第2章1話 「存在意義」
――燃える夕日を背に、彼女はこう言った。
「瀲君、ボクも――」
彼女は俺の『忌み名』を口にした。
「――瀲君のことが好き」
そう言って、彼女は微笑んだ。
彼女の名は拯美坂哥織。
俺にとって、その少女は大切だった。
少女の隣にいるだけで嬉しく、同時に楽しいとも思えてしまう。
誰よりも、たとえ幼馴染だった川波紡戯でさえも越えてしまうほどの愉悦を感じてしまう。
特別な存在だ。
「でも、瀲君――またね……」
一瞬、俺は何を言われたのか分からなかった。
彼女の声音は、真夜中の森の中に似た静けさを保っている。
その静かな深紅の瞳を瞼に隠し、俺に背を向けた。
「――待て。まだ話は終わってないぞ」
「――?」
立ち去ろうとした哥織の腕を、俺は咄嗟に掴んでいた。
俺の行動に、振り返る哥織。
俺は一度深呼吸をし、そして――、
「哥織、こっちに来てくれ」
「何?」
哥織は俺の近くへと来た。
その瞬間、俺は哥織の唇に自分の唇を重ねた。
哥織は目を見開き、突然の口づけに困惑している様だった。
そして俺は唇を離し、
「哥織。もう一度言うが、俺はお前のことが好きなんだ」
「うん。それは分かってるよ……でも、こんな感じじゃ……」
「目を瞑ってくれ」
「あ……」
俺は哥織を抱きしめ、もう一度口づけをする。
今度は、哥織からも唇を近付けてきた。
両者は互いに舌を絡め、熱い吐息を吐く。
哥織の透き通る様に白い肌が、見る見るうちに赤くなっていく。
そして、俺は哥織の服を肌蹴た。
「好きだぞ、哥織」
「好きだよ、瀲君」
互いに愛を囁きながら、俺と哥織はその続きをした。
戀 戀 戀 戀 戀 戀 戀 戀 戀 戀 戀 戀
――翌日。
俺と哥織は先ほど性行為を終え、ベッドに寝転んでいた。
「哥織、お前はもう学校には行かないのか?」
「うん……もうボクは行かないよ。“あいつら”がいるし」
「ぐ……」
俺は哥織の言った“あいつら”に対し、憎悪を募らせた。
哥織をいつも苦しませている“あいつら”には、いつか復讐してやる。
哥織は別のクラスで、同じクラスというわけではない。
だから俺が目を離した隙に、哥織は“あいつら”に襲われるわけだ。
俺はやるせなさを押し殺す。
「学校に行かなければボクは大丈夫だよ。瀲君は気にしなくていいよ」
「でも……」
儚げに哥織は微笑み――、
「ボクは大丈夫だから」
そんなことを言っていた。
俺は不安感で思考を犯されながら、哥織を見つめていた。
そして、また翌日。
哥織が大丈夫なわけなかった。
俺はいつもの様に哥織の家へと来ていた。
インターホンを押し、俺は哥織が出てくるのを待った。
だがしかし、一向に出てくる気配はない。
「おかしいな……嫌な予感がするぞ」
俺はドアノブを握り、前に引いた。
ドアは無造作に開き、音も人気の一つもない玄関が俺を迎えた。
「哥織! いるのか!」
俺は哥織に向かって言った。
だが、返事はない。
「入るぞー!」
俺はそう言って靴を脱ぎ、玄関に上がって哥織の部屋がある二回の方へと上がった。
そして哥織の部屋のドアをノックした。
「哥織ー! 俺だ、瀲だぞ!」
やはり、返事は返ってこない。
俺はまたドアノブに手を掛けた。
すると、ドアはゆっくりと開いた。
そして中の状況に俺は目を見開いた。
「――!?」
俺は驚きのあまり、その場から動けなかった。
哥織が、“あいつら”の死体で遊んでいたのだ。
「瀲君、勝手に人の部屋に入ってきちゃ駄目だよ? それに、ボクは女の子だよ」
「哥織、一体何をしてるんだ……?」
俺は哥織の手元に視線を移した。
“あいつら”を人形の様に縫い付け、そして遊んでいる。
哥織は無邪気な子供の様に俺に向かって首を傾げた。
「どうしたの?」
「いや……少しだけ過去のことを思い出したんだ」
俺の頭に痛みが走る。
あの屑達を殺した日のことを思い出してしまった。
――部屋中に広がる血液に、片手にはナイフ……。
あの屑達は要らなかった。新しい親に拾ってもらおうとした。
結局は少年院から孤児院へ、そしてあの男女に拾われた。
俺はその記憶を無理矢理封じ込めると、哥織の顔を見た。
「本当に“あいつら”を殺したんだな……」
「うん、そうだけど? どう? 凄くない? 褒めて褒めてぇ!」
狂気じみた言葉を口にし、俺に近づく哥織。
“あいつら”とは、哥織を虐めていた者達のことだ。
その者達を殺し――、そして遊ぶ。
哥織はいつしか歪んでしまっていたようだ。
「どうして殺したりなんかしたんだ?」
「だって、もうボクの存在意義は瀲君にあるじゃん」
「は?」
「元はこの者達がボクを、憂さ晴らしのための“物”として存在を認識してたわけなんだけど、瀲君はボクのことを“彼女”として丁重に扱ってくれたよね。ボクとしては大切に扱ってくれる方がよかったんだよ。それで、もうこいつらは必要ないから殺しただけだよ」
僻み、あまりにも理解できないことを哥織は口にする。
哥織は、自分のことを大切に扱ってくれる人、存在を認識してくれる人に対して縋るらしい。哥織の存在意義を担っているのは、現在俺だけだ。屹度、俺以外にもう一人哥織を大切に扱う人物が現れたら、俺は“あいつら”の様に殺されるだろう。
「それにしても、瀲君は嘘吐きだね」
「――」
俺はそう言われた途端、無表情になる。
「どうしてボクにまで嘘を吐くの? 教えて?」
「何を言ってるんだ。俺が嘘吐きだなんて、そんなわけないだろ」
「そうやって真相を隠そうとするところ、ボクはあんまり好きじゃないなぁ……」
「だから、嘯いてなんかいないって」
哥織は俺を上目遣いで見つめ、そして舌なめずりした。
「でも、ボクは瀲君のことを心の底から愛してるよ。本当に。これだけは本当だからね。だから、ボクを信じて。もう何も隠さないでいいんだよ」
「ボクはずっと瀲君の傍にいるよ。一生を一緒に添い遂げようよ。ボクはそうなったら嬉しいな」
「ねえ、ボクには隠し事はしないでよ。ボクは瀲君の秘密は他人に話したりしないから」
「信じて。お願い。ボクを信じて。――君だけのボクを」
哥織は俺をじっと見つめる。
俺は溜め息を吐き、そして、
「分かった。でも、“あいつら”の死体はどうするんだ?」
「吹雪ちゃんに任せてもらうから大丈夫だよ」
「そうか。ならいいか」
俺は最期に笑みを繕い、哥織に口づけをした。




