銘も受けないな。つまり、どうでもいい他者からどんなに誉を授かっても喜びなんて感じられないということだ。沸々と滾るのは、嫌悪感と嘔吐感だろうな」
「相変わらず流暢に悪口を並べるんだな」
俺は溜め息を吐き、鸞樹から視線を外す。
「凛音。やっぱりお前は可愛いな」
「か、かわっ……!」
赤面する凛音。
「さて、もう一時限目が始まるぞ」
一、ニ時限目:プール。
ξ ξ ξ ξ ξ ξ ξ ξ ξ ξ
――プール。
少年少女たちは歓喜の声を上げていた。
「紅さん!」
凛音が俺に歩み寄ってきた。
彼女は『スク水』とやらを着用していた。
俺は凛音の全身を一瞥し、
「やっぱり凛音は可愛いな」
「も、もう! 朝から何なんですか!」
頬を赤くしながら憤る凛音。
特別俺に怒ったというわけではなく、羞恥心を抑えるために怒ったのだろうな。
すると、俺の腕をある少女が胸元へと抱き寄せた。
「紅! こっち来いよ!」
「あっ、ちょ」
俺は或朱に引っ張られていく。
そして、明理と杏子が俺に向かって水を大量にかけた。
俺は顔面から水流を浴び、目を瞑った。
或朱と明理と杏子は俺を見て笑っていた。
「やりやがったな。よし……」
俺も俺で或朱と明理と杏子に水をかけた。
全く。ここは海じゃないんだぞ。
自分ではそう思いながらも、水をかけるのはやめなかった。
「むぅ、紅さん!」
凛音が後ろから俺に水をかけてきた。
俺は声をかけられたと同時に振り返ったため、またもや顔面から水を浴びた。
「私を置いて皆さんと遊ばないでくださいよ!」
凛音はまたもや憤っている様だ。
原因は嫉妬のせいだろう。
すると、
「おーい! 紅っ! 俺達も混ぜろよ!」
俺に声をかけてきたのは、黒山鋳杜弥だった。
鋳杜弥の他には同じクラスの女子、時司魅宇と、同じクラスの男子、霧宗柾納と東健斗がいた。
「いいぞ! よしっ、おらっ!」
俺は鋳杜弥達三人に水をかけた。
すると、魅宇が俺を見つめて、
「凄い……これが細マッチョってやつなんだ」
そう呟いていた。
俺は魅宇の発言が気にかかり、自分の身体を見る。
「そんなにムキムキなのか?」
「そうだよ。えへ、イケメンでムキムキだなんて、わたし惚れちゃいそうだよ」
魅宇は隣で俺のことをじっと見つめている。
む、凛音達からの視線が痛いんですが。
「紅君。僕とどちらが速く泳げるか競争しませんか?」
「別にいいが……」
「頑張ってね!」
魅宇が俺を応援する。
む、また凛音達の視線が鋭くなった。
そして、俺と柾納は泳ぎ始めた。
俺と柾納の水泳対決はクラスメイト達の視線を集めた。
一位になったのは、
「負けたよ、紅君。やっぱり君は速いね」
「柾納、お前も速かったぞ。気を抜いていたら負けていたぞ」
すると、女子達の歓声が巻き起こった。
あれ、俺って意外とモテてたの?
ふと、俺は柚暉を思い出した。
――あいつもこの場にいてくれたら、もっと楽しかっただろうな。
俺は口元を綻ばせ、珍しく本心から笑った。
懐かしい面影が、脳裡に思い浮かぶ。
「凛音、おら!」
「ひゃ、紅さん! 卑怯ですよ!」
俺は凛音に水をかけた。
「お兄ちゃん、私も私も!」
「紅! オレもだ」
「紅君、私も負けないよ!」
杏子と或朱と明理は、俺と水をかけあった。




