第1章終章 「幕は下りる」
――俺が中学生だった頃の、とあるワンシーン。
俺はカフェに来ていた。
「“瀲君”はどれを頼むの?」
「俺か? 俺はコーヒーのブラックだな」
俺がそう言った途端、紡戯が、
「哥織ちゃんの前だからって、かっこつけてるでしょ?」
「違う違う。俺はブラックが好きだから頼むんだよ。決してかっこつけてるわけじゃないぞ」
「本当にそうなのかな~」
「そうなんだ!」
俺は執拗に聞いてくる紡戯に怒鳴る。
紡戯は悪戯に笑い、俺を隣から見つめている。
「揶揄うのはやめてあげてください」
吹雪が紡戯に制止をかける。
「ボクも吹雪の言う通りだと思うな」
「ぐぬぬ……吹雪ちゃんめ」
すると、吹雪と哥織は笑い出した。そして俺と紡戯も笑った。因みに俺は苦笑だが。
「ところで瀲君」
「哥織、なんだ?」
哥織は俺に何かを言おうとしていた。
「やっぱり、また今度ね」
微苦笑して誤魔化した哥織。
俺の彼女は隠し事が多くないか?
俺は本当に気になって仕方がなかった。
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――襲撃が行われた夜。
「吹雪」
紅はとある道路を歩いている白髪の少女を呼び止めた。
「……?」
驚いて振り返った吹雪。
紅は吹雪に微笑む。
すると吹雪は――、
「ごめんなさい。襲撃には失敗してしまいました」
「謝らなくていいだろ。俺は吹雪のことは咎めるつもりなんてないしな」
紅は「なにより」と続ける。
「俺の過去を知っている人物の中で、お前だけが無事だからな。俺は吹雪のことを悪くなんて思わない。ただ、俺の過去のことを言及しなければいいんだ。そして、『忌み名』で呼ばなければいいだけだ」
「れ……いや、紅君。紡戯ちゃんはあの後どうなったんですか?」
吹雪の急な問いかけに、俺は咳払いをして返した。
「大丈夫だ。何も問題はない。だが、あの性格だとな……」
「『まるで紡戯みたいだ』って仰ってたあの黒髪の少女と同じような性格ですもんね」
「ヤンデレさは紡戯の方が上だがな。明理はまだ可愛い方だぞ」
「そうなんですね。確かに紡戯ちゃんは紅さんの腕が欲しいとか急に言い出しますからね」
「本当に狂気の沙汰だな」
怖い。
本当に怖い。
そして紅は、吹雪と共に微苦笑した。
ξ ξ ξ ξ ξ ξ ξ ξ ξ ξ
「――君の言う、犯人に着いてだよ」
「そうか」
紅は相変わらず無表情のままだ。
「紅君。君はもう知ってるよね。誰が犯人かを」
「ああ勿論だ――って、言うとでも?」
「ごめんごめん。おどけすぎたよ」
「俺は犯人なぞ知らないが。一体誰の所業なんだよ」
烈徒は俺を見て微笑する。
紅は嫌気がさしたのか、顰蹙した。
「兄様。紅様を揶揄してはいけません。紅様と、兄様は“位”が違うので」
「そうだったね。じゃあ本題に戻るよ」
烈徒は真剣な表情をし――、
「――犯人の正体は、君を慕っている誰かじゃないのかな?」
衝撃の言葉を放った。
紅は瞠目している。
「冗談じゃないだろうな?」
「冗談ではないよ。まあ、僕の推測だけどね。それに、結局はこの場にいる全員、いや、紅君に付き纏う人々は皆“彼女”にとっての駒でしかないんだけどね」
「そうか。やはり“彼女”だったのか」
「あれ? やっぱり君は犯人のことを知ってたじゃん」
「それはすまない。じゃあ、俺はこれで」
紅は烈徒の言葉を脳裡に、にやりと笑った。
Φ Φ Φ Φ Φ Φ Φ Φ Φ Φ
「――紅さんはどうするの?」
緋色の髪をした少女、渋谷天が俺に尋ねる。
「どうもしないさ。それに、天は天でそう演じればいいだけだ」
「分かったよ」
天は俺に背を向けて歩き出す。
俺は天を見送った後、杏子に会いに行った。
「杏子」
俺の部屋にいた杏子を呼ぶ。
「何?」
杏子は首を傾げる。
俺はそんな杏子に続けた。
「――もうそろそろだ。分かるな?」
「分かるよ。私を誰だと思ってるの?」
「等井杏子。ブラコン兼サイコパス。身長は百五十六。体重は――」
「体重は言わないで」
「ごめん」
俺は口を噤む。
「それに、お兄ちゃんだってシスコン兼サイコパスでしょ? 兄妹って似るものなんだね」
「違う。あと、勝手にシスコンとサイコパスにするな。決めつけが酷いぞ」
「でも隠し事をしていることは本当だったじゃん。今の台詞を聞いて実感したよ」
「俺も俺でお前に真意を見抜かれてることは知ってる。この日常だって、俺の隠し事の一つ二つで塗れてる。なあ、分かるだろう?」
俺は杏子と笑い合う。
しかし、杏子は目を笑わせずに、
「そうだね。今思い返したら、お兄ちゃんの言動、行動すべてがお兄ちゃんの真意に属してたよ。現状を楽しんでるんでしょ? お兄ちゃんは」
「そうだな。仲間……いや、道具が増えて嬉しい限りだからな。それに、おかげで遊び甲斐があるしな」
俺は真顔で言う。
すると、杏子は頬を赤くし、俺に口づけをした。
そして耳打ちする。
「私だって、お兄ちゃんの道具の一つなんでしょ? でも、お兄ちゃんに利用されることは嬉しくて、私の“生きる意味”だもん」
俺は微笑み、杏子をベッドに押し倒した。
そして嬌艶に微笑を浮かべている杏子を見つめて、
「そうか。思う存分に可愛がってやるよ。俺の道具としてな」
「生きる意味を与えてくれたのはお兄ちゃんなんだもん。喜んで可愛がってもらうね」
「ああ、俺だって己の意思で杏子にこうしているのだからな。虚偽ではないぞ」
「綺語を並べてるだけに聞こえるよ?」
「気のせいだ」
紅と杏子は、そのまま性交をした。
σ σ σ σ σ σ σ σ σ σ
「――怜那」
紅は一人の少女を呼び止めた。
「紅様。何でしょうか」
「爰許に“あれ”を置いていたと思ったのだが……知らないか?」
「すみませんが、御存知ありません」
「そうか」
怜那は俺を一瞥した後、すぐに去った。
「冤鬼にでも恨まれたのか? そんなに重苦しい顔して」
紅は縷安に言った。
縷安は紅に気が付くと、安堵の吐息を零した。
「その、紅様から言われた、そういう役をするのが怖くて……」
「大丈夫だ、安心しろ。本当にそういうことをするつもりはない」
「そ、それなら安心ですわね……頑張ってみますわ」
縷安とそう言の葉を交わし、紅も生徒会室から去った。
そして屋上に行き、腰を下ろした。
「疲れたな……」
生徒会での一仕事を終えた紅は、溜め息を吐いた。
もう三時間ほど放課後に、生徒会室で仕事をした。
紅は疲れのあまり、このまま眠ろうとした。
「本番は愛逢月だと、紅様はそう仰っておりましたよね」
「誰だ?」
紅は瞼を閉じたまま声の主に尋ねる。
すると、声の主の割声が耳に入った。
「私ですよ。紅様」
声の主は金髪碧眼の美少女――奢務羅縷安だった。
「お前は何故ここまで着いてきたんだ?」
「いえ、紅様と話がしたかったので」
そう言って、縷安は紅の頬にキスをした。
「急に何だよ」
流石に、紅も瞼を開いた。
縷安は微笑んでいる。
「作戦成功ですわ」
「起こすなら普通に起こしてくれよ……」
紅は欠伸をする。
「それで、話って?」
「はい。ええと、これを見てくださいわ」
「――?」
紅は縷安のスマホを見る。
その写真は――、
「これは秘匿しないとまずいだろ」
「別に紅様に見せるくらいならいいですわ。独断ですけれど」
これは、隠すべき写真だった。
Λ Λ Λ Λ Λ Λ Λ Λ Λ Λ
――虚飾。
とある日のこと。
「紅君。どうして君は、自分を偽っているのかな?」
教室から去ろうとした紅に、柚暉は問いかける。
「柚暉。お前は俺に害を冦するのか?」
「いや、そんなつもりはないよ。ただ気になったから聞いてみただけなんだけどね」
「そうか」
柚暉は紅に微笑みながら言う。
途端、紅は無表情になり――、
「なりたい自分になるのは悪いことか?」
「ごめんだけど、君の言葉は正論だね。悪くはないよ。でも、その台詞と紅君の本心は矛盾しているんじゃないのかな」
「そう見えるか?」
「僕はそう思うよ。それに一方的に僕がその意見を押し通そうとするのは間違ってると思う。だから僕はここで追及をやめることにするよ。そりゃ、僕も君の行動と言動と欲動には何かが隠れている、隠しているとは思うよ。でもそれは僕の、僕だけの解釈だ。それがいずれも正しいとは限らない。間違っているかもしれないだろ? その場合、僕は君を無駄に気付付けてしまうことになっちゃうからね。そんな衝突は是非とも避けたい。僕は君とは衝突、諍いを起こしたくないんだ。もしそんなことが勃発した暁には、僕は屹度おかしくなってしまうだろうね。君が僕を嫌いになってしまうと、後々僕には支障が訪れる。それはとても厭いことだ。必ずや、僕は君との友好関係を保っていたいんだ。いつか、それが役立つ時が来るしね。君だって役立つ時が来るさ。相互、利益が発生するだろう? 君は僕を利用したいんだろうし、僕だって君に従事している者の一人で、君に操られることは何よりも喜びだ。だから、僕は君と決別したくない。ごめん、つい話が逸れちゃった」
長々と話をした後、柚暉は紅に手を振って去った。
「さてと、杏子。一緒に帰るぞ」
俺は隠れていた杏子を呼んだ。
「お兄ちゃんったら、私と一緒に帰りたいんだね。ふふ、可愛い」
嬉笑しながら現れた杏子を隣に、紅は廊下を歩く。
「お兄ちゃん、今何を考えてるの?」
「いや、予想外のことが起きたから少し驚いただけだ」
紅は、忌々しげにそう呟いていた。
θ θ θ θ θ θ θ θ θ θ
「――それで、明理はどう思う?」
紅は明理に話をし終えた。
「そうだったんだね。ごめんね、私が迷惑かけて」
明理は紅に謝る。
「大半が儳厳としてるけど、基本はこういう感じだ」
明理に紅は言った。
そして、夜。
「紅君は、私のことが嫌いなの?」
明理からの質問に、紅は溜め息を吐いた。
「そんなわけないだろ。俺はお前と好きで接してるんだ。嫌いなら一緒にはいないだろ」
紅の部屋で寛ぐ明理。
紅は明理を見つめている。
「どうしたの?」
「明理、凛音に真意を吐かせるために、頼んだぞ」
「うん。分かってるよ」
明理は紅の言葉に微笑んだ。
「さて、再び始まるぞ」
紅は歓喜の呟きを漏らした。




